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67 Sランクのお仕事

「やー、精がでるねぇお兄さん」


 俺が荒れ地を耕していると、後ろからそんな声がかけられた。

 振り返るとそこには一段高い場所からしゃがんで見下ろすミュルニアの姿があった。


「ああ、丁度よかった。頼んだ物は持ってきてくれたか?」


「ばっちりおっけー。だいぶ重かったけども」


 彼女はそう言って、背負い袋を地面に下ろす。

 俺はクワを置いてその中身をたしかめた。


「これが品種改良した豆か」


 中には薄い茶色の豆がみっしりと詰まっている。

 一つ手にとって香りを嗅いでみると、芳ばしい匂いがした。


「悪くなさそうだ」


「うん。この土地に合わせて弄くり回したからね。めっちゃたくさん実るよ」


「それは食いでがありそうで良かった」


 俺は汗を拭いながら切り株に腰掛ける。

 腰に付けた革袋を口に付けると、中の水を流し込んだ。


 そんな俺の様子を見ていたミュルニアが口を開く。


「……で、一応聞くんだけどさ」


「なんだ?」


「なんでお兄さんが農作業してんの? 農家に転職した?」


 そう言って彼女は首を傾げた。


 俺は自身の姿を改めて見てみる。

 麦わら帽子にクワを背負うその姿は、たしかに誰が見ても農家だろう。


「……いや、もちろんそういうわけじゃない。依頼であいつらの指導をしてるんだ」


 俺はそう言って農地の方へと目を向ける。

 街の外に広がる開墾中の土地には、捕虜となった多くの帝国兵たちがいた。

 彼らも俺と似たような恰好をしており、農地の開拓に汗を流している。


「怪我が治ったヤツらはこうして雇うことにして、余っている体力を使わせる。任意ではあるが、帝国との捕虜引き渡しの交渉が無事に終わったら働いた分の給料を渡すと言ったら、ほとんど全員が了承してくれたよ」


