63 酒と剣聖
「だいたいね……女の子だから、若いから、ってさ……みんなわたしのこと結局そういう風に見るからね。全部わかってるから……」
「そんなことないって」
「そんなことある! ……エディンは全然、わかってないよ」
喧噪が広がる店の中で、ロロがしおらしくそう言った。
いつもと違う彼女の様子に、俺はどう対応していいものかと困惑する。
彼女はぐいっと俺に顔を近付ける。
その頬はほんのりと赤く染まっていた。
「わたしだってね、自分がまだまだ子供だってのはわかってるよ……? でもだからって、みくびるのは違うっていうかさ」
「……そうだな」
「本当にわかってる!? わたし、もう大人だからね! お酒だって飲めるしさ!」
彼女はそう言って手元のグラスを煽る。
一息で空になったグラスは、カウンターの上に置かれた。
「もう樽ごと持ってきて!」
「ははは……ミュルニアは酒を作る魔法が使えるらしいから、あいつに頼むといいかもな……」
俺は彼女の様子にため息をつく。
場所は街の酒場のカウンター席。
俺はなぜかロロと二人、酒を飲んでいるのだった。
時は半刻ほど遡る。
俺はその日、冒険者の一人が結婚するとかで祝いの席に呼ばれていた。
そこでは冒険者の一人としてロロも呼ばれていたように思うが、その場では話を交わすことはなかった。
宴会の後、二次会だと言って周りの冒険者に半ば無理矢理連れてこられたのがこの店だった。
そこで俺は一人座るロロを見付ける。
それに声をかけたのが俺の運の尽きだった。
「ようロロ。一人で飲んでるのか?」
「エディン! 奇遇だね」
俺がロロに声をかけると、ロロはにわかに嬉しそうな顔をした。
一方で、俺の後ろにいた冒険者たちは顔を引きつらせていた。
今にして思えば、そのときに早々と不穏な空気を察して逃げるべきだったのかもしれない。
俺がロロに勧められるまま隣の席に座ると、既に他の冒険者たちの姿はなかった。
トイレにでも行ったのだろうか、と俺は酒を注文する。
そのとき、すでに地獄は次第に近寄ってきていた。
「――だからね、エディン。わたしは一人寂しく飲んでたっていうわけじゃないのよ。ただ孤独を愛するっていうか、たまには一人で飲みたいときもあるなっていうだけなの。わかる?」
「はいはいわかったわかった」
「わかってないよ、エディンはそういうの……態度に出るからね。わたしにはわかってるんだから」
……うーん、絡み酒。
しばらく飲んでいると、ロロの様子がおかしいことに気付く。
聞けば彼女が飲んでいるのは蒸留酒の氷割り。
酒精の濃度がべらぼうに高い。
それをゆっくりとではあるが、氷が溶ける前にグラスを空にするようなペースで飲み続けていた。
「……飲みすぎじゃないか? そろそろやめといたらどうだ?」
「……ほら! またわたしのこと馬鹿にした!」
「してない」
「したよ……。わたしはこれぐらいじゃ酔わないから……」
いや酔ってる。
絶対酔ってる。
彼女の名誉の為に言うが、普段のロロはもっと毅然としているはずだ。
俺が内心頭を抱えていると、ロロは涙目になる。
「みんなガキだ女だって……いくらわたしが剣を使えたって、そこの見方は変わらないんだ」
そう言って彼女はグラスに口を付けた。
泣き上戸に怒り上戸に絡み酒に……。
しかも相手はAランク冒険者で、大の男も逃げ出すような剣の使い手。
もし間違って失礼を働ければ、物理的に首が飛ぶ可能性すらある。
……他の冒険者たちが俺を見捨てて逃げた理由がわかった気がした。
そんなこんなで俺はロロの相手をしている。
帰ってもいいのだが、彼女を一人寂しく置いていくのも少し可哀想ではあった。
「結局わたしのことなんて誰も見てくれなくて……みんな、みんな……」
「そ、そんなことないだろ……?」
俺は何とか慰めようと声をかける。
「ほら、俺やユアルとかミュルニアとか……友達じゃないか。お前が凄腕だから付き合ってるわけじゃないし。他にもいるんじゃないのか、友達と言えるやつがさ」
「友達……か」
ロロはどこか遠くを見つめる。
誰かを思い出しているようだった。
「……メリッサは……違うか。あれは何て言うか……敵だった」
「……敵?」
メリッサとは、ロロの昔のライバルの女冒険者だったはずだ。
今は亡くなったみたいだが、いったいどんな人だったのだろうか。
ロロはつぶやくように、彼女のことを語り出す。
「あいつは……エディンと正反対みたいなやつだった。自分が何でもできることをひけらかして、ことあるごとにわたしにつっかかって、バカにして、ガキだとか、貧乳は剣を振るうとき引っかからなくていいねだとか……。――はぁ? ころすぞ……」
