74 反攻の兆し
「相手の部隊はおよそ六千ほどだった。決して多い数ではない。だがその速度が異常だった」
王子と共にギルドの一室に移った俺は、ヴァンルークから戦いのときの状況を聞いていた。
ヴァンルークがいたミルトアーズの街は丘の上にある城郭都市で、守りにくい地というわけではないはずだ。
ヴァンルークは俺と王子に向かって、そのときの状況を詳細に語った。
「夜襲であり、帝国側からの奇襲も想定しておらず、その点に油断があったのは事実だ。だがそれにしても進軍が素早すぎた。弓や魔法による迎撃も効果がなく、あっという間に張り付かれるとそのままなし崩しに攻め入られた」
ヴァンルークは淡々とそう語る。
話によればミルトアーズでは帝国との独立を平和裏に進めていたらしい。
「ミルトアーズには帝国の使者も滞在していた。……どうやら見捨てられたらしい」
「もう見境がないな……」
ヴァンルークの言葉に俺は眉を潜めた。
自国の民であろうと味方であろうとお構いなしだ。
ヴァンルークは俺の言葉に頷く。
「一度侵入を許した後は、悲惨な物だった。民間人だろうが女子供だろうが構わず殺された。こちらの兵も練度は低くなかったが、敵の勢いに圧倒された」
「勢いって……そんなに士気が高かったのか」
俺の疑問にヴァンルークは頷く。
「俺自身が戦ったのは数人程度だが、そこらの凡夫とは違う猛者たちだった。まるで戦いのみにしか興味がないような、獣を思わせる戦い方だ。実際、略奪すらせずとにかく破壊と殺戮に専念していた」
彼の言葉に、王子はアゴヒゲに手を当てて唸った。
「ふぅむ……。帝国軍の士気は全体的に高くないと聞くが」
「ええ、そうです。それに元々自国の人間を相手にしてるんだから、冷徹な軍人であっても躊躇が入るはず……。本当に相手は帝国兵なんだろうか」
俺の疑問に、ヴァンルークは眉をひそめる。
「帝国兵ではなかった可能性か……。装備は帝国軍で採用しているものだったし、中には知り合いの顔を見たという話も聞いた。夜であったし見間違いの可能性もあるだろうが……」
ヴァンルークは自信なさげにそう言った。
今の情報だけではなんとも言えなそうだ。
様々な状況を考えた上で行動するしかないだろう。
ヴァンルークは改めて王子の顔を見つめた。
「それにしても、どこの馬の骨ともわからない俺のようなヤツの言葉を信じていいのか? 一応この国の王子なのだろう」
「うむ。だが実は、こちらでもいろいろと情報を掴んでいてな」
王子は彼の言葉に頷く。
「帝国への侵略を進めていたオルガス連邦の動向は注視していたのだ。もしも連邦が帝国を手にすれば、次の標的が我々になるのは目に見えているからな」
そう言って王子は笑う。
「だがここに来て、帝国が破竹の勢いでオルガス連邦の軍を打ち破っているというのを聞いた。……そしてその状況は、今言ったものと相違ない。元々自国の領土であった街の住人を皆殺しにし、焼き払い、焦土と化して次の街へ行く。まるで地獄の様相だ。そこで貴殿の話を聞いたわけだ」
王子はそう言ってヴァンルークに視線を向けた。
「東の反乱地を焼き払ったならば、次はどこに行くのか。順当に考えれば、そのまま北進してこちらへ来るとみるべきだろう。我々はそれに備えねばなるまい。攻められてからでは遅いのだ」
「……では」
王子の言葉に、何かを察したような表情を浮かべるヴァンルーク。
彼に向かって王子は頷いた。
「これよりレギンは帝国へと攻め入る。……自国の民を殺戮する帝国の凶行を止めるのだ」
「……ありがとうございます」
ヴァンルークは王子に向かって頭を垂れる。
どうやらヴァンルークの当初の望み通り、レギンの軍を動かすことができそうだった。