「へぇ~。閉じ込めておいて反乱でも起こされたら困るし、労働力にもなるし、一石二鳥だね」


 ミュルニアは俺の説明に感心した。

 俺はそれに頷く。


「帝国兵は家族や生活の為にしぶしぶ狩り出された者がほとんどだしな。恋人や子供でもいない限り、進んで帰りたいやつなんていないさ」


 結局帝国に帰っても使い潰されるぐらいなら、このまま王国に残りたいヤツも多いだろう。


「ただ下手に扱って帝国人の地雷を踏む可能性もあるからな。食い物の好みだって違う。だから相応しい人材が必要で……」


「……あ。うち、帝国の兵士さんたちの事情に詳しくて、あと農業とか開墾とか変な知識まで持ってそうな人に心当たりあるかも」


 彼女は両手の人差し指を立てて、二つの指で俺を差す。

 ……そういうことだった。


「結局俺はどこにいても雑用をさせられる運命なのかもしれない……」


 ため息交じりの俺のつぶやきに、彼女は笑う。


「あはは。Sランク冒険者どのはなんでもできますからな~」


「なんでもさせられるだけだよ」


「できちゃうのが悪いんだよ。器用過ぎるからねお兄さんは。……それにお給料はいいんでしょ?」


「……まあな」


 ギルドを通しての国からの依頼だけあって、普通の依頼とは一桁額が違う。

 ……それに報酬の面以外でも、一応同郷のよしみとして捕虜たちを放っておくのはしのびなかった。


 ミュルニアはニヤニヤと笑みを浮かべる。


「んふー。その調子でどんどんお金稼いで、うちのことも養ってよ~」


「なんでだよ」


「だって研究の方に専念したいもん。働きたくない。めっちゃすごい物作ってドヤ顔したい」


「動機が不純だ……。そこは世のため人のためとか、世界で最高の錬金術師になるとか、そういう崇高な目標があるんじゃないのか?」


「ないよ。お兄さんはあるの?」


「……たしかにそう言われれば、崇高な目標なんてものは持ってないが」


 言い負かされてしまった。

 そんな俺を見て、彼女は笑う。


「でしょ~? 世界の平和より明日のごはんだよね~。……ちなみにお兄さんはもっと個人的な目標とかあるの? うちみたくさー」


「個人的な目標……? そうだな……ドヤ顔する程度の目標でいいなら、いろいろとあるかもしれない」


 俺は……そうだな、せめてユアルが一人立ちするまでは面倒見たいかな……。

 あとロロは見ていてなんだか危なっかしいし……。

 マフを飼った責任として、きちんと餌代も稼がなくちゃいけない。

 ついでにアネスも自由に動き回れるようになるまでは介護が必要か。

 帝国兵の捕虜たちも無事ふるさとへと返してあげたいとも思う……。


 ぼんやりとそんなことを考えていると、ミュルニアが笑った。


「考えてるねぇ。もしかして、やっぱりそこにはうちをお嫁さんとして養う項目が――」


「ない」


「食い気味に即答しちゃう!? 今から追加しても間に合うよ!」


「俺の手にお前は余りそうだ」


 そんな俺の言葉にミュルニアは「ちぇー」と口を尖らせた。

 こいつの冗談にいちいち真剣に付き合ってたらダメだと、彼女のことをよく知った今ではわかる。


 そんな会話をミュルニアとしていると、耕してた帝国兵の一人がこちらへと走ってきた。



「エディンさん、こっちの区画の片付け終わりました!」


「おー、ご苦労さん。休憩終わったら次は耕してもらう。植える種が来たからな」


 俺がミュルニアから受け取った袋を見せると、彼は頷いた。


「了解です。……そういえばエディンさん、この国でも自分から前に立って働いてるんですね。クワまで持って……」


「まあやってみせるのが一番早いからな。……”この国でも”ってことは、騎士だったときの俺を知ってるのか」


 俺の言葉に彼は苦笑する。


「ええ。エディンさんは騎士なのに俺たち一般の兵卒にもよくしてくれましたし」


「よせよせ。褒めても何も出ないぞ。騎士の落ちこぼれだったから、立場もほとんどお前らと変わらないよ」


「そんなことないです。上からの無茶な仕事を止めてくれたの、知ってますよ。……エディンさんは隠そうとしてましたけど」


「……ま、今じゃただの裏切り者で、流れ者の冒険者さ。……そら行った行った、休憩時間がなくなるぞ」


 俺がそう言って追い払うと、帝国兵は笑って戻って行った。


 そんな様子を見ていたミュルニアが笑う。


「……いいじゃん。さすがだねお兄さんは」


「何がだよ」


「素敵だなってこと。見てる人は見てるもんだよね」


「……はいはいわかったわかった。それで、育てる上で何か注意はあるのか?」


 気恥ずかしさを感じた俺は、むりやり話題を逸らす。

 するとミュルニアは俺の意図に気付いたように微笑みつつ口を開いた。


「……えーと、基本的に普通の豆と一緒なんだけど、できるだけ手がかからないよう品種改良したやつだからそんなにお世話はいらなくて――」


 ミュルニアは空気を読んでくれたのか、何も言わずに説明を始めてくれる。


 ……普段おちゃらけた性格をしてるのに、他人の呼吸を読むのは上手いやつだな。

 人と対話をするのが得意なのだろう。


 そんな風にミュルニアの評価を改めつつ、俺は彼女から説明を受けるのだった。




 * * *



 数日後。


「ミュルニアー!!」


「あれ、どうしたのお兄さん」


「どうしたのじゃない!」


 全速力でギルドへと走ってきた俺は彼女の名前を呼んだ。

 彼女はのほほんとトリシュさんに出されたお茶を飲みつつ、首を傾げる。

 俺は息を整えながら今見て来た光景をそのまま伝えた。


「育った豆が捕虜たちに絡み出したんだが!? 誰が魔物の種を寄越せと言った!」


「あー……マジか。農薬と肥料がいらないよう、勝手に虫を補食するようにしたんだけど……」


「めちゃくちゃ人に絡みついてくるぞ! 怪我人はまだいないが、何人も捕らえられて身動きができなくなってる!」


「鍛え方が足りない。それでも帝国兵なの?」


「豆の蔓がいきなり襲ってきたら誰でもびびるわ! いいから来てくれ!」


「しょうがないにゃあ……」


 そう言って立ち上がったミュルニアの手を握った。

 彼女は一瞬それに目を見開きつつも、俺の後についてくる。


「せっかくほとんど手をかけずに育って美味しく食べられる品種が出来たっていうのに~」


「あいつら種を武器代わりに飛ばして来やがる。当たるとかなり痛いぞ」


「……うーん、改良の余地ありか」


「普通の作物をくれ、普通のを」


 そんな会話をしつつ、俺たちは開拓地へと駆けて行く。


 それから夕方までかかって、俺たちは豆の木を回収した。

 ……今度から実験品は使わないよう、きつく言っておこう。

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