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「麗花が捕まったのはもう知ってるみたいだね」


 優弥は私が以前使っていた部屋に案内すると、すぐに話し始めた。私と結城君に椅子に座るように勧めて、自分はベットにもたれかかっている。


「鏡弥は麗花に大きな借りがあるし、なにより心酔してるんだ。そんな彼女が捕まってもう怒り狂って手がつけられない。警察署に今すぐにでも突っ込んで麗花を助けに行きかねない勢いでさ。今ブレイカーの奴らが必至でなだめてる」


 優弥の沈痛な表情が事の深刻さを表していた。


「僕は今回の実名報道は、警察の罠じゃないかと思っているんだ」

「罠?」

「捕まったのは麗花一人だ。しかし警察はテロを企てた犯人が一人じゃない事はわかっている。だからわざと護送時間を報道して、誘ってるんだ。ブレイカーや鏡弥達が、麗花を取り戻そうと、襲撃してくるのを狙って一斉検挙しようと」

「そんな……」


 思わず結城君と目があう。互いに呆然と言う表情をしていただろう。


「でも今の鏡弥やブレイカー達の勢いのままだと、いくら僕が冷静にそう言った所で彼らには通じない。もっと強力なカリスマ……麗花のような存在がいないと」

「でも麗花は捕まってるじゃない」


 そこで優弥はじっと私を見た。その優しい癖に強い眼差しを受けてはっとした。


「まさか……私に彼らを止めろと? そんな、無茶だよ。優弥が出来ない事を」

「結花ちゃんのままじゃ無理だろうね」


 私のままじゃ無理……。その含みのある言い回しに、私はすぐに気がつかなかった。先に気がついたのは結城君だった。


「まさか音無さんに麗花の振りをしろっていうのか?」

「そうだ。警察に捕まったのは実は結花だった。間違って捕まった。そう言って彼らをなだめて一度状況を治める。落ち着かせてから隙を見て警察から取り戻そうと説くんだ」

「それこそ無茶よ。無茶苦茶だわ」

「無茶な作戦だけど、それしか方法がない」


 ただでさえさっきのニュースのショックから、まだ立ち直りきっていないのに、あまりの要求に私は怯えた。それでも優弥は私に逃げ場所さえ与えてくれなかった。


「明日になったら恐らくブレイカー達も移送中を襲撃する。今日中に彼らを止めないと間に合わない。迷っている時間はないんだ」


 私は想像してみた。危険な目つきをしたブレイカーや鏡弥達の前で、麗花の振りして堂々と振る舞う自分。思わず壊れた笑いがこみ上げるほどあり得ない光景だった。


「無理だよ……無茶だよ」


 首を振って拒絶する私に、優弥はベットから起き上がり、すがりつくような必死な眼差しで訴えかけた。


「頼む。鏡弥達を救ってくれ! 結花ちゃんにしか出来ないんだ。ワガママで無茶なお願いだって分かってる。でも僕の兄貴を助けてほしいんだ」


 絞り出すような悲痛な声と、必至に滲んだ涙は紛れもなく真実の言葉だった。優弥にとって鏡弥がどれほど大切な存在か。二人は本当に仲よさそうだったし、鏡弥は優弥のために越境までしたのだ。私にとっての麗花以上の存在かもしれない。

 そんな存在を失う恐怖と優弥は戦っている。必至でそれを回避しようとしている。逃げてばかりだった私とは真逆で、芯の強さを感じた。


「それに鏡弥達を止められれば、麗花を取り戻す方法については考えがある」


 優弥は必至にそう訴えた。もしこの作戦がうまくいけば、麗花を取り戻す方法があるかもしれない。その希望と優弥の必死さに私は心打たれた。


「私に麗花の真似なんてできるかな?」

「音無さん! まさか本気か?」


 結城君が驚きの声を上げる。無理もない話だ。私と麗花は顔は似てるかもしれないが、中身はまったく正反対。それなのに優弥は確信を持って言った。


「結花ちゃんは変わった。今の結花ちゃんならできると僕は信じている」


 私が変わったという言葉に少なからず衝撃を受けていた。昨日も結城君に言われたがそんなに変わっただろうか? 麗花が現れてから一週間も立ってない。そんな短い間に人は変われる物だろうか?

 自問自答してみる。前の自分だったら、結城君と言葉を交わす事も出来なかった。まして知り合ってまもない優弥と、目と目をあわせて、こんな真剣なやりとりなんて出来なかった。

 私と麗花は双子。生まれた時に隔てられただけで、私が麗花の立場だったら同じようにテロリストになっていたかもしれない。


 想像してみる。笑えてきた。無理だ。やっぱり私は麗花とは違う。テロなんてしたくない。……でも、真似だったら、麗花の真似するだけならできるかもしれない。


「わかった。私やる。麗花になってみんなを止める」

「音無さん! 本気か」


 慌てたように私に聞き返す結城君の言葉に頷く。


「私も麗花を救いたいから」

「ありがとう。結花ちゃん」


 その時優弥の流した涙は、とても綺麗だった。

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