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43 修行の成果

 そうして俺たちはその日からも引き続き、クリスタルに魔力を込める作業に打ち込んだ。


 俺はアネスの指示通り、四六時中魔力を集中し続けてクリスタルに魔力を込めた。

 一方のユアルはアトリエの周囲の森で拾った木々をステッキ代わりに、四階で魔法の練習をする。


 「小火(スピットファイア)!」


 彼女が手に持った木の枝の先端が爆発した。

 それと同時にユアルは横に転がり、爆風を回避する。


「……やりました! 爆発を完璧に避けられるようになりましたよ!」


 胸を張って言うユアルに、アネスは頭を抱えた。


「違ぇよ! そうじゃねぇよ! なんで変な方向に成長してんだよ!」


 アクロバティックに爆発を回避する方向に成長したユアルに、アネスは呆れる。

 ……まあそれでも、前はステッキ全体が爆発していたのが、今は先端から爆発するようになっていた。

 少しは成長が見られるのかもしれない――。


 そうしては俺たちは、少しずつ少しずつ前に進んでいく。




 ――アネスのアトリエに来てから、七日が経った。

 ユアルはリビングのテーブルの前で、クリスタルを握っていた。


「前にスイカを買って家で割ったら、中が丸々腐ってたんですよね……。口の中は甘いスイカを期待して受け入れ体制万全の状態なのに、いざ出てきたのは異臭を放つ変色したスイカの果肉……。あのときは思わず膝から崩れ落ちちゃったっけ……」


「……テンションの下げ方、庶民的だな」


 俺はなんだか切ない気持ちになりながらユアルの様子を見守る。


 ユアルはテンションを下げることで精神を集中する。

 前よりも俗っぽい不幸な出来事になっているのは、きっとそちらの方が身近で感情移入できるからだろう。


 そうしてユアルが魔力を込めた後には、青色のクリスタルがその手元に残っていた。

 ユアルはそれをそっとテーブルの上に置いて、息を吐く。

 アネスがそれを拾い上げ、クリスタルの色を確認した。


「よーし上出来だ」


 それは見事な青色の輝きを放っている。

 

 俺はキッチンで作っていた、山人参と一角鳥の鳥野菜炒めを皿に盛り付けた。


「こっちもできたぞ」


 そう言ってテーブルの上に昼食のメニューと、もう一つの青色のクリスタルを置いた。

 これは俺が料理の片手間に魔力を込めていたものだった。

 アネスは俺の方のクリスタルも手に取る。


「ああ、こっちも問題ない。どうだ? 何かと並行で魔力を込め続けるのには慣れたか?」


「おかげさまでな」


 この一週間、ほとんどの時間魔力を込める為にクリスタルに集中し続けている。

 最初の三日ほどは休み休みでないと辛かったが、それを過ぎれば集中しつつ別のことをする余裕も出て来ていた。

 それに伴って、次第にクリスタルが完成する速度も上がっていった。


 こうして俺が魔力を込めたクリスタルは7つ。

 そしてユアルが破壊せずに無事青色に光らせられたクリスタルが3つ。

 一週間で合計10個の青色のクリスタルが完成したのだった。


 俺はアネスに向かって口を開く。


「……これで街には来てくれるんだろうな」


「ああ。いいぜ。ただし街ではお前らがエスコートしてくれよ。わたしを一人にするな」


「なんだ? 寂しがり屋か?」


 俺がからかうように言うと、彼女は真面目な表情でこちらを見据えた。


「……お前らには教えておこう。わたしの体は特別製で、人間のものじゃない。お前たちのように魔力を体内で生成できないんだ。だからこのアトリエから動けない。アトリエではこの辺り一帯の地下魔力通路――竜脈から魔力を吸い上げて、わたしの身体に供給してるんだ」


 彼女はそう言って、ローブの下にぶら下げた十個の青いクリスタルを見せた。


「この体は魔力がなくなると指一本動かせなくなる。だから魔力を充填したこの帯魔(たいま)のクリスタルをわたしは常に持ち歩いていなきゃいけない。……お前たちにやってもらったのは、外で活動する為のわたしの魔力を充填してもらう作業だったんだ」


