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71 鮮血城

「ふう……。なんとか一段落付いたか」


 帝国の王城の一室。

 騎士団の執務を行う部屋に騎士団長はいた。


 周辺国との関係性、反乱地の独立と多くのトラブルが相次いでいた。

 しかしこの国に今やそれに対応する力などない。


 領地の割譲や賠償金などを交えつつも、なんとか和平の準備が進められていた。

 これで首都に敵軍がなだれ込む前には、戦争は終わりとなるだろう。


「帝国の未来は暗いかもしれないが……」


 それでも直近の安全は確保できた。


 彼にも家族がいる。

 既に愛想も尽きた女房と一人立ちした子供たち。

 だが彼らを守り現在の地位を守らなければ、彼が王侯貴族に頭を下げ続けた人生が無駄になってしまう。


 彼はそんな意地で仕事をしていた。


 部下に淹れてもらった冷めたお茶をすすりつつ、彼はふとエディンのことを思い出していた。


「……迷惑はかけられたが、あれは痛快だったな」


 姫に対しての反逆、暴挙。

 あのときの飼い犬に手を噛まれた姫の顔は傑作だった。


「まあそろそろあの姫様も反省したころだろう」


 彼女はまだ地下牢にいるはずだ。

 貴族院の命で地下牢に閉じ込めてはいるが、狼藉は働かないようにと部下には厳命してある。


 貴族たちは疎ましがっているものの、彼女にはまだ働いてもらわねければならない。

 彼女がいなくなっては、帝国が帝国としての体裁を保てなくなる。


 なのでお飾りでもなんでも、彼女には女皇帝としての地位にいてもらう必要があった。

 今回のことで多少は痛い目を見ただろう。


「少しぐらいは更生してくれていると良いのだが……。俺はもうアレのお守りは嫌だぞ。適当にそこらの国の王子でも婿入りさせて、子でも産ませれば大人しくなるだろうに……」


 彼がそんな風にぼやいていると、コンコンとドアがノックされた。


「……こんな夜更けになんだ?」


 既に夜も遅く、帰ったらまたどこかで飲み歩いてきたのかと女房に怒鳴られるような時間だ。

 彼は訝しげに思いつつもそれに返事をした。


「開いてるぞ」


 だが音の主はそれに答えない。

 騎士団長は席を立ち上がる。

 不審に思いながらも、扉を開けた。


 そして目を見開く。


「……姫? どうしてここに……?」


 そこには幽鬼のように立つ姫の姿があった。

 以前よりやつれた体に、ボサボサの金髪。


 彼女は顔を上げる。

 するとその髪の隙間から、真っ赤な瞳が彼を睨み付けた。


「……ひっ」


 気圧されて一歩下がろうとする。

 だがそれよりも早く、彼女の腕が伸びた。


「がっ……!?」


 騎士団長はその体を硬直させる。

 彼が視線を下ろすと、姫の腕が自身の左胸へと突き刺さっていた。


 まるで柔らかな羊の毛の中に手を突き入れたように、易々とその手は左胸に沈み込む。


「げほっ」


 騎士団長は血を吐く。

 そして力なく、その場に崩れ落ちた。


 自重で腕がぬるりと抜ける。


「……絶対に……許さない」


 その場に立ち尽くす少女は呟く。


「わたしを愚弄した者――利用した者――この国全ての者に――」


 その手に残った男の心臓を頭上に掲げた。


「――制裁を」


 ぷしゃ、と音をたてて心臓が握り潰され、あたりに血しぶきが広がる。



 そこには血まみれの女皇帝が独り、ただ立ち尽くしていた。

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