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44 王国の決断

「あはっ! すげーなこれ! さすがにソードタイガーの背中に乗ったのはわたしも初めてだぞ!?」


「暴れるな! おいユアルこいつ押さえつけろ!」


「は、はい! 危ないですよ!」


 マフの背中に俺とユアル、そしてアネスが無理矢理乗り込んで、俺たちは街へと駆け抜けた。

 マフはアネスのアトリエの周辺に草木で寝床を作り、アネスから餌をもらっていたらしい。

 一週間の運動不足を解消するかのように、全速力でマフは山道を下り降りる。


 そうして俺たちはマフの背中に揺られながら、リューセンの街へと辿り着く。

 一週間ぶりの街だった。

 まさか一週間かかるとは、ギルドも思っていないだろう。

 早く報告しなくては――。


 そう思ってマフから降りて門をくぐろうとすると、門番に行く手を阻まれた。


「あんた、エディンさんだな」


 そう言って立ち塞がったのは、初めてリューセンに来たとき入国の審査を受け持った門番だった。

 彼は眉をひそめ、真剣な表情を浮かべつつそう言った。

 その手には槍が握られており、ただならぬ様子だ。


 俺は両手を軽く挙げて、敵意がないことをアピールする。


「なんだなんだ。どうかしたのか? 俺は冒険者で……」


「……ああ、わかってる。俺としても手荒な真似はしたくない。だからちょっと待っていて欲しい」


 見れば彼の同僚と見られる他の門番たちも、慌ただしく駆け回っている。


 ……俺、なんかやっちゃいました?


 そんな言葉が脳裏を過ぎるも、本当に心辺りがない。

 しばらく俺たち三人と一匹が門の前で待ちぼうけていると、門の奥から金属鎧(フルプレートメイル)に身を包んだ大男を筆頭とする集団が現れた。

 人数はざっと二十人ほど。


 装備からして、正規の兵士だろう。

 ……マジで俺、何かしたっけ。


 一番前に立つ大男がフルフェイスの兜を外す。

 そこから見せたのは、獅子のような髪をした偉丈夫の顔だった。


「エディン! 余の顔、まさか見忘れたとは言うまいな……!」


「……フォルト王子」


 それは賢者を連れ戻すように依頼した、王子の顔だった。

 彼はまっすぐとこちらを睨み付けてくる。


「ど、どうかしましたか? こんなに大人数で」


 彼に睨まれるとその威圧感に身がすくんでしまいそうになる。

 俺の質問に応えて、彼は口を開く。


「うむ。行き違いになってしまったのだが、デオルキス帝国より指名手配犯である貴殿を引き渡すよう連絡があってな。かの大帝国の要請とあれば、放っておくわけにもいくまい」


 ……うわぁー!

 あ、あの姫様、ついに他の国まで巻き込んで来やがった!


 そんな俺の考えなどお構いなしに、フォルト王子は言葉を続けた。


「貴殿、いかような罪を犯しこの国にやってきたのだ。内容如何(いかん)によっては……」


 そう言って彼は俺にすごんで見せた。

 俺は頭を抱えそうになりつつも、どう答えたものかと思案する。


 そんなとき、前に出たのはアネスだった。


「――おいおい、お前のその目は節穴か?」


 薄く笑いながら挑発的な態度を取るアネスに、フォルト王子はその眼光をさらに鋭くした。


「なんだ貴様は、小娘」


「ああ? てめぇはいったいいつからそんな偏屈になっちまったんだ泣き虫フォルト殿下」


 アネスの物言いに、王子の部下と思われる周囲の男たちがざわつく。


「ったくお前は、貴族たちと腹の探り合いしてるうちに大事なことも忘れちまったのか? 人は自分に都合の良いことしか話さない。だから自分の足で赴き、その眼で見て、耳で聞け。お前の見たエディンという男は、どんな男だった」


