26 横穴の洞窟
俺とミュルニアは、少し離れた洞窟へ向かって歩き出す。
「それにしても、ミュルニアが一緒に来てくれるのは意外だった」
俺の言葉に、ミュルニアは「そう?」と首を傾げる。
「ユアルちゃんがこっちに来たら新人二人だけになるし、ロロっちがこっちに来たら残された方に戦える人がいないでしょ? 白兵戦要員がいなくなったら、何かあったとき大変だもん」
なるほど、合理的なチーム分けだったらしい。
ミュルニアはそれに言葉を続ける。
「それに錬金術師は実地調査も基本だしね。材料がないと、何もできないからさ」
彼女の言葉に俺は尋ねる。
「ミュルニアは錬金術師なのか? 魔導師かと思ったが」
「うーん、半分半分かな。錬金術師が実益を兼ねた趣味、魔導師は特技を生かしたお仕事」
彼女はそう言いながら、懐から透き通る色をした丸い玉を取り出した。
親指より小さなそれを、俺に差し出す。
「これ、あげる」
「なんだこれ? マジックアイテムか?」
「飴ちゃんだよ」
おやつだったらしい。
俺は飴玉を受け取って、口に入れる。
ほのかな酸味と甘みが広がった。
「ギルドに呼ばれて技能検査したり、お薬の研究したり、美味しい飴ちゃん作ったり……まあできることと好きなことを、好きな分だけしております。冒険者はついでのついでかな」
ミュルニアはそう言って、自らも飴玉を口に放り込んだ。
どうやら何者にも縛られず好きに生きているらしい。
その生き方に、少し憧れた。
――俺もそうなれるだろうか。
そんなことを考えながら、目的の横穴に辿り着く。
近くに来てみると、それが意外と大きな穴であったことがわかった。
ちょっとした家ぐらいの高さと広さの穴だ。
その奥までは光が届かず、暗闇が広がっている。
ミュルニアは懐から短杖を取り出し、魔術を唱える。
「――極小端光」
杖の先端に小さな光が宿る。
小さな光ではあるが、持続時間に対して魔力の消耗が非常に軽い初級魔法だ。
ミュルニアはそれを松明代わりに掲げつつ、横穴の奥へと光を当てた。
「みてみて、洞窟だよ!」
ミュルニアはまるで女児のように目を輝かせてはしゃぐ。
彼女が指し示す奥には、大人が二人分ぐらい通れそうな洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「地面は柔らかな土だし湿り気もある……冷蘭草の生育条件に合致してるねぇ!」
ミュルニアはしゃがみこみ、土をさわって調べる。
表情が生き生きとしていた。
「ちょっと中、見てみない? 広そうなら戻って二人を呼んでくる感じで」
「了解」
ミュルニアの提案に頷いて、俺は彼女の前を進んだ。
警戒しつつ、洞窟の中へと足を踏み入れていく。
中は思ったより広く、すんなり歩けるほどの広さだった。
慎重に歩いて進むと、すぐに広い空間へと出る。
ちょっとした宿の一室ぐらいの広さだ。
「……あ! あれ見て」
ミュルニアの、喜びの色が混じった声。
彼女が杖の光で指した先には、一本の冷蘭草が自生していた。
「やったー! ゲットゲット」
彼女はそれに駆け寄って、しゃがみ込む。
ポケットから小さなシャベルを取り出して、丁寧に根元から掘り起こした。
「いくつか小さなヤツもあるけど、これは今度来たときに取ろう」
生態系を壊さないよう、注意しつつ彼女は採取する。
丁寧に懐にしまうと、彼女はは立ち上がってさらに奥へと視線を向けた。
「……どうやら洞窟は奥にも続いてるみたいだねぇ。二人を呼んでこよっか」
たしかにここの環境が生育条件に合っているなら、奥にはもっと冷蘭草があるのかもしれない。
そう思って奥の暗闇に視線を向けると、闇の中で何かが蠢いた。
「――ミュルニア、待て」
真剣な声色に俺の警戒心を察してくれたのか、彼女は手に持つ杖を俺の視線の先に向けた。
小さな光が暗闇を照らていく。
それは、人影だった。
「…………」
俺は腰に差した剣に手をかける。
ミュルニアが俺の後ろに隠れるような位置へと動き、何かあってもいいような陣形を組む。
それと同時に、人影が声を発した。
「――どうも」
低く、感情のこもっていない声。
相手の顔は暗くてよく見えないが、体格からいけばおそらく男性だろう。
それがただの旅人や冒険者だと言うなら、こちらが剣を抜いたりしたら強盗と間違われてもおかしくはない。
しかし洞窟の奥という状況、同業者にしろ明らかに状況が怪しすぎる。
俺はその影に向かって、大きな声で尋ねた。
「――大きな象は、強力無比な徒弟制か?」
俺の言葉に、後ろにいたミュルニアが小さく声をかける。
「なにそれ……?」
「昔聞いた幻術避けのおまじないさ」
俺は振り返らずそう答えた。
それは街の老人から聞いた、魔除けの作法だ。
――幻覚かもしれない相手に、支離滅裂な文章で質問をしてみること。
正式な技術ではないので迷信と言われることもあるが、一定の効果はある。
そもそも幻術の仕組みには二パターンある。
一つは術者がイメージした幻覚を見せる方法と、受けた相手の頭が勝手に幻覚を見るように誘導する方法だ。
どちらにせよ、その幻覚で見るものにはリアリティがあるよう操作される。
そうでなくては幻術にならないからだ。
なのでそんな幻覚相手に、支離滅裂なことを言ってやるとどうなるか?
幻覚が、バグるのだ。
リアリティを造り込んだことが仇となって、突然どこかに飛び去ったり、虹色に発光して崩れ落ちたりする。
ちなみになぜそんなことを知っているかと言うと、騎士団にクレームを入れにくる老人たちの話相手を押し付けられて……うん、この話やめよっか。
……さて今回の結果はというと、残念ながら特に何も起こらなかった。
となれば相手は幻覚ではないらしい。
だが俺の質問には、もう一つの意味もある。
そしてそれが効果を成した。
人影は、俺の言葉に返事をするように言葉を発する。
「どうも、どうも、ドウモ……」
俺は問答無用で剣を抜いた。
それを見て、ミュルニアも臨戦態勢を取る。
……支離滅裂なことを言われたら、普通の人なら何らかの反応をする。
それに対して、動じない返答がされたら。
よくて狂人。
悪ければ――人に擬態しようとする化物。
その人影は、一歩こちらへと近付く。
ミュルニアの杖が放つ光に照らされて、その顔が見えた。
テラテラと光を反射する、赤みがかったオレンジの皮膚。
「――屍食獣……!」
ミュルニアがその名前をつぶやいた。




