72 帝国からの来訪者
「ようー、なんだなんだ。ゴブリンたちに稽古付けてんのか」
俺が庭でロロと一緒にゴブリン兄弟へ武器の扱い方を教えていると、冒険者ギルドに行っていたアネスが帰ってきた。
バズとガッガの二人は声をかけてきたアネスへと挨拶をする。
「どうも! お世話になっております! お師匠さんのお師匠様でしたっけ」
「拙者ら、バズとガッガと申す者。以後よろしく頼みまする」
二人の言葉にアネスは目を見開き、俺を見つめた。
「……なんだ? そういう芸か何かか?」
「い、いや。なんか口調が変わったんだよ。俺とロロは純粋に訓練の手助けをしてるだけだ」
俺はそう言いながら、事の経緯をアネスに話す。
どうやらユアルにはゴブリンの口調を変えてしまう力を持っているらしい。
それを聞いたアネスは「んなバカな」と言葉を漏らした。
「たしかえーと……ギルドの登録資料ではユアルはモンスターテイマーの才能がありそうとか言ってたな。ユアルには魔物に語学を教える才能もあるってのか?」
「いや、教えるって感じではないんだよ。魔力を与えると口調が変わる、みたいな」
「ふーむ。流暢に喋られるってことは、知能が上がったのか?」
アネスはそう言いながら、ぽんぽんと軽くガッガの頭をはたく。
その様子を見てロロが口を開いた。
「知能……だけでなく身体能力も上がってるのかな。体が小さいからショートソードぐらいしか使えないけど、ちょっと教えただけでもうかなりのコツを掴んでる」
ロロはそう言うと、バズを手招きした。
バズはそれに頷くと、剣を構える。
両手にショートソードを一本ずつ持って、二刀流の構え。
バズが地を蹴り、剣を振るう。
ロロはそれを軽くいなすが、バズは構わずに二撃三撃と打ち続けた。
「……たしかに上手いな。連撃の合間に隙がない」
俺はそんな言葉を漏らす。
どうしても剣は振った後に隙ができる。
だがバズはその隙を埋めるようにもう一方の剣で連撃を入れていく。
右手の剣を振り終える前にすでに左手の剣は狙いを定め、それを左右で繰り返す。
ロロが五発目の剣を切り払って、バズはショートソードを取り落とした。
「――参りました。ご指導、感謝致す」
バズが堅苦しく礼を言う。
ロロがアネスへと振り返った。
「もうそこらの冒険者と互角レベルにはなってると思う。そのうちエディンも追い抜かれちゃうかもね」
「……勘弁してくれ。ガッガには既に追い抜かれたんだ」
俺は苦笑しつつ、短弓を持ったガッガを親指で指差す。
ガッガは剣が苦手そうだったので、弓を教えてみたところあっという間に使いこなして見せた。
俺自体、弓はそこまで鍛錬しているわけではないのもあって、おそらく少し練習しただけのガッガの方がすでに的に当てる力は勝っているだろう。
俺の言葉にガッガは恥ずかしそうに頭を掻く。
そんなゴブリン兄弟の様子を見て、アネスは首を傾げた。
「それは……ゴブリンとしちゃ破格だな。しかもまだ子供のゴブリンだろ? 成長したらゴブリンの中では英雄クラスの強さになるんじゃないか?」
アネスの言葉にゴブリン兄弟は照れくさそうに笑みをこぼす。
一方のアネスは真剣そのものと言った表情で考え込む様子を見せた。
「友好関係にある今は心強いが、このさき知力と武力を身に付けた場合は……」
ぶつぶつと呟きながら思索を続けるアネス。
……これはおそらくゴブリンたちと敵対したときのことを考えているな。
人と魔物の間に大規模な大戦があった以上、それを考えるのは仕方のないことではある。だがあまり本人たちの前で言う事でもないだろう。
俺は言葉を続けるアネスに、別の話題を振ってみることにした。
「魔物に力を与える者……? いやだがそれはまるで――」
「――そういえば王子の方から振られてた仕事ってどうだったんだ?」
俺の言葉に思考を打ち切られ、きょとんとこちらを見るアネス。
それは昨日アネスが言っていたことだった。
なんでも王子からの相談があるとかで、アネスはギルドに呼び出されていた。
俺の言葉に頷いて、彼女はそれに答える。
「ああ……帝国との和平の話だ。あっちはあっちでゴタゴタしていたようだが、講和に応じてくれそうでな。捕虜の件もあるからややこっちに有利な条件で話を進められそうだ」
「それは良かった」
いつまでも帝国の捕虜たちを故郷から遠い地に置いておくのも可哀想だし、それに平和が訪れるならそれが一番だろう。
今すぐは無理でも、きっとそのうち帝国も良い国に――。
「――エディンさん!」
俺がこの先のことを考えていると、そう声がかけられた。
見ればマフに乗ったユアルが道を走ってくるところだった。
俺はそれに注意をする。
「おいユアル、あまりマフを街に連れ出すと街の人たちを怖がらせてしまうかも――」
「マフちゃん、街の人気者ですよ! 子供たちも寄ってきて撫でていきますし! ……ってそうじゃなくて」
マフが鼻息荒くゴニャアと鳴く。
……知らない間にマフは街の人気者ポジションを確立していたらしい。
実は俺よりも知名度があったりしそうだな。
ユアルは改めて俺に向き直り、言葉を続けた。
「エディンさん、お客さんが来てます。至急の用事だとかで」
「至急? ていうか俺に客?」
たしかにそれなりにこの街では有名にはなったと思うが、呼び出されるような心当たりはなかった。
俺の言葉にユアルが頷く。
「はい。知り合いの方らしくて。名前はえっと……ヴァンルークさん、だったかな」
「……ヴァンルーク」
……誰だっけ。聞き覚えがある。
えーと……ここまで出かかっているんだが。
俺が思い出そうと頭を抱えていると、ロロが口を開いた。
「ヴァンルークって……あのヴァンルークかな」
「知ってるのかロロ」
俺の言葉に、なぜかロロは呆れるような目でこちらを見つめた。
彼女は情報を思い出しながら話すように、ゆっくりと言葉を続ける。
「帝国で有名な凄腕の騎士だよ。雷鳴のヴァンルークとかなんとか」
「――ああ! いたいた! いたわそういえば! あーあいつね! 思い出した思い出した!」
何となく懐かしさを感じて、つい声が大きくなってしまった。
雷鳴のヴァンルーク。
名門の貴族の出身で、幼い頃から研鑽を積んだその剣技の腕前は騎士団で一番の実力と称された男だ。
騎士団にいたころそこまで話をした記憶はないのだが、なんとなく懐かしさを感じた。
「あいつがなんで俺を訪ねて……? まさか何かの報復に……?」
裏切ったつもりはないが、騎士団を辞めたのは事実だ。
敵対してしまった以上、命を狙われてもおかしくない。
そんな俺の様子に、ユアルは苦笑した。
「そんなに険悪そうな雰囲気はありませんでしたよ。どちらかと言えば思い詰めた感じで……『助けが欲しい』と」
「助け……?」
あの騎士団最強の男が、俺なんかに……?
決して油断させて命を奪おうとしたりする卑怯な手を使う男ではなかったはずだ。
雑用だった俺なんかに理由もなく頼ろうとするような性格でもない。
だとしたら、彼がここに来た理由は一つだろう。
――他に頼れる者がいなかったから。
「……わかった。急いで行こう」
俺はそう言って、早急に身支度を整える。
何か良くない予感がしていた。




