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ばあやの推論

(87)

 スーツのお披露目のような会が済んで、実亜は着替えてまたソフィアたちとお茶を楽しんでいた。スーツはクレリー家の職人が詳しく見たいと言ったので、一時提供していた。

 会話は実亜のことが中心――誕生日や年齢とかを訊かれて、答えて。今までしてきた仕事のことも少しだけ訊かれて、答えて――

「そう……辛かったのね……」

 ローナが静かに頷いて、実亜にもっとお菓子を食べなさいと勧めてくれる。

 辛い思い出は甘いお菓子で少しは和らぐから――と。

「あ、でも、今は凄く幸せです。色んな楽しいことを経験出来てますし、今までの自分が覚えたことも役に立ってますので」

 実亜は礼を言ってから、お菓子を食べてお茶を飲んでいた。そして、自分の中にある辛さが変化していることを自覚しながらローナに答える。

 今、こうして居られるのはソフィアが大事にしてくれているおかげだし、出逢えた人たち皆のおかげでもあると心から思うのだ。

「ふむ――ミアは料理が上手いし、家事の手際もいい。最初こそ不思議そうにこちらを見ていたが、覚えも早くて要領もいい――勿論、辛かったことをなしには出来ないのだが」

 そういうミアも私は好きだぞ――ソフィアは優しい言葉で実亜を褒めてくれる。

「それも、ある程度は学生時代の仕事とかで覚えてたことです。でもお役に立ててるなら、私も嬉しいです」

 実亜は照れながらソフィアに答えていた。

「ばあやからも色々と聞いてます。特にオムスビは楽しくて美味しくて……」

 アステリアもお茶を飲みながら、楽しげに話してくれる。アステリアもおむすびが好きなようで、姉妹は好みの味覚も似るのだろうか――

「アステリアもオムスビの魅力を知ってしまったか……手軽に食べられていいだろう?」

 ソフィアが真剣な表情でアステリアと頷き合っている。実亜の感覚では普通の食事なのだけど、そんなに気に入ってくれたのなら実亜としても嬉しく思う。

 ふと、扉の向こう――廊下が少し賑やかになった。廊下と言っても人が住めるくらいの広さで、五十メートル走くらいは余裕で出来る廊下なのだけど。

「ソフィア様! ミア様!」

 豪華な扉が勢いよく開いて、ばあやが何冊かの本を手に入ってきた。ばあやの服は簡単な部屋着のような感じで、髪も濡れていて、首からタオルを掛けているから風呂上がり――多分。遅れて石鹸の香りも漂ってきた。でも、元気そうで実亜は安心していた。

「ばあや、久しいな。書庫にこもっていると聞いたが」

 ソフィアが「まずは落ち着いて」と椅子とお茶を勧めている。

「ええ――ミア様や女神様に関する文献はないかと、古い書物や日記を紐解いておりました」

 ばあやはテーブルの上に本を置いて、お茶を飲んでいた。風呂上がりのお茶は染みると言いながら。

「その様子では、何かわかったのですね?」

 ローナがお菓子の皿をばあやの前に並べている。

「はい。クレリー家との浅からぬ縁も見付けました」

 ばあやがタオルで髪を拭きながら、キリッと凜々しく実亜を見ていた。

「え……縁ですか?」

 縁も何も、実亜はこの世界では身寄りのない謎の人物――だと思うのだけど。

「ほう――興味深い」

 ソフィアはばあやにお茶のおかわりを注いでいる。

「まず、百五十年前にミスフェア王国に現れた女神様は、その後ご自分の国へと帰ったそうです」

 ばあやはテーブルに置いた本の中から一冊開いて、最後のほうのページをめくっていた。短い一文だけど、しっかりと記載されているそうだ。

「丁度、私が今歴史の勉強で学んでるところです」

 アステリアがもう一枚、タオルを手にばあやの髪を乾かすのを手伝いながら本を読んでいる。

 クレリー家の人たちはみんな優しい――実亜は思っていた。そして、自分も何か手伝いをしたくなってしまう。

「その前に数年程ミスフェアの同盟国などを旅して、ルヴィック帝国で弟子を取った――その方がクレリー家の血縁だった。との、女神様の侍女の日記の写しもいくつかございました」

 ばあやは次々に本を開いて説明を続けている。実亜は本を受け取って、テーブルに綺麗に並べていた。本だと思ったら、手書きの古いノートみたいなものもあって、本当に文献と言った感じだ。

