65 魔剣オーディナルブランド
「あら、エディンさん。ご注文の品、できてますよ」
「ああ、ありがとうトリシュさん」
俺がギルドの受付へ行くと、彼女はそう言って奥から布に包まれた剣を持って来た。
それは数日前、メンテナンスをギルドへ依頼したものだ。
俺は布から剣を出して、鞘から抜き検分する。
曇り一つない刀身だった。
「魔剣の類いを使ったことはないから、助かったよ」
「はい。魔導技師によると半年に一回ほどの魔力調律で問題なく使えるようです」
「わかった」
俺はトリシュさんの言葉に頷いて、鞘へと戻した。
通常の剣であれば保管の仕方や扱い方の心得はあるが、魔導具となると話は別だ。
たとえばちょっと研いでみたら術式に傷がついて使い物にならなくなる……なんてことも考えられる。
魔導具、そして魔術とは本来それぐらいデリケートなものだ。
この剣は戦闘用のものなので多少無茶な扱い方をしても大丈夫だろうが、それでも専門家に任せた方がいい。
そう思って俺はギルド経由で、魔剣のメンテナンスを依頼したのだった。
「他に何か注意する点とかあるかな」
俺の言葉にトリシュさんは少し考える素振りを見せる。
「うーん……基本的にあとは通常の剣と同じように管理してもらえれば良いはずです。汎用の魔導剣なので」
「汎用……。魔剣にも汎用とか特殊とかあるのか?」
「はい、そうなんですよ」
彼女は俺の問いに、そう言って微笑む。
「魔剣と言っても一点物から量産品までありますから。たとえばロロさんの持つ魔剣ラインカタルは、はるか昔の魔法都市カタルを守ったと伝えられるような守護の剣になります。大変貴重な剣ではあるのですが、その分使いづらくロロさん以外で使いこなせるような人はほとんどいません」
「……そんな伝説級の代物なのか、ロロの剣は」
「場合によっては国宝級とされてもおかしくない剣です。今はたまたまロロさんの手元にあるようですが」
冒険者が持つには分不相応な剣かもしれないが、ロロのような使い手となれば話も別なのだろう。
彼女ほどの剣の使い手は、騎士団にもそうそういなかった。
トリシュさんは話を続ける。
「エディンさんの剣……魔剣オーディナルブランドは、比較的最近の魔導文明の遺産です。もちろん現在は作る技術が失われていますが、それは元々量産品だったんですよ。なのでそこそこの数が発掘されています」
「量産品……」
なんだか特別感がなくなってしまった。
そんな俺のがっかりとした様子に気付いたのか、トリシュさんは苦笑する。
「量産されるということは、それだけ優秀な品だということです。魔導文明時代、多数の国の軍に正式採用された型と言えば、その強力さがわかりやすいかもしれません。使いにくいものがたくさん作られることはないんです」
「なるほど……。だから汎用の魔導剣なのか」
「はい。オーディナルブランドは魔力を受けてそれを切れ味に転換する魔法剣です。魔導文明時代は魔導器の発展により魔術が身近になった時代なので、その基礎技術で作られていますね。実際に使われていた際の資料までは残っていませんが、使いこなしているエディンさんならだいたい想像できるのかもしれませんね」
トリシュさんの言葉に俺は頷いた。
おそらく術者が自ら魔力を込めたり、盾代わりに使ったりしたのだろう。
俺は改めて剣を見る。
「……しかしそう聞くと結構高価そうなものに思えるな。ただでもらって良かったんだろうか」
最初はゴブリンから譲り受けた形とは言え、俺はこの剣をギルドに一度返却した後に無償でもらっている。
そんな疑問を持った俺に、トリシュさんは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。……遺品となると、どうしても縁起が悪いと忌み嫌う人が多いですから。市場に出しても若干値が落ちます」
「そんなもんか……」
となれば俺が使ってギルドに還元するなら、それはそれでギルドの利益になるか。
なら遠慮せず使っていいのかもしれない。
