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ネットカフェのパソコンから、海外のサーバーをいくつも経由して、慎重にいつものサイトへたどり着く。
検索エンジンにも表示されない、仲間しかアクセスできない連絡用の隠しサイト。
私達のテロ計画の情報を漏らすわけにはいかない。
この国の監視体制は厳しい。テロ仲間との連絡に、携帯なんて使ったら一発でバレる。インターネットで双子分割居住法への批判を書きこんでも、すぐに消されるくらいだ。
『チェンジ・ザ・ワールド』の仲間に連絡をとって、次のテロ決行日を指定する。『ブレイカー』もこちらで同じ日にテロをする事は、藍田とも打ち合わせ済みだ。
東西二つの区域で同時多発テロともなれば、流石に話題になるだろう。
今までは一般人にできるだけ被害がでないように、小規模でささやかなテロに留めていた。だから今まで負傷者だけで、死者はでていない。
でも……被害が小さいせいで、ニュースで取り上げられる事も少ない。
ネット上にテロ事件の動画をアップしてもすぐに削除される。国が圧力をかけて、事件が話題にならないように動いているのだろう。
だからテロがあった事が、人々の話題にもならないし、双子分割居住法が問題だという意識さえない。それじゃダメなのだ。私達の悲鳴をこの国の住人に届けなければ。
一瞬ちらっとアイツの顔が頭にちらつく。結城海斗。
アイツもテロで怪我をしたんだ。胸の奥がちりりと痛む。
強く逞しい。そう言われ続けたし、だから組織のリーダーを任されるくらい仲間に信頼されている。
私が弱気になるなんてらしくないし、可愛げなんてどこにもない。
なのに……アイツは私を普通の女の子みたいに扱った。それが少し新鮮で嬉しかった。
アイツの怪我はたいした事なくて、次の日には退院したと聞いてたから、大丈夫。そう想いたいけど、少しだけ罪悪感が残る。
そんな想いを胸の奥に抱えたまま、小さくまるまって、ネットカフェの個室の中で眠りについた。
一晩ネットカフェで過ごしてから街へと飛び出す。テロ予定場所の下見をしておかないと。藍田達に任せてこの前みたいに無用の被害をだしたくない。
頭の中でテロの計画をなぞりながら、駅に向かって歩いていた。つい考え事に気をとられ、ちゃんと前を見てなかったのがいけなかった。気がついた時には人にぶつかっていた。
私より少し年上くらいの若い女性。女性はぶつかってよろけて倒れた。
「すみません。ぼーっとしてて」
「こちらこそ、ちょっとよそ見をしてたから」
女性は優しく笑いながら、立ち上がろうとして……左足がよろめいて、膝をついた。
「大丈夫ですか? ぶつかって足を痛めたんじゃ……」
「違うの。元々左足が悪くて。昔の古傷」
苦笑いを浮かべる女性に手を伸ばして、立ち上がるのを手伝う。
ふと女性が私の顔を見て、戸惑うように口を開いた。
「えっと……海斗の友達よね?」
「え?」
「この前退院の時に会いに来てくれたでしょう? あのとき名前を聞き忘れたけど……学校のお友達?」
アイツを病院に迎えに行ったのは結花だ。顔がそっくりだから間違われてもおかしくない。
よくよく見れば、女性の顔はどことなくアイツに似ていた。
「音無結花です。結城君の……クラスメイトで。……結城君のお姉さんですか?」
「ええ。海斗が怪我した時に、病院まで付き添ってくれたのよね。ありがとうございました」
そう言って深々とお辞儀をされた。
ーー違う。
アイツを病院に連れてったのは結花で、私は……アイツを傷つけたテロ組織と協力してる。
そんなお礼を言われる資格なんてない。
申し訳なくて、なんて言っていいかわからなくて、思わず唇を噛み締めた。
「姉さん」
背後から聞こえてきた声に驚いて振り向いた。アイツがいた。私に気がついて、顔が歪んだ。
「音無さん……いや、ちが……」
言いかけて口ごもる。私が麗花だって気がついたのだろう。なぜか私をキツく睨んだ。
様子がおかしい。お姉さんも違和感を持ったのだろう。
「海斗……どうしたの?」
