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 僕は当てもない捜し物をしていた。闇雲に訳も分からず、それはもはや人捜しとはいえない。ただ探すという行為で自分の焦りを落ち着かせたいだけだった。


 もし音無さんが、自分から家出という選択を選んで無事ならいい。でも万が一事故とか何かあったら……。そう思うと胸の奥が締め付けられるように痛い。

 思えば今まで音無さんと、ろくな会話をしてこなかった。なかなか親しくなる一歩を踏み出せずに迷っている内に、まさかこんな事が起こるなんて。

 もっと早く仲良くなって色々話しておけばよかった。そうしたら彼女がこんな時行きそうな場所が分かったかもしれないのに。


 色々探し回る内に駅前の広場に出た。人混みで視界が悪い中、これだけ人がいたら彼女もいるんじゃないか……そんな淡い期待が生まれる。

 駅前広場にちょうど選挙演説のための選挙カーが止まっていて、何かをうるさく連呼している。選挙権もない未成年の僕にはそれはただの騒音だった。

 選挙演説を聞くために立ち止まる人の波をかいくぐり、必至で辺りを見渡す。音無さんの姿だけを求めてひたすらに。いてくれ、無事でいてくれ!


 それは神が与えた奇跡だったのか、悪魔の与えた鞭だったのか……。人混みの中で僕は探し人を見つけた。

 音無さんが買い物袋片手に歩いていたのだ。しかし一人ではなかった。隣に同じ年くらいの少年がいる。二人は大荷物を抱えながら笑っていた。

 そのあまりに幸せそうな光景に、声をかける事も出来ずに呆然と見つめてしまった。


 どうして笑う彼女の隣にいるのが自分ではないのか? 何の為に必至で探していたのか。馬鹿馬鹿しいくらいに道化だ。

 体がゆっくりと彼女たちの方へと向かう。それでも声は出てこない。自分があの間に割り込めるのか? と疑問に思えてしまう。

 たった一日で何が変わったか知らないが、あんな風に笑って誰かと話せる彼女を、僕は知らなかった。


 二人との距離が近くなっても、音無さんは僕の存在に気づいてもいないようだ。敗北感で一杯でこのまま声をかけずに立ち去ろうか。


 ……そんな考えさえ頭に浮かんだ、まさにその時だった。


 選挙カー付近で突然破裂音が鳴り響いた。

 硝煙の匂いと派手な破裂音に広場にいた人々がパニックに陥る。

 その瞬間、僕は過去の記憶を思い出して、ただ無我夢中で駆けだしていた。


「音無さん!」


 人混みをかき分けて、音無さんの前に進み出ると、彼女は驚いたような顔をしていた。


「結城君?」


 戸惑う音無さんの腕を掴んで胸の中にかっさらう。広場はすでにパニック状態になった人々が、広場の外へ向けて駆けだそうとして押し合いになっている。

 その人混みに押しつぶされないように、彼女だけは絶対に守る。そう思って必至でその場に踏みとどまった。


「おい! 大丈夫か」


 音無さんと一緒にいた少年の声が聞こえる。しかしそれすらも人混みに流されて視界から消えつつある。

 荒れ狂う濁流の只中に残された小枝のように、僕は必至に音無さんを抱きしめて身を挺して庇った。腕の中の音無さんはただ戸惑い困惑するばかりで何も言わない。

 それでもいい。彼女が怪我しなければ……。


 どれだけの時間そうしていたのか、あるいはそれはほんの短い時間だったかもしれない。人がいなくなった広場はがらんとして、駅前とは思えないほどの静けさだった。

 僕はゆっくりと音無さんを腕から離して辺りを見渡す。見た所怪我人もおらず、派手な音ほどの被害は何もなさそうだった。地面には爆竹の残りかすらしき物があり、これがあの音と匂いの元凶か……と肩すかしな気分を味わう。

 ふと見上げると選挙カーに投げつけられた垂れ幕が目に入った。


『双子分割居住法反対』


 ただそれを訴えたいだけのために、これだけの人々を騒がせたのか? 場合によっては怪我人まで出ていたかもしれないのだ。僕ははらわたが煮えくりかえるほど怒り狂った。


「結城君ありがとう」


 音無さんの感謝の言葉すら耳に届かなかった。僕は選挙カーに一人で近づくと、垂れ幕を掴んで引きちぎった。その激しさに、音無さんが驚き戸惑っていたけれど、止められなかった。ただやりきれない怒りを垂れ幕に向かってぶつけたのだ。

 するとまた破裂音とともに、焼けるような痛みが背中を襲った。


「結城君!」


 音無さんの悲鳴がこだまする。一瞬、彼女の身に何かあったのではと振り返るが、彼女は変わらぬ姿で僕を凝視していた。


「おい! お前大丈夫か」


 音無さんと一緒にいた少年がいつの間にか側に来ていて、僕にむかって声をかけてきた。相変わらず背中が痛い。状況が掴めない。何が起こったというのだ?

 ああ……背中が痛い……焼けるように……。怒りの興奮が冷めると一気に現実が押し寄せる。自分の身に何が起こったのわからぬまま、僕はそのまま膝をつき、ゆっくりと意識を失った。

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