69 地下施設の痕跡
「ハハハハハ! ザコどもめ!」
アルノス渓谷の地下遺跡。
依頼により冒険者隊を組織した俺たちは、地下への探索に向かった。
地下にはグールが巣食っており、その討伐と未知の宝を求めてやってきた――。
――のだが。
前を行くのは賢者アネス。
彼女はグールの群れに対して多種多様な魔術をぶつけていた。
「潜行邪手! 閃光跳弾! 重圧縮退!」
闇の手がグールを拘束し、閃光がその体を穴だらけにして、グールの頭がひしゃげ砕ける。
アネス一人で襲いかかるグールを薙ぎ倒していた。
「あー! 楽しー! こんなの十年ぶりぐらいだなー!」
キャッキャと子供のようにはしゃぎつつ、アネスは魔法を発動させていく。
派手な魔法が多いものの、遺跡自体にはダメージを与えないようコントロールが利く魔法を使っているようだった。
冒険者たちは一人グールを蹴散らすアネスの後ろをついていく。
周囲からは「こりゃ楽でいいや」という声が聞こえてきていた。
……あまり油断するのはよくないと思うんだが。
俺は先行するアネスに声をかける。
「あんまり前に出すぎるなよ。罠がある可能性は十分にある」
「わかってるよ、多少の罠ぐらいぶっ壊す」
「そういうことじゃなくてだな」
賢者という名が聞いて呆れる脳筋だ。
俺はため息をついた。
「魔力の残りは十分なんだろうな。遺跡の中で荷物が増えるのは勘弁してもらいたいんだが」
「当たり前だろ? 帯魔のクリスタルは充分に――」
彼女はそう言いながら自身のローブの下のクリスタルに目を向けた。
そして少しの間、硬直する。
「――まあ……なんだ……わたしが一人でやってもお前らの出番がなくなるからな……。少し大人しくしておいてやるか……」
「おい! 本当に余裕はあるんだろうな! おい!」
「だ、大丈夫、大丈夫。何事もなければ……」
「――エディン!」
アネスの言葉を遮り、ロロが声を上げた。
彼女の視線の先を見れば、そこには複数体のリッチの姿。
俺は声をあげる。
「……敵は四! みんな後退しつつ各個撃破……うおわっ!?」
早速撃たれた火炎球の魔法を魔剣で受け止める。
俺は舌打ちしつつ、剣の切っ先をリッチに向けた。
「旋風放出……!」
風の初級魔法を剣に纏わせる。
そして魔術を発動する要領で、魔剣が保持した炎を解き放つ。
「――解放!」
わずかに減衰した炎が、リッチに向けて返却される。
同時に留めていた風の魔法を発動した。
「上乗せ!」
風に煽られて炎の勢いが増す。
そして炎はリッチを呑み込んだ。
その隙を逃さず、ロロが駆け抜ける。
「――はぁっ!」
リッチの頭蓋を断ち切って、まずは一体。
ロロが一人前方に取り残される。
だが――。
「アイシクルエッジー!」
後ろから放たれたミュルニアの氷柱が、他のリッチたちを牽制した。
その隙にロロは体制を立て直しつつ、後ろへ下がる。
「よし、各自無理はしないように! 一体ずつ確実に仕留めろ!」
「おう!」
冒険者たちが返事をする。
そうして俺たちは遺跡の奥で、魔物たちと対峙した。
* * *
「ユアル、状況はどうだ?」
「怪我人はゼロ、リソースの損失も軽微です。すぐにでも出発できますよ」
「上出来だ」
リッチたちを討伐した後、俺はユアルと手分けをして探索隊の状態を確認する。
幸いにも装備などの消耗もなく倒せたようだった。
そんな俺たちの様子を見て、アネスが笑う。
「なかなかサマになってるじゃないか。やっぱりお前は実戦で成長するタイプだな。わたしの目に狂いはなかった」
「へいへい。おだてられても何も出ないぞ」
「お前はもうちょっと調子に乗った方がいい。充分に実力はあるんだからな」
アネスに褒められながら、俺は先へ進む準備をする。
斥候を先行させ、報告を受ける。
「……死体があった。どうやら迷い込んだ帝国兵らしい。グールにやられたようだ」
「そうか。簡単だが弔って埋めてやろう。さすがに持ち帰るだけの余裕はないしな」
そういって穴を掘って名も知らぬ遺体を埋める。
やはりこの遺跡は危険なので、こうして討伐・探索隊を出したのは正しい事なのだろう。
そんなことを思いながら俺たちは遺跡の探索を続ける。
地下に保管されているグールに気を付けながら、少しずつ冷蘭草を回収していく。
グールは脅威ではあったが、一度に大量に目覚めさせなければ安全に処理できた。
市場を値崩れさせてしまうぐらいの冷蘭草が確保できたので、おそらく収支はプラスになることだろう。
そうして時間をかけながらも、警戒しつつ俺たちは遺跡の奥地へと到達する。
今までの遺跡とは違い綺麗な場所で、切り揃えられた滑らかの石の壁が清潔感を出していた。
その中を手分けして調べると、いくつかの魔導具を見付ける。
ミュルニアが鑑定する限りはなかなか貴重な品のようで、成果は上々のようだ。
その辺は帰ったらミュルニアに会計を押し付け、分配しようと思う。
「他には何もなさそうだ」
「ここが最後の扉か……小さいな」
手分けして探索していた冒険者らはそう言って、残された最後の部屋の扉を見つめた。
特にトラップが仕掛けられているわけでもなさそうなので、俺はその扉を開ける。
「これは……書庫か」
中を見て俺は驚く。
そこはまるで安宿の個室のような狭さではあったが、三方を本棚で囲まれてびっしりと書物が詰まっていた。
部屋の中央にはテーブルがあり、そこでは白骨死体が椅子に座っている。
……まさか動き出さないだろうな。
そう思いながら、テーブルの上を調べた。
そこには死体が生前書き残したものであろう書類が散乱している。
環境が良かったのだろう、虫にも食われていない。
何か危険なことが書かれている可能性もあるかと思い、そのメモからいくつかの単語を拾って流し読みする。
「……研究所、ねぇ」
どうやらそれによれば、ここはグールを兵器として扱う為の魔術研究施設らしかった。
研究もむなしく戦に敗北して隠されたこの施設は孤立、そして流行り病によって魔導師が死んでリッチ化の禁呪に手を出し発狂していく中で、数名だけ生存したが……となかなか壮絶な状況が書かれていた。
「……これ以上ここには何もなさそうだな」
「いや待て……。これは……」
後ろでアネスが本棚から書を取り出して読み漁っていた。
「貴重な本なのか?」
「……そうだな。貴重というか……ここで研究してた物や、ここ以外の研究施設の研究資料らしい」
「……値打ちはありそうだな」
しかし本となると重量がある。
全部を一度に持って帰るのは難しいかもしれない……。
そんなことを考えていると、アネスはページの一つを開いて俺に見せた。
「わたしは直接見たわけじゃないんだが……お前、これどう思う?」
「ん? なにが……」
言いかけて口をつぐむ。
そこには見覚えのある絵が描かれていた。
人間のような頭部から、無数の蛇が生えている。
眼球の部分には注釈。
その図の下には、その魔物の名が書かれている。
アネスはその名を口にする。
「試作実験体ナンバー022……ゴルゴーン。聞いた特徴だけでなく名前も一緒だ。お前らが戦ったヤツと同じものか?」
俺は思わず眉をひそめながら、彼女の問いに答えた。
「……ああ、間違いない。顔なじみだよ」
そこには渓谷での戦いのときに戦った、帝国の合成獣の姿が描かれていた。




