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57 虚兵の進軍

「援軍はまだか……」


 帝国軍リューセン攻略部隊。

 五千の兵によるその軍は、レギン王国はリューセンの街の草原へと陣取っていた。


 街の攻略としてはギリギリの数といったところだろう。

 今は街に魔術結界が張られており、魔術師による攻城戦を行うことができないでいる。

 その為、戦線は膠着(こうちゃく)状態に陥っていた。


 しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。


「――騎士団長、また脱走兵が……」


「……いい、捨て置け。ただし逃げたものは二度と帝国の土を踏むことはできないと忠告はしておくように」


 騎士団長は兵からの報告にそう答える。

 最初は脱走兵は捕まえ厳罰を科していたが、連日脱走兵が出るようになってきており既に対応できなくなっていた。


 原因は食料不足だ。

 出発前に食料をかき集めたものの、五千の兵の行軍にギリギリの分だけしか集まらなかった。

 予備や戻りの分は全くない。

 獣を狩ったり道中で徴収しながら騙し騙しやってきたが、既に底を突きそうだった。


「くそ、やはり奴のような青二才に任せるべきではなかったか」


 彼は補給部隊のことを考える。


 補給には怪しい商人から押し付けられた生物兵器も積まれていた。

 当てにはしていなかったが、このような状態となれば話は別だ。

 恐れを知らない魔物であれば、攻城戦の先端を切り拓かせるのに都合がいい。

 話を聞けば遠距離にも攻撃が可能とのことなので、膠着状態を打開できる可能性があった。


 騎士団長はそんなことを思いながら、リューセンの外壁を見つめる。

 そんなとき、部下から声がかかった。


「騎士団長! 南から軍が――」


「――おお! やっと援軍が来たか! 待ちわびたぞ!」


 ――もう少し早く来てくれればもっと楽をできたものを。

 そう思いつつ騎士団長は笑みをこぼす。

 だがその表情は次の報告ですぐに崩れた。


「――違います! 敵です! レギン王国軍の旗を掲げています!」


「……何ぃ!?」


 騎士団長は慌てて陣を出て、南の方角を眺める。

 そこには王国の旗を掲げる、鎧を身にまとった軍団があった。


「数は約千ほどかと……いかがいたしましょう」


「千……!? 奴らのどこにそんな余力が……いやしかし……」


 彼は考え込む。

 期日になっても到着しない補給部隊。

 そして本来それが来る方向から来た敵部隊。

 それが指し示す結論は一つ。


「待ち伏せされていたというわけか……!」


 苦虫を噛み潰したような顔をする騎士団長。

 そんな彼の元に、別の兵が報告に来る。


「リューセンの門が開きました! やつら、打って出てくる気です!」


「な、なんだと……!? まさか……これを狙っていたのか!?」


 騎士団長は声をあげる。

 こちらの消耗を狙っての挟み撃ち。


 ろくに食事をとってないこちらの部隊の士気は低い。

 その上、前と後ろから挟み撃ちにされたとなれば、いくら数で優位とはいえ耐えることができないだろう。


 そう考えた彼の決断は早かった。


「――全軍撤退準備! 準備が出来た者から東側へ逃げろ! すぐに動け! このままでは包囲されるぞ!」


 騎士団長の号令の元、兵達は慌てて荷物を手に取る。

 騎士団長は我先にと馬に乗り、駆けだした。


「……おのれ! してやられた!」


 敵部隊はすぐそこまで迫ってきている。

 士気の高くない兵では、時間稼ぎすらできないだろう。

 騎士団長は迫り来る死の恐怖を感じつつ、とにかく東へと馬を走らせるのだった。



 * * *



 ――時間は帝国軍が撤退するその二日ほど前に遡る。




「何とか……やったか」


 倒されたゴルゴーンはそれぞれの蛇が自由に動き出し、全方向に引きちぎられるようにバラバラに裂かれた。

 本体から切り離された蛇もすぐに力を失い、泡のように溶け出す。

 そうしてゴルゴーンはぐずぐずに崩れ落ちた。


「良かった……そろそろわたしも限界だったんだ」


 なんでもなさそうな顔をしつつ、ロロがそう言う。

 後ろでは魔法の反動で手を痛めたユアルが、ミュルニアに手当を受けていた。


「よくやったみんな。負傷兵を集めて手当を。……ああ、あとそこのお前ら!」


 俺はこちらの成り行きを見守っていた帝国兵に声をかける。


「帝国兵たちの怪我人を集めてくれないか。手当をする。……指揮官が逃げ出した今でも戦いたいってなら、話は別だが」


「い、いや……あんたに従うよ。あんたは仲間たちの命を救ってくれたんだ」


「もう大半が逃げ出してしまったが、俺たちは降伏する。だから命だけは助けて欲しい……」


 彼らの言葉を聞いて、俺は考える。

 ――彼らの協力があれば、比較的安全に街へと帰還できるかもしれない。

 俺は彼らに向かって提案する。


「――お前たちには王国の捕虜になってもらう。怪我人はみんな助けるが、その代わりの条件として少し働いて欲しい。もちろん、痛い思いや辛い思いには合わせないと約束するよ。必要なら(いくさ)が終わったあとも、王国で面倒見てもいい」