「落ち着け」
思い出しながらグラスを握力で割ってしまいそうだったので、俺は慌ててロロを止めた。
……横目で見る分にはロロはそんなに小さいようにも見えないが、メリッサという人が大きかったのだろう。
俺の中の見たことがないメリッサへの印象が補強された。
ロロは目を据わらせたまま、彼女の話を続ける。
「……でも不思議と、戦い方はエディンと似てたかな。もちろん武器が一緒っていうのはあるんだけど、罠や相手の裏をかく戦い方をするっていうか……まともに戦わせてもらえないような、そんな感じ」
「……卑怯ってことか?」
「うーん……っていうよりは、狡猾?」
「俺は狡猾だったのか……」
「エディンは素直だけどね。あいつは底意地が悪かったから」
そう言ってロロは笑う。
その目には懐かしさが宿っていた。
「いつもつっかかってくるから、わたしも売り言葉に買い言葉で争うことが多くって……と言っても同じ冒険者だから、正面から戦うようなことはなかったけどね。お互いに獲物を追って競走してた感じ。そのせいで、結局一緒にいることが多かったかな。腐れ縁ってやつ」
ロロはグラスを回す。
カラン、と氷が音を鳴らした。
「いつも一緒に居るからってコンビみたいに思われることもあったし……。挙げ句の果てには『あいつら付き合ってるらしい』みたいな噂も経ってたんだ。女同士なのに」
「そりゃあ……ご愁傷様で」
「本当にね! それを聞いたあいつ、何て言ったと思う? 『男が近寄ってこなくなっていいじゃん。あ、元からゴリラ相手じゃ誰も近寄ってこなかったか』だよ!? ……誰がゴリラだ誰が! その無駄にデカい乳もぎとってやろうか!」
ロロはグラスを掲げてそう吠える。
……そんなこと言ってるからゴリラ呼ばわりされるんじゃ?
俺のそんな思いはよそに、ロロは眉をひそめて酒を口にした。
「それから裏で『女好きのロロ』とか『喧嘩ップル』とか陰口言われてたの知ってるんだからなぁ……。ちくしょうギルドのやつらめぇ……」
どちらかというとミュルニアの方が女好きっぽさはあるように思えるが、話をややこしくするので言わないでおこう。
ロロは顔をカウンターに乗せると、こちらの方をぼんやりと見つめた。
「……エディンはどう思う?」
「……へ? 何が?」
「わたしのこと」
じっとこちらを見つめるロロ。
「女として、どう思う?」
「……そ、それは」
何と答えたら正解なのかわからない。
無難なところで言うなら……。
「綺麗だと思うよ。きちんと外見に気を遣ってるのもわかるし」
「……そう」
ロロは俺の顔を見つめたまま、短くそう答えた。
そして目を閉じる。
「うーん……三十点」
「……手厳しい」
「もうちょっとこう、ちゃんと褒めて欲しいな」
「……なんでお前に女の口説き方を教えられないといけないんだ」
俺が呆れてそう言うと、彼女は笑った。
「女の口説き方じゃなくて、わたしの口説き方だよ」
不覚にも、その言葉に少しドキンと心臓が跳ねた。
俺は誤魔化すように苦笑する。
「……大人をからかうんじゃない」
「どうせまだまだ子供ですよー……んふふふ」
彼女はそう言って背筋を正し、もう一口酒を飲む。
「んふふー……。久々に楽しいや、飲んでてさ」
彼女はニコニコしながら飲み続ける。
……どうやら今度は、笑い上戸のフェイズに入ったようだった。
* * *
「ごっめんなさいっ!!!」
次の日。
夜遅くまでロロと飲んだ後、彼女の家に送ってから俺は家へと帰った――その翌日。
朝からロロはうちを訪ねて来たと思うと、その両手に大量の菓子を持ってやってきていた。
「昨日は本当にごめん! めちゃくちゃな絡み方してた! 迷惑だったよね……!?」
どうやら詫びに来たらしい。
……てっきりあれだけ飲んでたのだから記憶が飛んでるのかと思ったが、本当に酒には強いらしかった。
いや、本当に強いのならああして酒に飲まれないとも言えるが……。
きっと昨日は変な酔い方をしてしまったのだろう。
俺が「気にするな」と苦笑すると、彼女は本当に申し訳なさそうな顔をして謝った。
「本当にすみませんでした……」
「いや、いいよ。……ロロの可愛らしい一面が見れたし」
俺がそう言うと、彼女は耳まで顔を赤くする。
「もう……昨日のことは忘れて。昨日のは、わたしだけどわたしじゃないから。……今度埋め合わせするね」
「……わかった。今度は酒なしで何か食べにいこう。みんなでな」
ロロは笑って、嬉しそうにうなずく。
Aランク冒険者の剣聖――そんな彼女の意外な一面を見られた気がして、俺はなんだか嬉しく思うのだった。




