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70 ボバブ族の兄弟

「ふぇー、終わったー」


「終わりましたー」


 ミュルニアとユアルがそう言って伸びをする。

 猫のような二人の仕草に俺は笑った。


「二人とも助かったよ。俺一人じゃもっとかかってたところだ」


 遺跡の探索を終えて帰還した俺たちは報酬の分配を行っていた。

 冷蘭草と持ち帰った魔導具、アネスが引き取った地下研究施設の資料の分け前だ。


 だが冷蘭草は今や採れすぎて飽和しており、発掘した魔導具も錬金術や魔導研究用に使うものなのですぐに欲しがる者もおらず、換金が難しい。

 ギルドで安値で引き取り、アネスがポケットマネーを出す……という方法で報酬を分配した為、一人あたりの報酬は悪くはないがそこまで高い金額にはならなかった。


 まあ普通の冒険者なら一月は働かなくとも暮らしていけるだろうから、報酬に文句は出ないだろう。


 そんな一仕事を終えた俺たちに、トリシュさんがお茶を出してくれた。


「おつかれさまです。さすがこの街を代表するパーティですね」


「いえいえ。名前負けしないようにするので精一杯ですよ。俺自体、そんなに強くないですし」


 俺はお茶を受け取りつつ、苦笑した。

 実際前回の冒険でも、冒険者隊の中で言えば俺は中間ぐらいの強さだろう。

 ミュルニアのように特殊技能があるわけでもないし。


 そんな俺の言葉にトリシュさんは笑った。


「そんなことありませんよ。報告の内容から行っても、渓谷の遺跡はAランククラスの危険ダンジョンでした。にも関わらず冒険者の中で死者どころか怪我人一人出なかったのは、エディンさんの手腕によるものです」


「……臆病なだけですよ。それにみんながよくやってくれたから」


「ふふ。冒険者に一番必要な物は、力でも器用さでもなく慎重さということですよ。謙虚なエディンさんも素敵ですけどね」


 トリシュさんがそう言って軽く肩を叩いていった。

 ……うん。そう言われるとなんだかこう、やる気が出るな。

 もう少し頑張ってみるか……!