 俺の言葉に、帝国の兵士たちは頷いた。


「あ、ああ協力するよ。帝国にいても使い捨てられるのは目に見えてるし」


「なあ、あんたエディンさんだろ? 俺のこと覚えてないか? 昔よくしてもらった、東門の詰め所の……」


 中には騎士だった頃の俺をよく知り、協力を約束してくれる者もいた。

 帝国に家族がいて帰りたいと願う者もいたが、怪我が治ったら解放するのを条件に協力の約束を取り付ける。

 そうして延べ五百人ほどの帝国兵に協力を取り付けることに成功した。


 その後、俺たちは帝国兵の補給品や亡くなった帝国兵の遺体から、帝国軍の装備を回収する。

 最低、(メット)があればそれでいい。


「あとは……ドドさん!」


 ゴブリンの村の長老へと声をかける。


「この度は協力感謝する。レギン王国の代表として、礼を言おう」


「こちらはあなたへの恩義を返したまでのこと。気になされるな」


 しっかりとした口調でそう答える長老。

 俺はそれでも感謝を述べつつ、もう一つお願いを口にする。


「申し訳ないが、もうしばらくゴブリンのみんなに協力をお願いできないか。……人間の鎧を着て、一緒に歩いて欲しいってだけなんだが。お礼はするよ」


 俺の言葉に、ドドはいぶかしげな顔をした。


 それからゴブリンの村のそれぞれの族長を集めてもらい、作戦を説明する。

 ゴブリンの皆には迷惑をかけないことと、報酬に王国の品物を多数用意すると加えて付け加えた。


 ゴブリンの族長たちはその作戦を面白がる者や報酬を欲しがる者、王国との貿易を条件にする者などはいたが、条件を呑むことで全員快く了承してくれた。


「さて、あとは――」


 俺は全軍に命令して、各自の身に付けている装備や帝国の補給品から布を集めて回る。

 冒険者隊の任務は潜伏が必要だったので、荷物になる物は持っていなかったからだ。


「まったく、最後は結局雑用だな……」


 俺は集めた布を応急手当用に使う為の針で縫い合わせて、王国の旗を作り出す。

 帝国で雑用係をしていた頃は雑巾を数百枚単位で作ったりしていたので、簡単な裁縫の経験はあった。

 今回は特に、ちゃんとした物を作るわけでもないので雑な仕上がりでいい。


 そうして俺は、千余りの鎧をつけた兵隊と、大きなレギン王国の旗を用意する。

 一日以上かけて重傷者の応急手当と準備を完了して、帰還することとなった。




「……あとは街の方で気付いてくれることを祈るばかりだが」


 俺たちはレギン王国の旗を掲げ、堂々と街へと帰還する。

 街の前には予想通り、帝国軍の本体が陣を作っていた。


 三百あまりの冒険者部隊で帰還しようものなら、迎撃されたかもしれない。


 ――だがそれが千まで膨れ上がっていたら。


 そうして俺たちはわざとゆっくり歩いて帝国軍の本体に近寄る。

 すると横で遠見の魔術を使っていたミュルニアが、街の門の方角を見て声をあげた。


「あ、門が開いた。中から兵隊さんたちが出てくるよ」


「アネスが気付いてくれたか!」


 これで王国軍二千人とこちらの部隊千人に、帝国軍は挟まれる形になる。

 こんな状況になったら相手は――。


「あ、見てくださいエディンさん! 敵軍、撤退を始めました!」


 ユアルが状況を報告する。

 帝国軍は徐々に東へ向かって動き出していた。

 おそらく指揮官は包囲戦の恐怖を知る人物なのだろう。


 俺は後ろの部隊に向かって声をあげる。


「……よーし、ダメ押しだ! 脅しをかけるぞ! (とき)の声を上げろー!」


 俺の号令に従って、冒険者隊は「おおー!」と声をあげる。

 冒険者もゴブリンたちも満身創痍ではあったが、帝国軍に向かって大声で叫んで駆けだした。


 その効果は抜群で、敵兵たちは慌てて逃げていく。

 追撃は街の本隊に任せることにして、そうして俺たちは街へと無事に帰還した。




 ――帰還した部隊は冒険者隊約四百、捕虜五百、ゴブリン百ほどという異様な混成部隊だった。

 街から出発した冒険者隊に犠牲者が一人も出なかったのは、奇跡と言っていいだろう。

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