王子は彼に向かって笑ってみせる。
「うむ。その時にはヴァンルーク、貴殿にも働いてもらうぞ。……さて早速だがエディン」
王子は俺に視線を向ける。
「貴殿、暇か? 暇だな? 暇だろうな。暇だとも」
有無を言わさぬ勢いで王子は言葉を重ねる。
……どうやら断るという選択肢はなさそうだ。
俺は諦めて王子に聞き返す。
「……なんでしょう。とりあえず話だけなら聞きますが」
「ここまで聞いたのだから、自分だけ抜けられるとは思わぬことだな」
……ヴァンルークから相談を受けたときに薄々勘づいてはいたが、国を揺るがしかねない大事だ。
首を突っ込んだら抜けなくなるような気はしていた。
俺はため息をつきつつ、王子に尋ねる。
「……で、俺は何をすればいいんですかね」
「その素直さや良し! なに、報酬ははずむぞ。それに成功の暁には地位も名誉も約束しよう」
嫌な予感が満載だ。
美味しい餌がぶら下げられていたら、まず罠かどうか疑わなくてはいけない。
俺が警戒する様子を無視して、王子が話を続けた。
「先の帝国との一件から緊張が続いていた為、この街には各地より戦力が集まっている。だがそれらの戦力の種類はバラバラだ。ならず者たちを寄せ集めただけのような傭兵部隊もある。エディンにはそれをまとめ、帝国を攻める際に指揮を執って欲しい」
「……傭兵部隊の隊長? 無茶言いますね……」
以前率いた冒険者隊は、曲がりなりにもこの街で冒険者を務める者たちだった。
だが話を聞くに、今度の部隊はアウトローたちも多そうである。
俺なんかに従ってくれるような気がしなかった。
だがそんな俺の弱気な言葉に、王子は笑う。
「他に適当な人材がおらぬからな。ダメで元々と思ってくれてもいい。しかし不思議とエディンならどうにかしてくれる……そう思っているぞ。これでも人を見る目はあるつもりだ」
王子はそう言って微笑んだ。
……そこまで言われちゃ、無碍にはできないか。
「……準備金は多めでお願いします。山賊まがいの奴らと仲良くなるには、酒でも奢るぐらいしか俺にはできませんからね」
「ハハハ! わかったいいだろう。そのときはこっそり呼んでくれ。彼らと一度飲み交わしてみたいものだからな」
「いや、王子なんだからダメでしょ……」
「何、気にするな! さてそうと決まればさっそく準備だ。追って連絡するので、ギルドの冒険者の方は任せた。今回もまた配下として使えるように手配しておこう」
王子はそう言うと立ち上がる。
「それでは二人ともよろしく、よろしく頼むぞ」
そう言うと王子はそのまま部屋を出て行き、護衛の者たちが後に続いた。
……嵐のような人だ。
俺はため息をつきつつ、慌ててその後を追う護衛の人達に同情する。
すると机を挟んで対面に座っていたヴァンルークが口を開いた。
「エディン」
彼はこっちをまっすぐに見つめると、頭を下げる。
「助かった。お前のおかげで事態を然るべき場所に伝えることができた上に、俺自身の目的も果たせる。これでデルゼン卿の無念も晴らせよう」
「いやいや、こっちこそ助かったよ。王子のあの様子だと、遅かれ早かれ出兵していたはずだ。そんなとき実際に敵と戦ったことがあるヤツがいるといないとじゃ、立てられる対策が大違いだからな」
俺の言葉を受けて、ヴァンルークは「改めて、感謝する」と言った。
……独特の騎士道を重んじるヤツではあったが、頭が硬いわけではないようだ。
俺が手を差し出すと、彼は一瞬ためらった後でその手を握った。
「……よろしく頼む」
「ああ、こちらこそよろしくな」
そうして俺は帝国騎士時代の同僚と、再び肩を並べることになったのだった。