「ふむ、クレリー家は武勇を誇る一族だ。戦いの女神に弟子入りしても不思議ではない」

 ソフィアが実亜の置いていく本を読んで「これはかなり古い言葉で書かれているな」と、読み解いている。

「話は更に百五十年ほど遡ります」

 ばあやはマイペースに話を続けて、またお茶を飲んでいた。

「その時代に現れた女神様はルヴィック帝国の危機を救ったとの言い伝えがありますね」

 ローナが「話の続きを」と、楽しそうにばあやを急かしている。年齢を考えれば、ソフィアの母のローナもばあやに色々なことを教えてもらっているはずだから、本当に楽しいのだろう。

「はい。ルヴィックが北方へと領土を開拓するに辺り、魔物との戦いは避けられず、多大な犠牲を払った歴史がございます」

 ルヴィックの歴史は領土の開拓と魔物との戦いの歴史でもある――ばあやは実亜にもわかりやすく教えてくれていた。

「しかし、その女神とミスフェアの女神が同じというわけでもあるまい?」

 百五十年も違うと流石に別人だろう――ソフィアは本を読みながらばあやに返している。

「ええ、違う女神様――ですが、その三百年前の女神様は公爵家となったクレリー家にて、伴侶と共に生涯を過ごした――という、古い記述がございました」

「ふむ――」

 ばあやの言葉にソフィアがいつもの癖――親指を顎に当てて考え込んでいた。

「その女神様のお名前は、ユキ・チヒロと書かれています」

「ほう、ユキ――綺麗な名だな」

 ミアの一族の名前とも似ている――ソフィアが頷いている。

「はい。ここでミア様のお名前です。ミア様の一族の名前はユーキで間違いございませんね?」

 ばあやの視線が実亜に向けられた。つられてソフィアとローナとアステリアも実亜を見ていた。全員、興味津々で楽しそうに目が輝いている。

「はい。結城――ユーキです」

 実亜は頷いてばあやに答える。

「では、ミア様の国に『チヒロ』と名乗る一族はいらっしゃいますか?」

 ミア様の国ではまず一族の名前から名乗るから、文献に記載されているのはその順番の可能性がある。と、ばあやはまた本のページを捲っている。

「チヒロ……心当たりはありません。チヒロは個人に付ける名前だとわりと聞きますけど……」

「では、『ユキ』もしくは『ユーキ』と名乗る一族は?」

 ばあやは少し確信を持った感じで、穏やかに頷きながら実亜に更に問いかける。

「少なくはないと思いますけど、私の親戚以外では聞いたことはないです」

 学校でも同じ名字の人は居なかったし、思い当たるのは自分の親戚くらい――あまり交流もなかったけれど。

「つまり、女神様のお名前は正しくは『チヒロ・ユキ』または『チヒロ・ユーキ』――ミア様はもしかしたら三百年前の女神様に(つら)なる一族――かもしれないということです」

 直接の血族ではなくても、親類の可能性はある――ばあやはそう結論付けて、お菓子を食べていた。

「ふむ、その女神はクレリー家の私にも連なるかもしれないと言うのだな?」

 ソフィアが深く頷いて納得している。

 クレリー家で伴侶と共に過ごしたのなら、先祖という可能性もあるなと。

「えっ、じゃあ……ソフィアさんと親戚……になるんですか?」

 実亜の親類かもしれない人が、ソフィアの先祖かもしれない――つまり、自分はソフィアとも少なからず関わりのある存在ということになる。

「遠い遠い親戚かもしれないというだけの話だ。しかし、そうか。ミアをこの腕に抱きしめた時に感じた不思議な感覚は、懐かしさだったのかもしれないな」

 ソフィアは実亜に「そう心配するな」と優しく笑う。そんなに不安そうな顔をしていただろうか。

「我が家がそんなに女神様と関わりがあったなんて……」

 書庫には時々入って本を読んでいるのに――アステリアが首を傾げている。

「古い文献ですので、書庫の奥に眠っておりました。ご存知なくても仕方ありません」

 ばあやは三杯目のお茶を飲んで、やっと落ち着けますと笑っていた。

ばあやは学者肌。


クレリー家の人たちはみんな立場に関わらずなんだかんだ手厚くサポートしたりします。


前回投稿分への誤字報告ありがとうございました。反映させております。

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