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61 ユアルの一日

日常回です。

「ふっ……! んっ……くぅ……はぁ~!」


 目覚めたユアルはベッドの上で猫のように伸びをして、あくびを一つした。

 カーテンの隙間から、朝の陽射しが漏れている。

 少しの間だけぼんやりとそれを見つめながら、服を着替えた。


 ――今日はお仕事も魔法の練習もせず、お休みにしよう。

 窓越しに外のお日様を見て、ユアルはなんとなしにそんなことを思った。




 屋敷の朝は遅い。

 ユアルは物音をたてないようにしつつ、台所へと向かう。

 汲み置きしてた水で顔を洗い、昨夜仕込んでおいた具材を使って料理を始める。


 昨日は鶏肉が安かったので、薄切りにしてタレにつけ込んでおいた。

 竈に火を起こしてそれをローストチキンにする。

 本当は魔導調理器を使えればもう少し簡単なのだが、ユアルが以前使ったときに危うく火事になるところだったのでそれ以来使っていない。

 一緒に、昨日こねていたパン生地を放り込む。

 香りが移ってしまうが、油分がほんのりと香りアクセントになるだろう。


 並行して、以前収穫を手伝った農家にもらった野菜を煮込む。

 青色レタスの外側の葉は硬く、生で食べるには少々辛い。

 なのでそれを刻んだタマネギと一緒にとろとろになるまで煮込んで、オニオンスープを作る。

 鶏ガラで取っておいた出汁の匂いが香った。


 ローストチキンの皮にパリッとした焼き色が付いた頃、エディンが起き出してくる。

 着の身着のままの彼が椅子に付くのとほぼ同時に、食卓へと料理が並んだ。


「わあ……すごいな……」


 まだ寝ぼけているのか、エディンは子供のような感想を漏らす。

 ユアルはそれにクスクスと笑いつつ、自分の分も食卓に並べた。


「いただきます」


「……いただきます」


 二人の朝食が始まる。

 エディンが美味い美味いと言いながら朝食を口に運ぶのを眺めながら食べるのが、ユアルの日課だった。


「ユアル、今日はちょいとギルドの打合せに行ってくるよ」


「わかりました。晩ご飯作っておきますね」


「助かる……。本当にありがたい……」


 エディンがしみじみと感謝を述べた。

 近々大きな仕事が控えているので、エディンは最近忙しい。

 エディンのランク更新に合わせてAランク冒険者となったユアルもそれに加わってはいるが、計画の全容が本決定するまでユアルの出番はなく、相対的に彼女は今の時期は暇な時間が多かった。