「……ジュゥー」


 ネズミの鳴き声のような音がしたので視線を移して見れば、ユアルが音をたててお茶を吸いながらこちらを見ていた。

 目が据わっている。

 俺は慌てて彼女をフォローをする。


「ユ、ユアルも頑張ってたよな! 補佐してくれて助かったよ!」


「……そういうことじゃないですぅ。でも、ありがとうございますぅ」


 そう言ってユアルはぷいと視線を逸らした。

 ……バッドコミュニケーション。

 あまり上手く褒められなかったらしい。

 俺が苦笑していると、ギルドの入り口からあまり見ないタイプの客人が入ってくるのが見えた。


 緑色の肌をした、子供サイズの亜人種。

 彼らは俺の方を見るとテトテトと近付いてくる。


「いた! たしかこいつ」


 彼らは俺を指差すとそう言った。

 えーと……顔を判別できている自信はないが、たぶん……。


「バズとガッガ……だったか?」


 俺の言葉に二人のゴブリンは頷く。

 どうやらあっていたらしい。

 二人は胸を張って口を開く。


「ボバブぞくのせんし、バズ」


「ガッガ。おれたち、しゅぎょうしたい」


「……修行?」


 俺が聞き返すと、彼らは頷いた。


「おれ、ボバブぞくいちばんのせんし。でもまだよわい。だからつよくなりたい」


「まて、おれがいちばんのせんし」


「いや、おれがいちばん」


「なんだと」


「やるか」


 二人のゴブリンはそう言うと互いにつかみかかり、喧嘩を始める。

 ……向上心があるのは良いことだが。


「おいおい、お前らわかったからその辺に――」


「――ぎゃっ!」


 喧嘩の拍子に片方が突き飛ばされ、テーブルに頭をぶつける。

 それを見ていたユアルが慌てて駆け寄る。


「……大丈夫ですか? いたいのいたいのとんでいけー」


 見ればそのゴブリンは泣くのを我慢しながら、額にできた大きなたんこぶを押さえていた。

 俺は突き飛ばした方に向かって注意する。


「……おい、喧嘩するようなら出て行ってもらうぞ」


「ごめん……はんせいする。おとうと、だいじ」


 こちらも涙目になっている。

 二人とも悪い子ではないし、ゴブリン族と友好を結んでいる今、お互いの親交を深める為にも彼らに稽古を付けてやるのもありかもしれない。

 幸い、俺は騎士団にいた頃は新人の教育もしていたし――。


 俺がどうしたものかと考えていると、涙目になっていた方のガッガが口を開いた。


「……ううん、兄ちゃん。俺も悪かったよ。兄ちゃんは村で一番優しいボバブ族の戦士だ」


「ありがとう、ガッガ。おまえ、いちばんのおとうと」


 ガッガは兄であるバズを許したらしい。

 うんうん、美しい兄弟愛だな……ん?

 俺は違和感を感じて、二人に声をかける。


「……二人は仲が良いのか?」


 二人の兄弟は交互に頷いてみせた。


「そうだ。バズ、ガッガ、なかいい」


「俺たちは両親が死んでからずっと二人で暮らしてきたから……。もちろん村の長やみんなが面倒見てくれたおかげだけどね。みんなが育ててくれた分、今度は俺たちが恩返ししたいんだ。でもまだ俺たちは弱い。だからどうしても力を付けたくて……。そう考えたとき、賢者と言われるあんたなら上手い修行を知ってるんじゃないかって」


「待て待て待て待て」


 俺は二人の言葉を制止する。


「何かおかしくないか?」


 俺の言葉にゴブリンたちは顔を見合わせた。


「おかしいって……何が? 兄ちゃん何かわかる? それとも修行を受ける為のテストか何かかな」


「いつも、どおり」


「いやおかしいだろ! 単語の数が違う!」


 明らかにガッガの方が口数が多く喋りが滑らかになっていた。

 いったい何が……もしかして頭を打ったせいで……?


 俺はガッガの頭を軽く撫でてみる。


「な、なんだよ。くすぐったいな」


 困惑したような表情を見せるガッガ。

 俺か? 俺がおかしいのか?


 そう思った俺は振り返ってユアルとミュルニアに視線を送る。

 二人は俺の視線の意味に勘づいてくれたのか、コクコクと頷いてくれた。


「……やはり流暢になってるよな……いったいなにが……」


 そこまで考えて思い当たる。

 そういえば、この前もこんなことがあった。


 ユアルとゴブリンの村へと行ったときのことだ。

 ゴブリンの長老のカタコトだった共通語が突然ペラペラになったのだ。

 あのときは「そういうこともあるのかな」と思っていたが……。


 しかし今回と同じ現象が起こったのだとすると、共通点はある。


「……ユアル」


 手招きすると、ユアルはすぐに駆け寄ってきてくる。

 その手をとって、バズの頭にかざした。

 ユアルは俺の意図を察したのか、そのまま目を閉じる。


「……強くなれー、すくすく育てー」


 ユアルは念じるようにそう言った。

 すると……。


「――お……ご……!?」


 バズが突然体を震わせる。

 ユアルは慌てて手を離した。


「だ、大丈夫か!?」


 俺はバズに尋ねる。

 するとバズは額に汗をかきつつ、俺に向かって口を開いた。


「こ……」


「こ……?」


 聞き返す。

 バズは言葉を続けた。


「この身の奥底より力が溢れ出てくる……! なんと面妖な! 御麗人、一体何をなされたのか!?」


 バズの言葉により、辺りが静寂に包まれる。

 

 おそらくそのときの俺とユアルとミュルニアの心の中は一緒だったと思う。

 三人を代表して、俺はその心境を口に出した。


「……そうはならんやろ――!」


 俺の言葉が空しく響く。

 周りでは弟のガッガが「なになに? どうしたの兄ちゃん!」とキョロキョロ首を振っていた。

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