表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/142

実亜の素質

(94)

「ミア様、おはようございます」

 翌日の朝――実亜が卵を分けてもらいに中庭の鶏小屋に行くと、また先客が居た。

 分けてもらうと言っても、鶏のほうが了承しているのかはわからないのだけど。昨日みたいに卵をもらいに来た人が激しく攻撃されてたりもするのだし。

「おはようございます。えっと、アステリアさんのお友達の……」

 確か、執事見習いのクロエ――名前はすぐにわかったけど、仕事の敬称を付けて呼ぶほうがいいのか、さん付けでいいのか、実亜は一瞬迷っていた。

 自分は様を付けて呼ばれているけど、何か決まりとかがあるみたいだから、それを乱してもクロエたちの仕事を邪魔することにもなるかもしれないのだし。

「どうぞ気軽にクロエと呼んでください。お友達ではなく、執事見習いとして皆様のお傍に仕えてます」

 クロエはそういう実亜の一瞬の迷いを察知したらしく、笑顔で全てを上手くまとめてくれる。流石、執事――なのだろうか。小さなことをしっかりとカバーする技は参考にしたい。

「はい。クロエさんも卵を分けてもらいにいらしたんですか?」

 実亜の言葉に、クロエが可愛く笑って「はい」と頷く。

「えっと、変な言い方でした……?」

 クロエは執事だし、言葉遣いとか礼儀作法などもかなりしっかりと学んでいる人だろうから、実亜の言葉はちょっと問題かもしれない。丁寧に話すようには心がけていても、元々の基礎が違うと思うのだ。

「いえ、ソフィア様もですが、クレリー家の皆様は同じことを仰るので、似ているなと」

 クレリー家の人たちは自分たちには確固たる地位と信念があるのに、何処か遠慮がちらしい。自分の名前に(おご)り高ぶることなく、使用人にも、飼っている動物たちにさえも無理を言わないとクロエは言う。

「でも、親の鶏から、大事な卵をもらうわけですし」

「そうですね。私、そういう皆様が好きなんです」

 ミア様も――クロエは手際よく鶏たちの巣から卵を拾っている。

「そんな……ありがとうございます。あっ、鶏たちが大人しいです……」

 鶏たちの様子が、昨日のソフィアの父親、アイルマーの時とは大違いで、大人しくて、落ち着いていた。

「慣れてますから――今日は鶏がご機嫌斜めですね。アステリア様に我慢してもらいましょう」

 クロエは卵を数えて、そんなことを言い出している。どうも今日は卵の数がいつもより少ないみたいで、家族分には足りないと言う。

「えっ、そんな」

 遠慮がない執事のクロエだけど、でも、そんな遠慮がないことを言っても、アステリアとの信頼が揺らがない確信を持っているようにも見える。

「ご安心ください。ミア様の分はございますから」

 クロエは笑顔で厳しい――

「だだ、駄目です。私は結構なので、アステリアさんにどうぞ」

 実亜は慌てて朝の卵をアステリアに譲る。そもそも私がお邪魔しているのだから、本来ならアステリアさんの食事になるのだから、と。

「しかし、女神様に我慢をさせるなんて……」

 クレリー家としても失礼に――クロエは言う。この辺りも、身分だとか地位だとかの少し大変な決まりがあるのかもしれない。そもそも自分は女神ではないから、そのおもてなしは気持ちは嬉しいのだけど、どうしても落ち着かない。