 朝食を済ませたエディンは自室に戻り、ようやく寝間着から着替えて来る。

 彼がいつもの冒険者然とした姿になる瞬間と、寝起きの気が抜けた時とのギャップが、ユアルは密かに気に入っていた。


「それじゃ行ってくるよ」


「行ってらっしゃーい」


 エディンを見送ったあと、ユアルは洗濯を始める。

 前から父の洗濯もしていたし、男物の服を洗うことに特に抵抗はない。

 しかしさすがに自分の服をエディンに洗ってもらうのは気が引けるので、自然と洗濯はユアルの仕事になっていた。


 洗濯はそこそこ重労働ではあるが、ミュルニアから購入する洗剤のおかげでかなり楽になっていた。

 白色の粉をかけて、水を入れて馴染ませた後、少しゆすいで終わり。

 ユアルは洗濯する度に錬金術の利便性に感謝している。


 晴れていたので中庭に干そうと外に出ると、マフが待ち受けていた。

 マフは魔物園に預かってもらうときもあれば、中庭で放し飼いにしているときもある。

 ゴロゴロとじゃれてくるマフに苦戦しつつ、ユアルは物干し竿に洗濯物を干した。


 居間に戻ると、そこには半分寝ている少女の姿があった。


「あーあー、アネスさんまた寝てる。……夜更かししたんですか?」


「……ひゃい」


 椅子に座ったまま、少女は寝ていた。

 ユアルは彼女の亜麻色の髪をとかす。

 跳ね返っていた毛が、まっすぐになっていった。


「せっかく綺麗な髪なのに」


「……ありがひょう……」


 アネスは全く自分で動こうとしない。

 この家に来てからというもの、日中のアネスだいたいこんな感じだった。

 アネス曰く、日中の活動代謝を抑えることで魔力の消費量を抑えているらしい。

 本当か怪しいところではあったが、密かにユアルはこうして彼女の髪をとくのが楽しみだった。

 ユアルは内心「妹ができたようで楽しい」と感じている。


「はーい、次はお着替えしましょうねー」


「……あい……」


 ユアルに促されるまま、アネスはその身を任せた。

 はだけたパジャマを脱がせられ、可愛らしいドレスのような服装に着替えさせられる。

 小さな体のアネス用に買った、子供用の服だった。


「わー、可愛い……!」


 まるで人形のような美しい少女が椅子の上に完成した。

 ユアルはそれを眺めてうっとりとしつつ、彼女の亜麻色の髪をリボンで結んでいく。

 ピンクが基調のドレス姿になったアネスに満足しつつ、ユアルは彼女の分の朝食を準備する。


 アネスは少食なので、量はユアルとエディンの半分ほどでいい。

 ユアルはそれを少しずつ彼女の口に運んでいく。

 アネスはまるでひな鳥のように受け入れて、ゆっくり咀嚼して食べた。


 そして彼女は朝食を食べ終わる頃にようやくしっかりと目を覚ます。

 いつも通りの日課だった。


「……ユアル! また勝手に着替えさせたな!? これは……めっちゃ可愛いが……!?」


 居間に置いてある大きな鏡を見てアネスはそう叫び、ユアルはクスクスと笑う。

 それは妹というより、着せ替え人形に近い扱いであった。


 アネスは普段シャツ一枚などで家の中を歩き回ったりするので、ユアルは隙あらば彼女を着替えさせようとしている。

 アネスも勝手に着替えさせること自体には文句を言うものの、着飾った姿が愛らしい為にそれを止めない。

 アネスは大抵、その姿のまま夜まで過ごすのだった。




 午後になって、ユアルは外に出かける。

 アネスに洗濯物の取り込みを任せつつ、買い物へと出かけた。


「あー……あのお洋服可愛いな……」


 リューセンの街は染織産業も盛んだ。

 豊富な水源と、付近で栽培される桃色の菊がその背景にある。

 そこまで高い買い物でもないのだが、何かあった為の貯金は切り崩せないとユアルはもっぱらウインドウショッピングで済ませている。


 染め物屋や洋服店を巡った後、食料品の屋台へと向かう。

 街で一番活気がある大通りは、色とりどりの野菜が並ぶ市場だ。

 いくつかのお店を巡りつつ、その日採れた新鮮な果物を購入して食べる。


 ユアルは屋台で間食をして昼食がわりにすることも多い。

 野菜やお肉、川魚を物色しつつ、晩ご飯用の食材を購入する。


 ――今日は魚が安かったのでムニエルにしよう。


 そう思いながら食材を買い集めていると、彼女は声をかけられた。


「ユアル、お買い物?」


「ロロさん!」


 振り返ると、そこには銀髪の少女がいた。

 両手に袋を抱えた彼女はユアルに微笑む。


「ちょうど良かった。もしいいなら、これからお茶会でもしない?」


「いいですけど、どうかしたんです?」


「ちょっとクッキー買いすぎちゃって」


 彼女はそう言って苦笑する。

 どうやら両手に抱えた大きな袋は全てクッキーらしかった。


 ユアルは彼女を連れて、家へと帰る。

 洗濯物は取り込まれており、綺麗に畳まれていた。

 ああ見えてアネスは凝り性なので、一度引き受けた仕事は完璧にこなすところがある――。

 ユアルはそう思いながら、だんだんとアネスの人となりがどういうものかわかってきた気がしていた。


 ユアルがお茶を淹れる中、一足先にロロはクッキーをかじる。


「安売りしてたからつい買いだめしてしまったのだけど、日にちが経つと風味が落ちるからね……ちょっと反省した」


 ロロは普段からよく食べる。

 ただゆっくり時間をかけて食べるので、ユアルは彼女に小動物でも見ているような印象を感じ、その食べている姿を見るのが好きだった。


「……なに? どうかした?」


「いえ、なんでも。……良かったら晩ごはんも食べていきませんか?」


「いいの? じゃあお邪魔していこうかな。手伝うよ」


 ユアルはそれに頷く。

 その日はロロに手伝ってもらいながら、川魚のムニエルとサラダ、野菜シチューを作ることにした。


 そうこうしているうちに日は暮れて、エディンが帰ってくる。

 毎回決まって、エディンは頼んでもいないのに何かしらのお土産を買ってくる。

 今日は桃だった。それはユアルの今日のお昼ごはんと同じ物だ。


「……また買って来て。そんなんだからお金貯まらないんですよー」


「すまない……。つい美味しそうで」


 ユアルが皮を剥いて、アネスとロロも加えた四人で食後のデザートを食べる。

 口ではエディンの無駄遣いを咎めるも、きっとそれは自分に食べさせたくて買って来たのだろうなと思うと、彼女はそれだけで十分満足だった。


 ロロが帰り、夜はアネスの湧かしたお風呂に入って、そしてユアルは一日を終える。


 何も特別なことのない、変哲もない日常。

 だけれど彼女にとってそれは、とても大切な宝物だった。


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