「……その口ぶりは」


 王子は何かに気付いたようにそうつぶやくと、改めて俺を睨み付けてきた。

 目を細め、こちらを見据える。


「――案ずるな。貴殿の口から説明が聞きたいだけだ」


 俺はそれに内心胸をなで下ろすと、簡単に帝国での出来事を説明する。


「……俺は帝国の騎士だったんだ。あのわがまま姫――キャリーナ姫が、このユアルの父親が描いた絵が気に食わなくて親子共々処刑しようとしててな」


 そう言って俺は、後ろにいたユアルを親指で指差す。

 彼女はこくこくと頷いた。


「誰も助けなかったから、俺が連れ出した。それだけだ」


 俺の言葉に、王子は目を閉じて考え込んだ。

 するとアネスが横から言葉をかける。


「――一週間、こいつらの面倒を見てやった。嘘つくような奴らじゃないぜ」


 彼女の言葉を受けてさらに考え、そして王子は目を開けた。


「……こちら側で収集している情報とも差異はない。……たとえどのような体制への批判であろうと、民草の挙げた声を力で押さえつけて抹殺しようなどとは愚かなことよ」


 王子は苦々しくそう口にする。

 ……いや、政治批判とかじゃなくてちょっとエッチだったってだけなんだけども。

 まあそれは言わないでおこう……。


 俺が内心そんなことを考えていると、王子は俺の横にいるアネスに声をかける。


「……失礼ながら、余の勘違いでなければ貴殿は賢者サパイ殿とお見受けする。相違ないか」


「おう。もうちょっと引っ張って驚かそうと思ったんだが、どうやらその目は腐ってないみたいだな。フォルト殿下」


 アネスの言葉に、フォルト王子は小さく笑みを浮かべた。


「あなたに言われた数々のお言葉、忘れるものですか。いかなる事情によりそのような姿をしているかはわかりませんが――いや、大体察しは付きますが……まあそれはともかく。ご足労いただきありがたい」


 そう言って彼は俺たちに背中を向けた。

 そして部下たちへと向かって声を挙げる。


「――ここにいるエディンは、この街の冒険者ギルドのBランク冒険者だ。冒険者になったばかりではあるが、探索中に(いのち)を落とした他の冒険者の無念を晴らし、そして我が(めい)を全うした!」


 その声が響き渡る。

 彼の大声は、人の上に立つ者にとっては一種の才能なのかもしれなかった。

 ……なるほど、家訓とはそういうことか。


 王子は言葉を続ける。


「噂によれば、何人もの民も彼を慕っているようだ。冒険者だというのに人を助け、無欲で飾らない人柄だと彼らは噂していた。余はそんな彼を――そして、彼を慕うこの街の民を信じようと思う!」


 ……どうやらしばらく人の頼みをほいほい聞いて回っていたのが、好意的に取られていたらしい。

 人の噂は尾ひれが付くものだと言うが、俺の噂も脚色されて聖人君子みたくなってるんじゃないだろうな……。

 それはそれで生き辛くなるのだが……。


 そんな俺の不安をよそに、王子は声をあげる。


「病床の父上に代わり、余が宣言する。――我々はもう、再三のデオルキス帝国の脅しには屈することはない! これまで何度も我が国の主権を侵害されてきた! だが今回は違う! 我らが国の民の一人としてエディンを歓迎し、その身柄を我が国の一員として保護するのだ!」


 王子の言葉に、部下たちが右腕を挙げて「おお!」と呼応する。

 ……あれ? 何か大げさなことになってないか?

 そしてその中心に、俺がいないか?


 嫌な予感がしている俺をよそに、王子は言葉を続けた。


「――戦いの準備だ! デオルキス帝国が攻めて来るというのなら、我らは万全の体制でそれを迎え撃ち、傲慢なる帝国に正義の鉄槌を与えよう!」


 王子の言葉に歓声が上がる。

 えっと……あの……その……。


 俺を差し置いて盛り上がる王子たちの前で固まる俺の肩を、アネスが叩いた。


「人気者だな、お前」


「……はは、俺も驚いてる」


 この中で一番の当事者であるはずの俺が、一番周囲から浮いている気がした。

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