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「馬鹿野郎どもに伝えろ。『チェンジ・ザ・ワールド』の氷室鏡弥はここにいるから、メンバー集めて来いってな」


 そう叫んで俺は『Rhapsody in Blue』の名前と住所を書いた紙の切れ端を押し付けた。

 初めて会ったヤツだけど、駅前広場でテロをおこした、アイツらの仲間だって事はすぐわかったし、これであの馬鹿野郎どもに伝わるだろう。


 越境する時にスマホは置いてきた。足がつくといけないし、そもそもこの国は、ネットも携帯も全部監視されてるから、通信手段としては危険だ。アナログだが紙に書いて手渡し。これが一番足がつかない。


 駅前広場の真ん中で、結花が泣いてたのを想いだした。あの怪我したヤツ……結花の知り合いだったんだろう。無事だといいんだが……確認する余裕もなく置き去りにしてきちまった。

 結花は……初めからびくびくおどおど、弱虫な感じで、顔は麗花とそっくりなのに、中身はまるっきり似てない。

 でも……やっぱり麗花と同じ顔で泣かれると胸が痛い。


 アイツらに連絡したら……きっと麗花にも居場所がバレる。だからしたくなかったけど……あんな物見せられたらワガママ言ってられない。


 すまん、麗花。また俺はオマエに迷惑をかける。


 そのまま俺はRhapsody in Blueへ急いだ。アイツらが来る前に、マキさんに話を通しておかないと。それに……昼間来たあの男。

 マキさんは悪いようにしないって言ったけど、大人は信用できない。

 マキさんは例外だけど……と出会った時の事を思い出す。



 裏路地を隠れるように、優弥を抱えて彷徨っていたら、不思議な煙草の匂いがした。その匂いに釣られて振り向いたらそこにマキさんがいた。一目で俺達が双子だってわかるのに、無表情に淡々と俺達を見てた。


「そのまんま逃げるきかい? すぐに死ぬよソイツ」

「うるせぇ!! ババァ。優弥は死なせない」


 優弥が死ぬ? 冗談でも許せないと睨みつけたのに、涼しい顔で煙草の煙を吐き出した。


「死なせない……ね。じゃあ、ついてきな。とりあえず食べるものと寝る所は必要だろ」

「はぁ? 何言って……」

「大人は信用できない。そういう目をしてるね。懐かしいよ。昔の自分を思い出す」


 その言葉に含まれた匂いに俺は釣られた。ただの感だが、この人も俺達と同じように大人を信用できない子供だったのかと。……それなら賭けてみてもいいかもしれない。

 マキさんは自分の名前と店の話だけして、他は何も言わなかった。俺達も名前だけは名乗ったけど、他は何も話さない。それでも今日まで置いてくれた。

 感謝してもしたりない。だから……あの人には迷惑かけちゃいけない。



 Rhapsody in Blueが近づいてきて、ふいにまた不思議な煙草の匂いがした。スパイスが効いた甘さが混じる煙草の匂い。

 一度こっそりマキさんの煙草を一本くすねて吸ってみたけど、変な甘い味がした。たぶん海外産。だからマキさん以外のヤツが吸ってるとは思えない。

 煙草の煙を辿って路地裏を覗き込むと、男と女がキスをしてるように、遠目で見えた。女はマキさんで、男は……さっきのヤツ。

 ついついよく目をこらして見たら、唇ではなく、煙草と煙草が触れ合うシガーキスだった。二人の顔には一切の笑顔がない、まるでカミソリみたいな鋭い視線の応酬だ。


「……バカだな」

「ああ……バカだよ」


 かすれた二人の声が聞き取りづらい。もう少し近づかないと何を話してるかもわからない。それくらい距離がある。

 マキさんは男から離れて、煙草を手に取り、ふーっと煙を吐き出した。


「鏡弥。こっち来な」


 こちらを見もしないでそう言われ、びくりと驚いた。クールなマキさんは、まるで動揺してないそぶり。こっちが後ろめたい気分で近づいた。


「よう、少年。何かまた事件でも起したか?」


 男がへらっと笑って言った。反射的に睨みつけたが、軽い笑みでかわされて、ちっとも応えてない。


「鏡弥はこっちのヤツじゃない。別口だろ」

「ふーん。そうなんだ」


 そういいつつ男がスマホに表示したのはネット動画。

 それはさっき駅前広場で起こったテロの様子だ。さっき起こったばかりの事件なのに、何で何も言わないうちに気づいたのか……と冷や汗が流れた。


「な、なんで……それを……」

「せっかく派手にテロして、動画をネットにアップしてもすぐに消されるだろ。だから見つけ次第、記録にとって集めてるの。それが俺の仕事」

「警察か?」

「まさか! ペンは剣より強しな、ジャーナリストさ」


 笑みを消して煙草を捨てて、靴でもみ消す。「警察なんてゴミ以下だ」と吐き捨てる姿はとても嘘には見えなかった。


「ほい、俺の名刺。なんか情報拾ったら、この連絡先かマキに言ってね。情報拡散の手伝いをしてあげよう」


 差し出された紙の名刺には、連絡先と『Smoke Gets In Your Eyes』という文が書かれている。アメリカの有名なジャズの曲。確か……日本語のタイトルは、煙が目にしみる。

 それで気がついた。


「もしかして……あのニュースサイトの?」


 政府に、監視され、検閲され、窮屈なネット社会の奥深く。アンダーグラウンドな世界では有名なニュースサイトだ。

 何度政府に潰されても、煙のようにどこかに出没して、ニュースを発信し続ける。反骨精神の強い、この国では珍しいサイトだった。


「心の中にあるものを否定することは出来ないし、心が燃え上がって煙をだしているなら、それは形にして見せなきゃならない。例え……この国では消されてしまうとしても」

「ただのかっこつけだろ」


 マキさんの容赦ないツッコミに、男は口をへの字に曲げた。その後ちらりと俺を見て笑みを浮かべた。


「ああ……俺の名前はナイショでな。警察にばれると色々不味いのは……お互い様だろうから、俺も聞かない」


 そう言ってそのまま去って言った。


「馬鹿だし、悪いヤツだが、信用して良いよ」


 マキさんがふーっと煙を吐き出してから、いつもみたいに明るく笑った。


「悪いヤツなのに信用するのか?」

「人の煙草をくすねる様な悪いガキも、私は信用するんでね」


 ニヤリと笑われて決まりが悪い。やっぱばれてたか。でも……怒りもしないなんて、やっぱりマキさんは他の大人と違う。


「それで……何か私にようがあるんじゃないかい?」

「あ……うん。悪いけど、今日はRhapsody in Blueを貸して欲しいんだ」

「ふ……ん。まあ、いいよ。久しぶりにあのバカの顔を見たら、仕事するのが厭になってきたから。臨時休業にして飲みにでも言ってくる。『臨時休業』の店の中で何があっても、私は何も知らない。それでいいだろ?」

「あ、ありがとう……ございます」


 俺が頭をさげたら、マキさんは手をひらひらさせて、もう歩き始めてた。

 結局まだ、マキさんに何も伝えられてない。でも……たぶん、全部あの人にはお見通しなんだ。

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