「……なんでもない。家で母さんが待ってる」
「心配させちゃったかな? 最近過敏になってるものね。海斗の怪我の事もあったし」
「うん。だから……早く帰った方がいい。僕はちょっとでかけてくるから」
「そう。早めに帰ってきてね。お母さんが心配するから」
お姉さんは私に軽く頭をさげてから、左足を引きずって歩いて行った。お姉さんと十分距離ができてから、私をまっすぐ見て、アイツは口を開いた。
「氷室優弥から事情は聞いた。テロ組織のリーダーなんだって?」
その声には私をなじるような響きがこもってて、思わずたじろく。
「う……うん。そうね」
「お前達にも色々事情があるのかもしれないが……僕はテロを許せない」
はっきり言い切られてショックだった。自分がテロに巻き込まれて怪我したんだ。
仕方がない。それなのに、胸が痛い。
「怪我……したんだよね。ゴメン。もう……そんな事にならないように、気をつけるから……」
「違う! 僕の事なんていいんだ。たいした怪我じゃなかったから」
そう言った後、唇を噛み締めて、震えた。
怒りを必死に押さえ込もうと、手をキツく握りしめているように見えた。
「さっき……姉さんが左足を引きずってたの、気がついたか?」
「う、うん。昔の古傷って言ってた」
「姉さんも三年前にテロにあったんだ。双子分割居住法反対って……どこかの組織のテロ。その時の怪我の後遺症が今も残ってる」
ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
三年たってもまだ治らない後遺症が出る程の怪我人が、テロのせいででた。
ーーそんな事知らなかった。
「姉さんは僕の目の前で怪我をした。苦しんでる姉さんを助けられなかったのが、今でも悔しい……だから僕はテロを許さない」
そう……強く言い切って、去って行った。私は呆然と立ち尽くしてしまった。
過去のテロで負傷者がでたのは知ってる。
何人被害にあったか、数字では知ってた。
でも……どの程度の怪我なのか、後遺症が残ったのか。そこまで調べてなかった。
死者がでなかったからいい……なんて軽く考えてた自分が恥ずかしい。
足を引きずるお姉さんの姿と、アイツが怒る顔。
それが何度も頭の中でリフレインして、どうにも重い気分のまま、テロ予定場所にたどり着いた。
まばらに親子連れが目につく大きな公園。ここで双子分割居住法の規制を、さらに強化すべきだと訴える政治家が参加するイベントが行われる。
きっとその日は大勢の人が集まるだろう。そこでテロを行えば大きな話題になる。
……そう考えてた。でも……もし怪我人が出たら?
もしかしたら死者だって出るかもしれない。
さっきの二人の事を思い出すととたんに怖くなってきた。
でも……今更引き返せない。たくさんの仲間と、たくさんの想いを抱えて今まで戦ってきたのだから。
迷いと決意の間で、揺らいで立ち尽くして、考え込んでいたから、周囲の異変に気づくのが遅れた。いつのまにか何人かの警官が遠くから囲んでいるのが見える。
とっさに逃げ出そうと思ったが、もはや逃げ場がない事に気づく。
刑事らしき男が一人、問いかけてきた。
「ここで何をしている」
「何って……別に……」
「『ブレイカー』の所属員だろう? ここでテロを行う計画をたてている」
「な……」
なんでそれをと言いかけて、すぐに飲み込んで歯を食いしばった。
計画が漏れた? 『ブレイカー』の手際の悪さに内心舌打ちを打つ。
「何それ? 意味わからないんだけど」
男はさっと手元のタブレットに目を落として、それを私に見せつけた。
そこには私の顔写真つきの情報が表示されていた。
「音無麗花だな。越境の現行犯で逮捕する」
目の前が真っ暗になった気がした。もう逃げ出す事はできない。
それなら下手に反抗して、仲間に迷惑をかけないほうがいい。
大人しく無言で捕まりながら思う。
これは私への罰なんだ。
テロ被害者の事をまともに知らずに過ごしてきた、私への罰。
最後にアイツの顔がちらついた。
私に怒りながら……アイツの顔は今にも泣きそうに見えた。




