番外編(アステリアとクロエ・1)
番外編的な。
主従百合……?
(アステリアとクロエ・1)
「クロエ……暇なのだけど」
家庭教師を招いての今日の勉強が終わり、先生が帰っていった。アステリア・ウェル・クレリーは、本と計算式を書き連ねていた計算用紙をまとめながら、執事見習いのクロエに「遊んで」と誘う。
「今日の勉強はもうお済みになりましたか?」
クロエは家庭教師に出していたお茶の器を片付けて、アステリアにはおかわりを注いでいる。
「済みました」
アステリアはお茶を飲んで、お菓子を食べていた。
「じゃあ、乗馬の練習でもなさったら如何です?」
執事見習いの私よりも馬に乗るのが下手な雇用主なんて珍しい――クロエは厳しい。
「えー、私はソフィアお姉様と違って騎士様にはならないのよ?」
アステリアの姉のソフィアはルヴィック帝国の騎士――今はリスフォールという帝国領最北の地でその任務にあたっている。
馬で急いでも十数日ほどかかる距離にいるので、兄弟姉妹の中でも滅多に会えない姉だ。
去年は忙しかったらしく、帰省してこなかったから多分この春には帰省してくるだろう。
「アステリア様と言えども、いつも馬車というわけにもいきませんから。馬に乗れて損はしません。早く乗馬服にお着替えくださいませ」
「はーい……」
クロエは家庭教師の先生よりも厳しい人だったのを、アステリアは忘れていた。
「乗ると楽しいのに、どうして練習は嫌なのでしょう?」
アステリアは愛馬の背に乗って、少しの速歩で牧場の周りを回っていた。
「私に訊かれましても。練習だと思うから嫌だなと思うんじゃないですか?」
アステリアの隣でクロエがそんなことを言う。クロエは乗馬も上手いし、勉強も出来るし、家事の色々も難なくこなすし、凄い人だとアステリアは思う。
「クロエは楽しい?」
アステリアは余裕のクロエに訊いていた。
「私は練習ではありませんから」
どちらかと言うとアステリア様にお教えする立場――クロエは少し得意気だ。
「そうでした。ねえ、クロエ。私がもう少し上達したら、リスフォールまで一緒に旅しない?」
アステリアはそんな提案をしていた。とりあえず、駈歩が出来ないとクレリー家の敷地から出ることも出来ないのだけど――
「万が一、魔物が出た場合に私ではお守り出来ません」
私は戦いは全く駄目――クロエは困った顔でアステリアに返している。何でも出来るクロエの、ただ一つの弱点かもしれない。
「街道は整備されてるし、騎士団が守ってくださっているから大丈夫よ」
「馬車のほうが早いですよ」
「でも、自分の愛馬と共に旅をするほうが楽しそうじゃない?」
アステリアは自分の可愛い愛馬とクロエと歩む道を想像する。まだ帝都ルヴィックから出たことはないのだけど、ソフィアの土産話や、書庫に入って読み耽る書物で知るその世界は広くて楽しそうだ。
「それに関してはアステリア様の仰る通りです」
私も故郷を出た時は愛馬と二人だった――クロエは自分の愛馬の首を撫でて愛おしそうな目をしている。
「じゃあ、約束ね? もう少し上達したらクロエと旅をする。あっ、クロエの故郷にも行ってみたいから丁度いいじゃない?」
しばらく帰省してないでしょう? アステリアは勝手に約束をしていた。
「私の故郷を通るとリスフォールまで十日ほど余計にかかりますよ」
「それもいいじゃない。クロエの育った街を見たいもの」
クロエは十五歳で故郷を出てからクレリー家で働いて五年になる。アステリアとは良き相談相手で、良き友だ。
「街と言うより、小さな村です」
名物も何もない――クロエは少し困り顔だ。
「きっと素敵なところなんでしょうね」
「話、聞いてないな?」
クロエの言葉遣いが少し崩れている。アステリアとしてはこのくらいの距離感が好きだから、嬉しい。
「聞いてまーす。街でも村でも、何もなくても、クロエが生まれ育ったところなんだから、素敵よ」
アステリアは馬を常歩にして、クロエと並んで歩く。
「……アステリア様のそういうところ、好きですよ」
クロエも馬の速度を落として、アステリアに笑いかけてくれていた。
「私も、クロエが好き」
アステリアはクロエに答えて、乗馬の練習を終えていた。




