巡る想いと花嫁衣装
(95)
「綺麗だ……可愛い。素敵だ」
仮縫い状態のウエディングドレス――花嫁衣装を着せてもらって、実亜はソフィアのキラキラした視線をその身に受けていた。
ドレスは何着かあったけど、とりあえず一着目はソフィアの礼装用の騎士服に合わせて、鮮やかで深い青色――生地の光沢感もあって華やかでもある。しかも、実亜が元々着ていたスーツのテーラー襟のデザインを取り入れてくれていた。
預けていたスーツを参考に、衣装を仕立てる職人たちが上手くアレンジしつつデザインしてくれた渾身の一着らしい。凄い職人技だと思うし、凄く嬉しい。
「いえ、そんな……ありがとうございます」
実亜は優しく見つめるソフィアに「私には勿体ないです」と返していた。本当に、勿体ないくらいの綺麗なドレスと褒め言葉――舞踏会の時もそうだったけど、自分が着ることがあるなんて思っていなかった。
「ソフィアお姉様、綺麗なのか可愛いのか、どちらなんですか?」
お茶を飲みながら実亜とソフィアの様子を眺めていたアステリアが、不思議そうに訊いている。どちらも自分には勿体ないくらいの褒め言葉だなと実亜は思った。
「アステリア様、綺麗で更に可愛いんですよ」
計算問題ではないけど、こういう時は上乗せや掛け算が適切――クロエがアステリアに助言をしている。執事はこういうことも少し助言をしたりする――実亜の発見だった。
「わかったわ。ソフィアお姉様が綺麗で格好良くて優しいから、ミアお姉様は綺麗で可愛くて優しいのね」
素敵なお二人――アステリアがマイペースに謎の納得をしていた。
「ミア様の艶のある黒髪には、鮮やかなお色がよく似合うと思いまして。ばあやはいい仕事が出来て嬉しゅうございます」
ばあやが細かなサイズ直しの仮止めをしながら、嬉しそうに張り切っている。一着でもサイズが決まればその他の服も合わせられるらしい。でも、このあと数着試着が控えているとも言っている。
「ああ、しかもミアのスーツの特徴を取り入れて、他にはない唯一無二の衣装になっている」
リスフォールでは寒いだろうが、この襟もいいな――ソフィアも実亜の襟元を少し整えて、謎の納得をしていた。
「ソフィアお姉様、これは帝都で流行します。私の勘が囁いています」
「ふむ、母上ほどではないが、服にこだわりのあるアステリアが言うのなら説得力があるな」
確かに今までにない新鮮な花嫁衣装だとソフィアが笑っている。
「そうでしょう? 私の時も色違いで同じ花嫁衣装にしてもらいます」
アステリアはまた納得してまたお茶を飲んでいたけれど、クロエに「お勉強の時間です」と言われて、アステリアは「はあい」と、クロエと共に部屋を出て行った。
「まあ……素敵、可愛くて綺麗よ」
三着目のドレスの試着――ローナが様子を見にやって来ていた。
ソフィアとばあやは職人たちのところに一着目のドレスを持って行って、入れ替わりでローナがやって来たのだ。
しかし、「形式だけでも」のレベルが実亜の考えていた「形式だけでも」とは違う。全てのスケールが想像の二十倍、いや百倍くらいある。スケールが大きくて不安になるくらい――
「ありがとうございます。その……私、いいんでしょうか?」
実亜は不安を少しだけローナに話していた。
こんなに恵まれていて、こんなに大事にしてもらえているのに贅沢な不安なのだけど。
「何か心配なことがあるのですか?」
ローナが「結婚式前は皆少し心配になるのよ」と、実亜の試着しているドレスの裾を少し調整しながら優しく訊いてくれる。
「その……私は貴族ではないですし、自分がどうやってこの国に迷い込んだかもわからない行き倒れです。それなのに、皆さん優しくて、どう感謝していいのか自分でもわからないです」
この世界で誰かと巡り逢う度、いつも不思議なくらい素敵な人たちで、決して実亜のことを悪く扱わない。大切に誠意を持って、一人の人として扱ってくれるのだ。
ブラック企業に居た頃は――そこに至るまでの人生でも、ここまで誠実な人たちは居なかったから、余計にありがたさが身に沁みる。
「そういう時は一言『ありがとう』でいいのよ。想いは巡るものです。ミアさんもいつか『ありがとう』と言われる時が来る――いえ、今までにもなかったかしら?」
ローナは穏やかに、だけどハッキリとした言葉で、実亜に笑いかけてくれていた。
「沢山あります。ソフィアさんはいつも私の話を楽しそうに聞いてくれて、優しい笑顔でありがとうっていつも……その他にも沢山、気が付いたら言ってくれてます」
帝都に来る旅の途中でもそれは変わらなくて、今も、いつもこちらが泣きそうになるくらいくらい優しくて――
「それでいいの。ミアさんのことだから、きっとソフィアにも沢山言ってるんでしょう?」
「出来るだけ、言葉にするように気を付けてます」
「想っていても言わないと伝わらないですものね。素敵なことだと思います。ミアさんはそのままで進めば大丈夫です」
