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 結局私も結城君も、何も言い返す言葉を思いつかず、そのままRhapsody in Blueを出た。重い沈黙の中、ゆっくり家へと向かう。


「音無さんが……学校に来なくなってから、色々調べて、初めて双子分割居住法に疑問を持ったんだ。それまで何も思わず普通に生きて……何も気づかず、アイツらを見捨ててきたのかな」

「私も……双子分割居住が悪いと思ってなかったし、麗花が越境してきて、犯罪者だ怖い……としか思えなかった」


 知らないという事が、こんなにも残酷で、気づかぬうちに誰かを傷つけているのだと、初めて知った。

 テロはいけない。でも……なんらかの方法で、この事実は社会に広めなきゃいけない。大人達が結託して隠そうとするなら、子供が団結して立ち向かわないといけないのだろう。


「結城君。困ってる人を助ける方法。一緒に考えてくれるって、言ってくれたよね」

「うん。僕も今何をしたらいいか、考えてた」

「まずは知る事なんじゃないかなって、思ったの。大人達が隠してること、見過ごしてる事。調べて、知って、何が問題なのか……答えを探したいの」


 結城君は立ち止まって、真剣にまっすぐに私を見た。


「テロなんて物騒な事をする奴ら、怖くないの?」

「怖いよ。でも……可哀想だなって思った」

「もし彼らを見捨てても、音無さんは普通に社会にでて、良い生活ができる。大人達に逆らう事は彼らみたいに、社会に見捨てられる事かもしれないよ。それでも怖くないの?」

「……怖くないわけじゃない。でも……私はもう知ってしまったから。知らなかった事にして、自分だけ幸せに生きるなんてできない」


 私の言葉を聞いて、結城君は優しく微笑んだ。


「音無さんは凄いね」

「……え?」

「ずっと大人しい子だなって思ってたけど、本当はとても強い。尊敬するよ」


 自分が強いなんて思っても見なかったし、そんな事を言われるのは初めてだ。どくんどくんと胸の鼓動が耳に響き、体温が高くなっていく気がした。

 ずっと変わらない自分が嫌いだったけど、それは何もしなかったからで。何かをしようと決意したら、人は変われるのかもしれない。



 次の日も日曜日で学校がなかったから、結城君と待ち合わせて麗花を探す事にした。手がかりなんて何もなかったけど、何もせずにじっと待ってることなんてできなかったから。

 駅前で待ち合わせて、どこを探すか相談してたその時だった。

 駅前の人々の喧噪がひときわ多くなった。そして突き刺さるような視線を感じる。何が起こったのかと周りを見渡していると結城君が駅前の電光掲示板を指さした。


「音無さん。あれ!」


 電光掲示板では臨時ニュースを放送していた。そしてそこにしっかりと麗花の顔写真が映し出されていた。


『本日越境罪で逮捕された音無麗花容疑者は、以前からテロ容疑がかけられており、テロ未遂・越境など余罪も含め重大犯として、警察から異例の未成年の氏名、顔写真公開が認められました。なおただいま最寄りの警察署にて取調中ですが黙秘を続けているとの事。明日の午前十時に警察庁に移送され、引き続き取り調べが行われるものと見られています』


 アナウンサーが語るニュースがまるで異国の言葉のように、遠い出来事のように聞こえてくる。それでもじわじわとその内容が体にしみこんでいく事で、やっと脳内に理解が追いついた。

 震える私の肩をそっと抱いて結城君が囁いた。


「行こう。ここは目立ちすぎる」


 テレビの中の犯罪者とそっくりの私。その存在は人混みの中で奇異の目で見られた。私はこくこくと頷いて小走りに歩き出す。周囲から突き刺さる視線、ニュースの中の麗花の存在、色々ショックが大きすぎて、現実感が麻痺している。

 そんな中で結城君の手のぬくもりだけが、私を辛うじて現実に引き留めた。人気のない裏通りに出てからも、しばらく無言で私は立ち尽くしていた。


「どうする? これから」


 結城君がそう声をかけてくれたお陰でやっと顔を上げられた。我ながらひどい顔をしていると思う。それでも少しだけ冷静さを取り戻せた。


「Rhapsody in Blueに行く。あそこには鏡弥や優弥がいるはず。彼らが無事なのか確かめたい」

「わかった。行こう」


 いまだ震えのおさまらない私の手を引いて、結城君はゆっくりと歩き出した。店の前に来てもすぐに入る勇気がなかった。テレビでは麗花の事しか言ってなかったが、鏡弥だって捕まってるかもしれない。そう思うと確かめるのが怖くなる。

 結城君は無理に店に入る事を薦めはしなかった。ただ私の行動を優しく見守っているだけだ。私はだいぶ時間をかけてそっと店の扉を開けようとした。その時だった。


「結花ちゃん、結城君」


 振り返るとそこには優弥が立っていた。


「よかった店に来る前に見つけられて」

「優弥……店の外に出て大丈夫なの?」

「あんまり大丈夫じゃない。とりあえず話があるから二階に行こう。非常階段からも行かれるんだ。今は鏡弥に見つかりたくない」

「鏡弥に? どうして? 鏡弥はRhapsody in Blueにいるの」

「ああ……いる。店の中で暴れてるよ。理由は後で説明する。だから早く」


 優弥の切羽詰まったような声に促されながら、私達は非常階段を上っていった。

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