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 優弥と結城君の二人を残し、私と鏡弥は部屋を出た。私はこのまま帰るわけにも行かず、気まずい思いで廊下に立ち尽くした。


「麗花は?」

「結花の家に行くって言ってた。会ってもう一度話したいって」


 麗花ともう会いたくない。そう宣言したのは昨日の事なのに、何を話す事があるというのだろう。


「昨日は話の途中で帰ったって優弥に聞いた。その続きを今、話してもいいか?」


 鏡弥はぶっきらぼうに顔色を伺いながらそう呟いた。私は無言で頷いた。視線をそらし続けたまま鏡弥は話だす。


「俺たちは俺が両親と暮らしてて、優弥がホーム育ちだった。でも親と一緒に住んでてもろくな事無いよ。俺が何かする度に『お前を選ぶんじゃなかった』って比較され続けてさ……。双子になんて生まれてこなければって何度も思ったよ」


 鏡弥の気持ちは少しだけ分かった。私の家族もすれ違いばかりでろくに会話もなく、家族として崩壊していた。

 麗花が入れ替わったあの日が、珍しく家族らしかったのだ。


「まあ俺は双子分割居住法っていう法律よりも、そうやってかってな都合で、俺たちを縛る大人達が許せなくてさ。だから一人で大人に突っかかって、警察沙汰になって逃げ出したことがある。その時麗花に出会って助けられた。アイツには借りがあるんだ」

「だから『チェンジ・ザ・ワールド』に入ったの?」

「ああ。麗花は小さな反双子分割居住法テロ集団をまとめ上げて、リーダーになった女だ。凄い奴だよ」


 鏡弥が麗花の事を語る目はとても輝いていて、どれほど憧れているかよく伝わってくる。そんな姿を見るのが面白くない。劣等感でひりひりした。

 でも私が麗花になれないのは、私自身のせいだ。

 麗花は現状を変えるために活動している。私は人付き合い一つ上手くできずに、勝手に自己嫌悪におちいっているだけだ。

 昨日麗花にぶつけた怒りは、理不尽な八つ当たりだ。私は麗花と向き合わなきゃいけないのかもしれない。


「それでさ、ある日うちの両親宛に優弥から手紙が来たんだ。『助けてくれ』って。見て分かるかもしれないけど優弥の体はぼろぼろだ。ホームで虐められてたんだ。ろくに食べものも与えられず、殴る蹴るの暴行を受けていたらしい」

「虐め? 誰が?」

「ホームの他の子供達だよ。ホームなんて言っても結局は子供を大勢集めた施設だ。この国に双子は多すぎて、ホームの数も多くて大人も監視しきれない。法律上はホームに管理者と呼ばれる大人がいることになってるけど、めったに来やしない。だから子供たちの間で弱肉強食の世界が生まれる。子供は残酷だな。弱い物をいたぶって楽しむ」


 優弥を虐めた奴らを恨んでいるのか、鏡弥は虚空を睨み付けていた。


「でもうちの親たちはとっくの昔に捨てた子供の事なんて、どうでも良かったんだ。必至に手紙まで書いて助けを呼んだのに、何もしなかった。だから俺がアイツを助けにきた。ホームから連れ出して逃げた。マキさんに出会えたのは幸運だったけどな」


 親に捨てられ、ホームで虐められ、どれほど優弥が苦しんだかと思うと胸が痛む。それでも私の覚えている優弥はいつも優しく微笑んでいた。心が強くて凄いと思う。私よりずっとずっと。


「俺は優弥に会って改めて、双子分割居住法なんて無くなっちまえと思ったよ。アイツは良い奴だ。あんな法律無かったら、俺たちは兄弟としてもっと早く出会って一緒にいられた。アイツが苦しむこともなかった。だから昨日のやり方は不味かったと思うけど、それでもお前には分かって欲しかったんだ。俺たちは本気で世の中の仕組みを変えたいんだ。大人の決めた身勝手なルールを壊して世界を作り替えたい」


 熱く語る鏡弥の姿に胸を打たれる。鏡弥の気持ちが痛い程伝わる。

 だから余計に辛い。結城君を傷つけたテロという行為は許せない。

 でも双子分割居住法なんてなくなれば良いとも思う。

 私の頬を自然に涙がこぼれ落ちた。


「わからないよ。テロが良い事か、悪いことか」

「悪いんだよ」


 きっぱり自分は悪い事をしてるんだと、言い切る鏡弥の姿が凛々しい。手のひらをぎゅっと握りしめて、左胸に当てた。


「テロは悪い事だとわかってる。でも何もしなかったら大人達に伝わらない。テロは俺たちの悲鳴だ。助けてくれっていう、魂の訴えなんだ」


 強い覚悟に満ちた、鏡弥の言葉が突き刺さる。

 私も鏡弥達に出会わなければ、双子分割居住法に何の疑問も抱かなかった。弱者の声はいつだって社会の中で握りつぶされる。

 そうやって見過ごされ消えていく命だっていっぱいあるんだ。

 知らなかったですませてはいけない。今は知ったからこそ、私も何かしたい。


「私にもできる事あるかな?」

「ある。そう信じて行動すればきっとな」


 何もできないダメな私だと思ってたのに、鏡弥は私にもできる事があると断言してくれる。私の心の中にあった劣等感がすーっと薄れて、心が軽くなった気がした。


「でも私はテロなんて嫌だよ。悲劇が増えるだけだもの」

「そう思うなら、お前が自分で探すしかない。テロ以外でこの世界を変える方法を」


 テロ以外の道。それはとても難しいことかもしれない。それでも私は考えたいと思った。優弥みたいに傷つく子供のいない世界を。

 そんな風に未来を指し示してくれる、鏡弥が眩しい。鏡弥と出会ってなかったら、私は今も臆病者のままだった。


 その時大きな音を立てて扉が開き、結城君が部屋から飛び出してきた。


「結城君」

「帰ろう! 音無さん」


 結城君は私の腕を掴んで出口へと引っ張って行った。あっけにとられる鏡弥を見ながら、私は結城君に引きずられ、店を飛び出した。

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