表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/142

穏やかな朝

(91)

「朝食も美味しいです。半熟の卵って久しぶりに食べた気がします」

 朝食は焼き立てのパンと、サラダと、分厚いハムを焼いたものと、半熟に茹でられた卵だった。

 実亜は朝食の茹で卵を食べて、その採れたての味を堪能していた。この世界の卵は味が少し濃い気がしていたけど、採れたてだと更に濃く感じる。

 半熟卵は専用の皿と言うか、卵を立てて置ける小さなコップみたいなものにセットされていて、殻の上を少し割ってスプーンで掬って食べる――この食器も名前があると思うのだけど、実亜にはわからない。

「新鮮な卵だから食べられるご馳走だな」

 ソフィアは一口大にちぎったパンに半熟卵を少し浸して食べている。そういう食べ方もありなんだなと、実亜は新しい発見をしながら真似して食べていた。

「そういえば、ソフィアさんに生卵は食べちゃ駄目だって教えてもらってますね」

 実亜は美味しい朝食をありがたく食べながら、ソフィアに注意されたことを思い出していた。以前、リスフォールで卵の賞味期限がわからなかったからなんとなくで訊いたことがあったのだ。

「卵は火を通さないと食あたりを起こすから、ミアが健啖家とはいえ本当に危険なんだぞ?」

 今朝の半熟でも一応火は通している――ソフィアは真剣に卵の生食の危険を説いてくれている。

「ミアお姉様、生の卵を食べたことがあるんですか?」

 アステリアがハムを食べながら不思議そうに実亜を見ていた。

「はい……私の居た国だと炊いたコメに生卵と醤油――サルサをかけて食べたりします」

 卵かけご飯と言って、簡単な食事――実亜は生の卵を使った食事を説明する。他には甘辛く煮た肉や野菜を生卵に浸して食べるすき焼きとかを、サラッと。

 それでもクレリー家の人たちにはなかなか衝撃的な話だったようで、ソフィアも含めてみんなが興味深げに話を聞いてくれていた。

 執事長も、執事見習いのクロエも揃って、最終的には料理人みたいな人たちも数人混ざって、謎の料理説明会だったように思う。

「ミアの卵の食べ方を聞いた時は、流石の私も驚いた。美味しそうなのはわかるのだが……」

 実亜の生卵料理の説明会が終わって、ソフィアは「しかし、生の卵……」と、まだ真剣だ。

「確かに、卵の生食は危険ですけど、お話を聞いていると美味しそうですね」

 実亜の説明を聞いたローナが楽しそうに笑っている。今朝は久々に賑やかな食卓なのだそうだ。

「半熟の卵をかければ、丁度いい具合にならないかなあ」

 アイルマーが穏やかな声で提案をしている。

「その食べ方もあります」

 実亜の返事にアイルマーが「ほう」と嬉しそうにしていた。

「ふむ、今度やってみよう。ミアも故郷の味が恋しいだろうし、近付けることは出来る」

 とにかく採れたてでも卵は一度火を通さないと危険だ――ソフィアは本当に心配そうに実亜に助言をしてくれている。大体の実亜のお願いというか、我儘というか――色々なことを聞いてくれるソフィアでも、そこは譲れないのだろう。

 食あたり――つまり食中毒は命が危うくなるものだし、それだけ心配してくれている証拠なのだけど。

「流石アイルね」

 ローナがアイルマーに笑いかけて、二人の間にふわっとした空気を作り出していた。

「単に思い付いただけだよ」

 アイルマーは照れ笑いでローナに返して、二人がとても仲がいいのがよくわかる。実亜は、自分たちもこんなカップルになれたらいいな、とかぼんやり考えていた。


「ミア、お茶のおかわりはどうだ?」

 朝食も済んで、デザートの果物が並べられて――ソフィアが実亜のカップにお茶を注いでくれる。

「いただきます。ありがとうございます」

 実亜は果物を一口食べながらソフィアに礼を言う。果物は一口大にカットされた梨のようで、でも梨ではない柔らかさで謎の果物だった。紅茶と烏龍茶の間のようなお茶とも絶妙に味が合う美味しさだ。

「気にするな。こちらの朝食は食べやすかったか?」

「はい。美味しくて楽しいです」

 ソフィアの優しい問いかけに実亜が答えると、ローナとアステリアが頷いている。

「そうね、賑やかでいいわね」

 ローナは優しい笑みで、アステリアと二人も楽しいのだけど――と、果物を食べている。

「普段はローナ様とアステリア様のお二人なんですか?」

 昨夜も自分たちが居なかったら二人の食卓のはずだし、屋敷で働いている人たちは時間をずらしての食事みたいだし、寂しくはないだろうけど、あまり賑やかでもない食事なのだろうなと実亜は思う。