 どうやら『クリスタルを青くするのが条件』というのは、彼女がアトリエの外で活動する為にどうしても必要なことだったようだ。

 俺は彼女の言葉を理解し、約束をする。


「わかった。街に行っても絶対にお前を一人にしないようにするよ」


「……な、なんだよそのセリフ! 言い方ってもんがあるだろ!?」


 俺の言葉に、アネスは顔を赤らめた。


 俺は一瞬アネスが何か言っているのかわからず考え込む。

 ……もしかして、何かキザなセリフを言ったと誤解されたのだろうか。

 俺は首を横に振った。


「いや、今のはそういう意味じゃなくてだな」


「わ、わかってるけどな! ……でもわたしの体は正真正銘の女の子だから、そういうことされるとちょっとクラッと来ちゃうんだよ。体が勝手にな。だから気を付けろよ!」


「……面倒くさいやつだな」


 俺が呆れていると、アネスは照れ隠しのように咳払いを一つした。


「それより……出発する前に、一度修行の成果を確認しておくか」


「……修行?」


 アネスの言葉を受けて、俺とユアルは顔を見合わせた。




 アネスに連れられて、四階へと登る。

 アネスは壁に備え付けられた隠し戸棚を空けると、中から一本の杖を取り出した。


「ユアル、これをやろう」


 アネスはそう言って、その杖をユアルに差し出す。

 その杖は金属のような硬い素材で作られた短い杖だった。


「軽い……。これもしかして、何かすごいマジックアイテムだったりするんですか?」


 ユアルが目を輝かせてそう尋ねる。

 するとアネスは鼻で笑った。


「ちょっと魔術で作った合成素材でな。軽くて頑丈な杖が作れないか探っていたときの、失敗作だ」


「しっぱいさく……」


 なんだか複雑そうな表情でその杖を眺めるユアル。

 しかしそれに、アネスは「ちっちっ」と指を振って見せた。


「まあ使ってみるといい」


 ユアルは促されるまま、魔法の詠唱を行う。

 いつも通りややかがんだ姿勢の、反動(バックファイア)からいつでも逃げられるような体勢だった。


「――スピットファイア!」


 ユアルの呪文と共に、杖の先から巨大な火球が出る。

 上級魔法レベルの大きさの炎の球は、そのままユアルの示した方向へとまっすぐ飛んでいった。

 炎は壁に当たって、爆炎をまき散らす。

 発生した熱風が頬を撫でた。


「……まっすぐとんだ」


 ユアルが呆然と、壁に残る火炎球の跡を見つめていた。

 何度も魔法に挑戦してユアルだが、こんなにまともに発動したのはこれが初めてだったと思う。

 アネスは彼女の持つ赤く色付いた杖を見て笑う。


「その杖、作ってみたはいいが導魔性が悪くて使い物にならなかったんだ。ここに来たときのユアルならそれでも燃やし尽くしてたんだろうが、魔力の扱い方を学んだ今なら上手く使えるんじゃないかと思ってな」


「……す、すごいです! これを使えば、わたしでも魔法が!?」


 ユアルの言葉にアネスは「ああ」と頷く。


「ただあまり使い過ぎない方がいい。今も熱を持ってるだろ? 連発すればすぐに焼き切れるぞ。替えは無いから無闇に使うなよ」


「は、はい……気を付けます」


 ユアルがそう言うと、アネスは笑った。


「この一週間クリスタルに魔力を込める練習をしていたせいで、二人とも魔導操作力の基礎が叩き込まれたはずだ。どうせならただ魔力を充填するだけじゃなく、修行も同時にした方が効率が良いかと思ってな」


「修行って……俺らはいつの間にあんたの弟子になったんだ」


 俺の言葉に、アネスはとぼけたような表情を浮かべる。


「気にしないでいいぞ。賢者の弟子なんてそうそうなれるもんじゃないからな」


 彼女はそう言いながら、荷物をまとめ始める。


「そうそう、エディン。お前の修行の成果は街への道すがらに教えてやるよ。何せ……地味だからな」


「地味」


 あまりの言い様に俺は思わず眉をひそめる。

 言い方があるだろうと思いつつも、俺はこの一週間のことを振り返る。


 この一週間、日を追うごとに俺のクリスタルに魔力を込めるスピードは少しずつ上がっていた。

 俺の扱える魔力出力が徐々に増えている証拠だろう。


 そしてそれが彼女の指導の結果なのは、明らかな事実だった。

 俺は旅の準備をしているアネスに、後ろから声をかけた。


「……なんにせよ、ありがとう。訓練を付けてくれて助かった」


 俺の言葉にアネスは一瞬きょとんとこちらを見たあと、照れたように目をそらす。


「……へ……えへへ。その、あの、あんまり褒められ慣れてないから、そう素直に感謝されてもどう反応したらいいかわからんな……」


 俺はもじもじと恥ずかしがる少女を、心の中で「やっぱりこいつ面倒くさいな……」と思いながら真顔で見つめるのだった。

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