「でも……あ、オムレツにして分けたら解決しません?」

 一人一つという決まりがあるなら駄目だけど、卵というものは料理の仕方で量を調整出来る。クレリー家の面目を立てて、皆が納得するにはシェアするのも一つの方法だと思う。

「オムレツ……?」

 クロエは聞いたことのない料理名なのか、不思議そうだ。

「えっと、卵を何個かまとめて溶いてから焼き固める、卵焼きです」

 でも卵焼きは薄く卵を敷いて巻いていくから、オムレツともちょっと違うもの――だけど、溶いた卵を焼くから卵焼き。料理を説明するのは難しいと実亜は思った。

「ああ、ギョクですね。承りました。料理長に伝えます」

 ギョク――ここに来て新しい料理名が飛び出している。卵焼きから「ギョク」どういう変化でそうなっているのだろう。

 卵は玉子とも書くし、そこからギョク――でも、漢字の文化ではないから、これも以前にやって来た女神の影響なのかもしれない。

「ありがとうございます。あの……女神様じゃないですからね?」

 実亜の言葉に、クロエがまた可愛く笑っていた。


「朝からギョクが出るのは珍しいですね」

 ローナが朝食の卵焼きを見ていた。料理人の手間などを考えて、朝は茹で卵というのが、大体の決まりのようなものになっているらしい。

「今朝は鶏がご機嫌斜めだったんですが、ミア様の提案で皆様に食べていただけることになりました」

 クロエがお茶を用意しながら、今朝の鶏小屋での顛末を説明している。

「つまり、卵が少なかったんだな。それなら私の分を削ってくれてもよかったのだが――ミアはおそらくそれでは納得しないだろう」

 ソフィアが「ミアは穏やかそうに見えて譲れないところがある」と笑っていた。

「はい。最初はアステリア様に我慢していただこうと思ったのですが――」

 クロエはお茶を差し出しながら、ソフィアに返事をしている。

「クロエのそういう容赦ないところ好きよ?」

 アステリアが楽しそうに笑ってクロエに返していた。やはり、揺らがない信頼関係があって、素敵だなと実亜は思った。

「ミア様はご自分の卵をアステリア様にどうぞと遠慮なさってから、皆様で分け合う方法を提案してくださいました」

 以上です――クロエはそう言うと、テーブルの傍に控えている。

「ミアお姉様もお優しい方でよかったです」

 アステリアが朝食を食べながら、楽しそうに笑っていた。

 自分は、優しいのだろうか。足りなければ分けるのはどんなものにもあることだと実亜としては思うのだけど。

「ふむ、クロエは知ってか知らずか、ミアの素質を見抜いたのだな」

 ソフィアが燕麦のパンを食べて、お茶を飲むとそんなことを言い出している。

「えっ? 素質……?」

 何の素質だろう。そもそも、見抜かれるような素質はない――はず。走るのが遅いとか、そういう方向なら沢山あるけれど。

「ミアは自分が遠慮してから皆で分け合う選択をした。女神として相応(ふさわ)しい振る舞いだ」

 世の中、食べもの一つで喧嘩になることだってある――ソフィアはギョクを「格別に美味しい」と食べている。

「でも、皆さんの気持ちを考えて、丸く収めるにはそれしか方法はないですし……あっ、女神様じゃないんですってば」

 実亜はツッコミどころが多いソフィアの発言に慌ててツッコむ。自分は気にしないけど、クレリー家としておもてなしに落ち度があっては、それはそれで問題なのだろうし――そもそも女神様ではないのだ。と。

「そこだ。自分優先ではなく、他の人を思いやれる優しさを持っている――素敵なことではないか」

 ソフィアは実亜の皿に果物を一つ分けてくれた。

「そうですね。些細なことかもしれませんが、信頼できる人だと確信出来ます」

 ローナもソフィアに同意して、優しく笑っている。

「偶然卵が足りなかっただけで、試すつもりはございませんでした。お許しください」

 クロエは左手を自分の胸に当てて、執事っぽいポーズをしている。いや、ぽいじゃなくて、執事だった。

「いえ、そんな――その、こちらこそ、お手間をおかけする方法を提案してしまって……すみませんでした」

 厨房には厨房の決まりもあるだろうし、そこを崩したと見るなら実亜の提案は我儘と言うものだから、そんなに褒められたものでもないのだと思うのだ。

「いえ、料理長は楽しんで作っておられました」

 私の腕の見せどころ――クロエが料理長の言葉を代弁している。

「そ、そうでしたか……」

 朝から手間をかけてしまったけれど、料理は最高に美味しかった。


「ミア、今日は花嫁衣装を選ぼうかと思うのだが」

 朝食が済んで、ソフィアが自分の使っていた食器を軽く片付けながら実亜に笑いかけてくれていた。本格的な片付けはちゃんとメイド的な存在の人たちがいて、自分たちで片付けるのはテーブルの上だけだ。

「えっ、花嫁衣装……? あっ」

 実亜もソフィアに教えてもらって、食器を軽くまとめていたのだけど、予想外の「花嫁衣装」という言葉に大事なことを思い出していた。

 リスフォールからソフィアの故郷、帝都ルヴィックに旅をしてきたのは、そもそも結婚という目的があってのこと――ソフィアには帰郷の意味合いもあるけれど、実亜にはソフィアの家族への挨拶の意味があるのだ。

「忘れていたか?」

 仕方ない――ソフィアは笑って、残っていたお茶を飲み干していた。

「はい……その、あまりにも皆様が温かく受け入れてくださってたので、忘れてました」

 こちらに着いてからまだ数日だけど、ばあやから女神の説明を聞いたり、自転車の説明をしたり、ソフィアと一緒に庭を散歩してポン酢醤油を作ったり――休みながら緩く過ごせていたので、実亜の思考から結婚のご挨拶というものがすっかり抜け落ちていた。

「それはミアの力もあると思うぞ?」

 ソフィアが優しく実亜の頬に触れて、納得させるように撫でてくれる。

「そんな……私がこうしていられるのは、ソフィアさんのおかげです」

 どんなに感謝しても全然足りない――実亜はソフィアの手に少し甘えて、優しい人を想う。

「まあ――素敵……」

 アステリアが目をキラキラさせて実亜とソフィアを見ていた。

「あっ……」

 悪いことじゃないだろうけど、そんなにベタベタしている様子を見せていいものか――実亜はアステリアに照れ笑いで返していた。

「遠慮なさらなくても。ソフィアお姉様の傍にミアお姉様という素敵な方が居てくださるのは嬉しいことですから」

「アステリア様、今はアステリア様が邪魔をしている状況なんですよ」

 嬉しそうなアステリアにクロエが淡々と結構辛辣なことを言っている。

「クロエ……容赦がないのね……」

 でもそういうクロエも好きよ? アステリアが笑顔で答えてクロエを手伝いながら厨房のほうに歩いて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