「まあ、ミアさん。ローナ様だなんて……気を使わなくていいのよ?」

 ローナは満面の笑みで実亜にそんなことを言っていた。

「そうです。お姉様なのにアステリア様だなんて……」

 駄目です――アステリアは拗ねている。

「え、えっと、じゃあローナさんにアステリアさん……?」

 実亜は改めて二人を呼び直していた。でも、そんなに気軽でいいのだろうか――ちょっと不安かもしれない。

「はい」

 アステリアが嬉しそうに笑って返事をしてくれる。

「普段は大体二人ですね。アイルも忙しくて、時々三人――アステリア以外の子どもたちは別に住んでますし」

 ローナは実亜の呼び方に納得してから、話の続きをしてくれていた。ソフィアには他にも兄弟姉妹が居るみたいで、「子どもたち」と言っているのでわりと大家族らしい。

「兄上が二人と姉上が一人、妹がもう一人居るんだ」

 ソフィアのほうをチラッと見た実亜に、ソフィアが兄弟姉妹の説明をしてくれる。全部で六人の兄弟姉妹――それだけでも賑やかで楽しそうだと思った。

 でも、ソフィアが二十八歳で、アステリアが十六歳だから、結構な年の差のある兄弟姉妹だ。

「皆さんお忙しくていらっしゃるんですね」

 敬語の使い方が合ってるのか若干不安なままだけど、実亜は話を続けていた。ソフィアが帝国最北端の街に赴任しているくらいだし、すぐに集まると言っても数日はかかる感覚になるだろう。

「そうなんです。私、一番上のお兄様には数えるくらいしかお会いしたことがなくて」

 アステリアが「お兄様の夫のお兄様の顔は朧気(おぼろげ)にしか覚えていない」と笑っている。

 そういえばこの国――世界――では、男女問わず好きな人と結婚が出来るから、そういうカップルもあるのだと実亜は話を聞きながら思っていた。

 二人の遺伝子を継ぐ子が生まれないとかの色々と大変なこともあるのだろうけど、それは男女のカップルでも同じことだってあるのだし、紐解けばシンプルな話かもしれないな――なんて。

「年に一度は皆で集まるようにしたいけど、それぞれに家庭も仕事もあるから難しいものでね」

 皆が独立するのは嬉しいことだけど――アイルマーは優しく穏やかにローナと笑っている。

 こんな温かな家族、自分にはなかったな――実亜は少しだけ、羨ましく眺めていた。

 ソフィアは沢山の愛情をくれるし、ソフィアの家族も皆素敵な人たちだから、きっともっと早く出逢えていたら――とかの叶わない願望だったりするのだろう。


 朝食のあとは馬の世話――もう放牧をしてくれているらしく、実亜の愛馬のリーファスは柵の近くで牧草を食べていた。リーファスは実亜とソフィアの姿を見ると、ゆっくり近付いて来る。

 少し離れた場所に居たソフィアの愛馬、リューンも速歩でやって来て、二頭で仲良く挨拶をしてくれていた。

「二人とも元気そうだ」

 ソフィアが笑顔でリューンの首元を撫でて、足の様子を見ていた。これまで何日も歩いた足にはケアのために肢巻もしっかりと巻かれている。

「はい、毛並みもツヤツヤで……安心しました」

 実亜もリーファスを撫でて、ポロの実を食べさせていた。食べっぷりもいいから、旅の疲れもまあまあ和らいだと言ったところだろう。

「ツヤツヤ……艶があると言うことか?」

 ソフィアは「わかるぞ」と自信たっぷりで可愛い。

「はい。サラサラツヤツヤとか言います。髪の毛とか動物の毛並みとかに使いますよ」

 実亜は「リーファスの毛並みもサラサラツヤツヤ」と、リーファスを褒めながらソフィアに説明する。リーファスは目を閉じて鼻を少し鳴らして実亜に甘えてくれていた。

「ふむ、手触りがよくて、艶のある毛並み……成程」

 リューンおいで――ソフィアも楽しそうにリューンを撫でて「リューンもサラサラツヤツヤだな」と嬉しそうに褒めている。リューンは耳をパタパタさせて、それでもソフィアの言葉を聞いていた。リーファスは実亜のほうを見て、鼻をもぞもぞさせて、実亜がまだ隠し持っているおやつをねだっている感じだ。

「リーファスもミアに似て健啖家だな」

 ソフィアが笑いながらポロの実をもう一つ手に、リーファスに食べさせている。

 おやつの量は馬たちの様子を見てからソフィアに訊かないとまだわからないので、もっと勉強だなと思う。

「私、そんなによく食べてます……ね」

 実亜はソフィアに確認してからリューンにもポロの実を食べさせて、ソフィアに返す。思えば食べ物にわりとうるさい感じの言動だから仕方ないのだけれど。

「知らなかったとは言え、ポロの実を食べたいと言うくらいだからな」

「でも、ポロの実も美味しかったです……」

 この世界では馬にあげるおやつだと言うポロの実は、本当に馬しか食べない果物で――食べたいと言えば驚かれるのも仕方ないだろう。

「そうだな。ふっ――しかし、本当に……ふっ、ふふ――」

「もう……あんまり笑わないでください」

「わかった。ミアは本当に可愛いな」

 ソフィアは実亜の頭を撫でてから、軽く抱きしめてなだめるように背中をさすってくれる。

 こんな風に大事にしてくれて、軽く冗談を言い合える相手に出逢えたのだから、早いも遅いも関係ない――実亜はソフィアに甘えながら、そう確信していた。

ソフィアさん意外と大家族の真ん中の人。


色んなカップルが居てそれが普通と言うことを書きたかったので特にこれ以上の何かはないです。

(男性キャラの存在を懸念される方もいらっしゃると困るので……言い訳でした)


実亜さんがわからない卵を立てる食器はそのままエッグスタンド(卵立て)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