納得した俺に、トリシュさんは言葉を続ける。
「元の持ち主の方も、戦いや冒険に使ってもらった方が喜ぶと思います。彼女はそんな人でしたから」
「元の持ち主……メリッサだったか。噂にはいろいろと……主にロロから聞くが」
「ロロさんは……まあ仲が良かったですからね。身内びいき……というより、身内だからこそ厳しい目線なのだと思いますが、メリッサさんも悪い人ではなかったですよ……?」
トリシュさんは苦笑しつつ、そうフォローを入れた。
たしかにロロの口から聞く彼女の評判は良くない……というかバカだの偉そうだの、罵詈雑言がほとんどだったが。
トリシュさんは懐かしむような表情で、俺に尋ねる。
「メリッサさんのこと、どんな人だったと聞いてます?」
巨乳。
一瞬そう言いかけて、言葉を呑み込んだ。
「……俺と似てる部分があると」
「ええ、そうかもしれませんね。口は良くありませんでしたが、合理的で周囲に気を配る人でした。……メリッサさんがロロさんに憎まれ口を叩いていたのも、ロロさんが孤立しかけていたのを構っていただけかもしれません」
孤立か……。
ロロは付き合ってみると面倒見が良いタイプなのだが、内心は自己評価もそんなに高くないし、他人に自分から絡んでいくのが苦手のようだ。
Aランク冒険者としての腕前で一目置かれているというのも相まって、話しかけづらいという点もあるのだろう。
そんなときに見かねてロロへ絡んでいったのがメリッサだったのかもしれない。
トリシュさんは笑みを浮かべながら話を続ける。
「ロロさんがミュルニアさんと話すようになったのも、メリッサさんがきっかけでしたし。そう思うと、尚更メリッサさんは剣をエディンさんに使ってもらえて良かったと思っているかもしれません」
「……はは、それならいいんですけど」
俺は苦笑する。
俺は剣と共に、ロロの面倒を見る役もメリッサから引き継いだのかもしれなかった。
俺はトリシュさんへと言う。
「持ち主を亡くした魔剣というと呪いでもありそうな気がしますが……この剣はそれ以外にも、多くの縁を俺にくれたみたいです」
「……そうかもしれませんね。いえ……きっとそうです。案外メリッサさんが、ロロさんを気にして見守ってくれているのかもしれません」
「……どっちかというと俺がロロに守ってもらっていることの方が多いですけどね」
冗談めかして言う俺に、トリシュさんは笑う。
そうして俺は剣を受け取って、ギルドを後にした。
* * *
途中で買い物に回り道してから家に戻ると、いつの間にかやってきていたのかロロの声が聞こえてきた。
ロロは何やらアネスと口論しているようだ。
「……だからこのコマは最初からここにあったって」
「てめぇぇわたしの記憶力なめんなよぉぉ! 今イカサマしただろぉぉお!」
「知らない。証拠でもある?」
「くそが! いいぜハンデとしちゃ十分だ! 絶対正面から打ち負かしてやるからな! 二度目はないぞ!」
二人は居間でボードゲームに興じているようだった。
俺は遠目に観戦しているユアルに尋ねる。
「何やってんだアレ」
「ロロさんが買って来たお菓子が余るからって、余分な一個をかけて勝負だって」
「……ロロが買って来たなら、ロロが自分で食えばいいんじゃないか?」
「いいんですよ。二人とも、たぶん遊びたいだけなんで」
そう言ってユアルはくすくすと笑う。
ロロも笑っているし、アネスも口では罵倒しているが楽しそうにゲームに興じていた。
「……ところで俺の分は?」
「はい、こっちに取っておいてありますよ」
そう言ってユアルはお茶を淹れてくれる。
ロロが買ってくれた菓子は、ふわふわのワッフルのようだった。
ユアルはお茶を出しつつ、俺がテーブルに置いた荷物に目を向けた。
「エディンさん、お花買って来たんですか?」
「ん? ああ……ちょっとな」
俺はテーブルの上に剣を置くと、それに買って来た白く小さな花を添えた。
そうして賑やかなお茶会が始まる。
騒がしい二人の戦いを、俺とユアルと、そして一本の剣が見守っていた。




