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「結城君痛い!」
店を出ても強い力で引っ張られ続けていたので、ついに根をあげて文句を言ってしまった。結城君は、ぱっと手を離しその場に立ち止まる。走るような早足で出てきたから呼吸が荒い。
結城君は道端に転がる空き缶を、八つ当たりするように蹴りつけた。
「音無さんは聞いたの? あいつらの事」
「うん」
「僕も聞いた。テロの事も氷室がホームで虐められてた事も。双子分割居住法に不満があるのも、同情の余地があるのもわかる。だけど……だけどな!」
ぐしゃりと空き缶を踏みつぶす音が響いた。結城君の凶暴なまでの怒り方に震える。
「だけど、だからってテロなんて僕は認めない。絶対に認めない」
結城君は私に背を向けていたから、その表情はわからなかった。ただその背中は怒りに震えるように揺れていた。テロの起こったあの時見せた、結城君の怒りの表情を思い出す。
「結城君……。結城君も巻き込まれたし、怒るのは分かるよ、だけど……」
冷静にと続けるはずが声が出なかった。振り返った結城君が怖いくらいに無感情な目をしていたからだ。
「僕の事はいいんだ。たいした事なかったし。僕の事は……。でも……テロリストだけは絶対に許せない!」
結城君の勢いに飲まれて思わず後ずさる。怖い。まるで何かに取り憑かれたようだ。いつもの結城君じゃない。
私の恐怖を感じ取ったのか、結城君は慌てて表情を崩した。
「ごめん。音無さんが悪いわけじゃないのに。当たってしまって……。少し話しても良いかな?」
私が無言で頷くと結城君はまたゆっくりと歩きながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「三年前にも同じように『双子分割居住法反対』のテロがあったんだ。電車の中にオモチャみたいな爆発物が仕掛けられててね。パニックになった人達が慌てて逃げ出す時に、僕の姉が押されて倒された。そのまま踏まれて……。足に怪我をしたんだ。今もまだ後遺症が残ってる」
はっと思い出す。病院で左足を引きずりながら歩いていたお姉さんのこと。そしてお母さんの過剰な心配振り。あれは自分の子供がテロに巻き込まれたのが二度目だったからこそ、余計に心配だったのだろう。
結城君やその家族の気持ちを考えたら、胸が痛くなる。お姉さんも結城君も何も悪く無いのに、理不尽に巻き込まれて傷つけられる。やっぱりテロなんてしちゃいけないんだ。
「ずっとテロリストを憎んでた。イタズラ半分に世間を騒がせて、みんなを困らせる馬鹿野郎どもだって。でも……あいつらも本気なんだな……。そう思うと許せないのにどうして良いか分からなくなる」
結城君の声は震えていた。迷っているのだろう。私も同じ気持ちだった。
テロなんてダメだ。でも彼らの訴えを無視してはいけない。
私と結城君は同じなんだ。私は私の気持ちを伝えなきゃいけない。
「結城君」
前を歩いていた結城君が振り向いて私を見た。いつもの私だったら怖くて、すぐ俯いてしまったと思う。でもこれは大切な事だから、逃げちゃダメだ。
私は結城君の視線をまっすぐに見つめて言った。
「私もテロはいけない事だと思う。でも『双子分割居住法』のせいで苦しんでいる人がいるなら助けたい。だから私はテロ以外の方法を探そうと思う。優弥みたいに苦しむ人がいない世界に変える方法を」
結城君は目を見開いて驚きしばらく沈黙した。それから優しい笑顔になった。いつも学校で見ていたいつもの結城君だ。
「音無さんがそんなまっすぐに前を見て話すの初めて見た。それに話す時、髪をいじる癖もなくなったね」
髪をいじる癖……。そんな物があるなんて、自分でも気づいていなかった。恥ずかしい。
「たった数日だけど音無さんはすごい変わったよ。強くなった。僕も変わらなきゃな。音無さんの言うように、テロじゃなく、困っている人を助ければ良いんだ。僕も考えるから。一緒に考えよう」
一人じゃない。それがとても嬉しい。こうやって一人一人が問題に目を向けて、社会に住む人がみんな同じ思いになればきっと世界は変えられる。
チェンジ・ザ・ワールド。麗花が作ったというテロ集団の名前。
思いが同じならば麗花とだって話し合えるんじゃないか。今までずっと劣等感で勝手にひがんできたけど、今なら真正面から対峙できる気がする。
私は彼女の事を知らなさすぎる。会って話して、もっと仲良くなりたい。鏡弥と優弥のように、双子なんだから、姉妹なんだから。
「結城君、私は帰るね。帰って麗花と話してみる。テロを辞めさせられるか分からないけど、私の気持ちをぶつけてみる」
「応援してる」
私には結城君のという支えてくれる存在がいる。それはなんて幸せな事だろう。不思議と勇気が湧いてきた。
「ありがとう」
そして私は笑顔で結城君と別れた。麗花と決着をつけるために、家路を急いだ。




