17
私が家に帰ると両親はまだ帰っておらず、麗花が私の部屋で待っていた。昨日と同じ不安げな表情で私を見つめる。
「お帰り。遅かったね。あの、あのさ。本当に昨日はごめん」
「いいよ。麗花のせいじゃないんでしょ」
私の声が優しかったせいか、麗花は驚いたような表情をした。
「それより聞いてもいい?」
「何?」
「鏡弥を追ってこっちに来たんでしょ。見つけた後どうするの」
麗花は眉根を寄せてこう答えた。
「本当は連れ帰る予定だったんだけど、優弥一人にしておけないし。優弥を『越境』させる体力もなさそうだし、まだしばらくこっちにいる。それに……」
そこで麗花はにやりと笑った。
「せっかく『ブレイカー』と交流できたからね。こっちで何かやろうかな? って……」
「まさかテロをする気!」
私の怒気に麗花は不機嫌そうな表情をした。
「何? 最初に言ったでしょ私は犯罪者だって。前にもテロ行為で警察に捕まりそうになったの。もう怖い物なんて無いわ」
「そういう問題じゃない。テロなんてダメって言ってるの」
「なんで?」
「なんでってテロに巻き込まれて怪我する人や悲しむ人がいるんだよ」
麗花はイライラとした表情で私を睨んだ。
「じゃあ『双子分割居住法』のせいで苦しんだり辛い思いする人間を、何もせずにこのまま放置するのはいいの?」
「そ、それは……」
「あんたみたいに両親の下でぬくぬく幸せに育った奴にわかんないわよ! ホームがどれほど過酷だったか、親に会えない悲しさがどれほど辛いか!」
麗花の激しい怒りに思わず飲まれた。そして気がついた。麗花がなぜ二人一役をやろうなんて言い出したのか。麗花は両親のいる音無結花という存在になりたかったのだ。ほんのわずかな間でも、その疑似体験をしたかったのだろう。
麗花は顔をそらして布団に入り込んだ。
「寝る!」
すねる麗花の背中を見て、麗花の孤独を少しでも癒してあげたい。そう思えた。
「ごめん麗花。麗花の気持ちも考えなくて」
私の言葉に意外そうな表情で振り返り私の顔を見た。
「二人きりの姉妹だもん。私は麗花と仲良くなりたい」
「な、にそれ……」
麗花はどう反応して良いかわからないというような風で、戸惑っていた。
「夕飯食べた?」
「食べてないけど別に……」
「じゃあお姉ちゃんが作ってあげる」
「お姉ちゃんとか、いきなり姉貴面しないでよ……」
文句を言いながら、麗花は照れていた。初めて麗花を可愛いと思った。
「何か苦手なものとかある?」
麗花は気まずそうに俯くと、ぼそりと呟いた。
「……ピーマン」
「よし、じゃあピーマンの肉詰めにしよう」
「ちょっと待った! なんでそうなるの? 食べないからね。絶対食べないからね」
そう言いながらも麗花のお腹は正直である。空腹の虫が悲鳴を上げた。麗花は真っ赤になってお腹を隠す。
「嘘、嘘。ピーマンはなしね。待っててね」
私はそんな他愛もない会話を楽しんでいた。こんな風に姉妹らしくふざけ会うなんて、初めてかもしれない。
話してみれば麗花だって普通の女の子で、テロとか犯罪者だとか、とても思えなかった。
私が料理を作り終え、麗花を呼びに行くと、戸惑った表情で麗花は立ちすくんでた。
「リビングで食べるの? 親帰って来た時にまずくない?」
「大丈夫。今日週末だし二人とも夜遅いから」
躊躇う麗花の手を引いてリビングに向かう。二人で向き合って食べる食事は、一人よりもずっと美味しかった。
「美味しい……」
「そう。よかった。いつも一人だったから二人で食べるのが嬉しい」
「いつも一人なの」
「うん。残業や接待って事になってるけど、うちの両親二人とも浮気してるから」
私は何でもない事のように言ったが、麗花は驚いて箸を取り落とした。
「前に離婚しようとしたけど、私の押し付け合いで揉めて。結局仮面夫婦続ける事になったの。私が自立したら、たぶん離婚すると思う」
麗花は俯いて暗い表情になりぽつりと言った。
「さっきはごめん。何にも知らずにぬくぬく幸せに育ったとか言って」
「私も今まで麗花が過ごしてきた環境を知らないもん。しかたないよ。でもこれから知ればいいよ。お互いに」
それからしばし無言で食べ続け、麗花はごちそうさまと言って箸を置いた。
「ごめん。出かけてくる。食事ありがとう美味しかった」
「待って! 出かけるってまさか、さっき言ってたテロとか……」
麗花は無言で頷いた。私は思わず麗花の服を掴んで言った。
「行かないで。麗花にもう危険な事して欲しくない。側にいて……」
側にいて幸せにずっと一緒にいたい。やっと手に入れた家族なのだから。麗花は私の情けない表情に苦笑しながら言った。
「ごめん。私はもう辞められない。決めた事だから。でもまた帰ってくるよ。その時はまたごちそうしてよ」
その時の麗花の笑顔があまりにも綺麗すぎて、私はますます不安になった。それでも飛び出していく麗花を止める事はできなかった。