実亜の言葉にローナが深く頷いて「少し失礼」と、頭を撫でてくれていた。ソフィアと違って、もっと小さな子をあやすような感じで、何故か懐かしくなる優しさだ。
「はい。ばあやさんにもそれは教えてもらいました」
そのままの実亜が存在することが、大事――いつでも取り出せる言葉は、しっかりと実亜の心にある。
「身分の違いに関しては――私は貴族でも騎士でもない、地方出身の一自警団員だったと言えば理解していただけるかしら?」
ローナはしばらく頭を撫でてからそっと手を離すと、少し得意気に笑っていた。
「えっ……?」
実亜は少し素っ頓狂な驚き方をしていた。ローナの雰囲気や立ち居振る舞いから、勝手に貴族だと思っていたのだけど、そうじゃないと言うのだ。
「魔物と戦う日々の中で、アイルと――アイルマーと出逢ったの。そういうことです」
「その……想像が出来ないと言えば失礼なのかもしれないですけど、でも、ソフィアさんも凄く勇敢ですし……?」
実亜の言葉に、ローナは優しく笑っているだけだった。
「ミアは何を着ても似合う。伝統の花嫁衣装の姿も素敵だ」
五着目のドレス――ソフィアが試着はこれで最後だと教えてくれていた。
最後の最後でルヴィック伝統の花嫁衣装――今までのものとは違って、金属製のコルセットみたいな胴体を支えるパーツがあって、鎧のような感じだ。肩はパフスリーブと言うものだろうか、肩周りが少しふわっと膨らんでいて、腕を動かしやすい。でも、多分そういう動かしやすくするためのデザインじゃないとは思う。
「これが伝統の衣装なんですね」
実亜は着慣れないコルセット部分を確認してソフィアに訊く。わりとしっかりしていて、何故か安心感がある。
「そうだな。母上が着たものを手直ししている。母上はその母上から――姉にも妹にも儀式の際に受け継がれて行くものなんだ」
「えっ、じゃあ、ソフィアさんが着なきゃいけないじゃないですか?」
ソフィアの母――ローナの衣装を自分が取ったらソフィアは衣装がなくなってしまう。騎士の服はあるけど、それはそれでまた少し違うものだろうし――
「私は父方のお祖母様のものがあるが――」
「……見たいです」
ソフィアさんが嫌じゃなければ――実亜はソフィアにお願いをしてみた。いつもの格好いい騎士の姿も素敵だけど、ウエディングドレス姿も絶対素敵だから。
「む……ふむ、わかった。用意してもらおう」
ソフィアは近くに控えているお手伝いの人を呼んで、自分の衣装を持ってくるように頼んでいた。
「綺麗……素敵、可愛いです」
しばらくして、花嫁衣装を着たソフィアが、実亜の言葉に照れ笑いをしていた。
デザインは実亜の着ているものとあまり違いがないけど、華やかで何処か可憐で。だけど、ソフィアのいつもの凛々しさは消えていない。
そして、素敵なものを見た時、人は言葉がスルッと出てこないものなのだと実亜は実感していた。
勿論、ソフィアはいつも素敵なのだけど、新鮮な素敵さを知った感じだ。
「おしとやかな服装には慣れないのだが……ミアがそう言うなら、ありがたく褒められておこう」
ソフィアは背筋を伸ばしてコルセット辺りを調整している。
「ソフィア様!」
部屋の扉が勢いよく開いて、ばあやが飛び込んで来る。
「どうしたばあや。もう仕立て直しの指示は済んだのか?」
ソフィアは服装が変わっても口調は変わらない。それはそうか――ドレスを着たからって急におしとやかな口調になっても、自分も忙しいし、周囲も戸惑うだろうし。なんて実亜は思っていた。
「ええ、大まかな指示は済ませました。それよりも、ばあやはソフィア様のお姿を拝見したく……」
あれほど言っても花嫁衣装の試着すらしなかったソフィア様が――ばあやは目頭を押えている。
そんなに頑なに花嫁衣装を着なかった人が、どうして簡単に着てくれたのだろう。少し謎だ。
「礼ならミアに言ってくれ。花嫁衣装はミアのため――二人のために着るものなのだから」
ソフィアはキリッと凛々しい美しさを湛えて笑っている。こういう面が垣間見えると、やはり貴族の人なのだなとぼんやり思う。
勿論、その肩書みたいなものは切っても切れないものだけど、ソフィアの全てではなくて、沢山あるソフィアの一面なのだけど。
「勿論です。ミア様! 流石でございます、ありがとうございます! 今後ともソフィア様をよろしくお願いいたします」
ばあやは実亜の手をとって、ギュッと力強く包み込んで「お二人、本当に仲睦まじくお似合いでございます」と笑う。
「は、はい。あっ、いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
実亜は勢いに乗って、ソフィアとばあやに改めて誓っていた。
ソフィアの一家は戦いに強い一家。
ローナさん、昔は「戦場を駆ける乙女」とか呼ばれてた的な裏設定があります。
あと、三百年前の女神様とも多少は関連あるかも感で。(共にやって来た家来の子孫とかそういう)




