ソフィアの家(の手前)
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帝都はどの通りも賑やか――実亜はキョロキョロしながらソフィアと街を歩いていた。正確にはソフィアと愛馬のリューンと実亜の愛馬のリーファスだ。直接的な言葉は通じないけど、この旅で馬たちとも一段と仲良くなれた気がする。
大通りから少し分かれた道へ差し掛かると、今まで商店ばかりだった建物が、何かの事務所のような佇まいに変わっていた。荷物を運ぶ大きな馬車は少なくて、個人の所有馬が休憩する馬房付きの建物が増えている。
「この辺りは商会や取引所が多いな。事務仕事と言えばいいか――様々な取引を管理する場所だ」
関所を管理する騎士団の詰め所もある――ソフィアがあの建物だと教えてくれる。
「はい、わかります。建物がそんな感じで――荷物を運ぶ馬車の行き来も少なめですね」
「そうだな。荷物用の馬車より、乗り合いの馬車が多い。帝都内を定期的に巡回する馬車だな」
観光用の馬車もあるぞ? ソフィアはリューンを歩かせて商取引の通りを案内してくれていた。いわゆるオフィス街は歩いている人も少し服装の感じが違って、事務仕事向きのデザインのように見える。
「もう少し中心部に行くと食事が出来る店も多くなる」
この辺りで働く人たちの胃袋を支えていて、美味しい店も多いとソフィアが笑う。
「私の居たところでも、オフィス街――事務所とかの近くは美味しい店が多いらしいです」
でも私は仕事ばかりでほとんど行ったことはない――実亜は過ぎた日を笑い飛ばしていた。
笑い飛ばせるようになったから、きっとそれで良い。そうなるようになっただけだ。
「ふむ、何処でも似たような街になるものだ――そうだな、もう昼食の時間も近い。私のお気に入りの店に案内しよう」
ソフィアは優しく笑うと、少し先を歩いていた。
「ありがとうございます」
実亜もリーファスを歩かせてついて行く。
「気にするな。ミアにも帝都を気に入ってもらいたい」
「はい、もう気に入ってます」
活気があって、賑やかで、街が息づいている――実亜は「気が早いな」と笑うソフィアに返していた。
前の世界も賑やかだったけど、実亜には此処の賑やかさのほうが自分の肌に合うのだ。不思議なくらい。
「それは骨の部分を持って齧り付くんだ」
「はい――いただきます」
実亜はソフィアを真似て、骨付きのロースト肉を手で持って齧り付いていた。
ソフィアに案内された店は、少し格式の高いレストランと言った感じ――だけど、食べ方に特別厳しいマナーがあるわけでもなく、今みたいに豪快に肉に齧り付いてもいいのは気が楽だ。
「これはブドウから作られた酢に漬けて焼くんだ」
ソフィアが適度に料理の説明をしてくれる。
「それで甘酸っぱくてパリッとしてるんですね」
じっくり焼かれた皮がパリパリしてて、肉は柔らかくて、これもまた実亜には新しい味――
「ふむ、パリッと? パリッと……わかったぞ、肉汁が多いんだな」
ソフィアが実亜の言葉を解読しようと頑張ってくれていた。いつもの小さなコミュニケーションだけど、こうして自分のことを深く知ろうとしてくれるのが凄く嬉しいと実亜は思う。
「かなり違います。えっと、お肉とかの皮が綺麗に焼けてて、歯応えがいい?」
「成程――難しいものだ。パリッと焼けている――で、いいのか?」
「それです。パリッとした焼き目とか言います。軽い歯応えはパリッと、少し固いのはバリッと」
実亜はソフィアにちょっと解説をしていた。言いながら自分でも不思議だなとは思っているのだけれど。
「ふむ……そんな違いもあるのか。面白い」
バリッと――ソフィアは楽しそうに実亜と笑って、食事を続けていた。
食事を終えて、実亜は帝都を観光しながらまたソフィアと共に歩く。途中愛馬たちを休憩させたり、おやつを食べたりしながら、のんびりと――
「もう少しで帝都の南の通りに着く。私の家が見えてきたぞ?」
ソフィアが遠くを見て、実亜に「向こうだ」と指し示してくれる。
「え? 街が向こうまで続いてますけど――」
街中――かなり遠くに塀で囲まれたエリアが見えているけれど、何軒かの家が集まった地域の他に畑や広い丘もあるからあれは街だろうし、他に目立つような大きな建物は特にない。
「あの遠くに見える塀から南側が私の家だ」
塀から南側――実亜の見ていた街が続くエリアだ。
街だと思っていたエリアが家――どういうことだろう。実亜は頭をフル回転させる。
「……家って、もっと、こう、大きなお屋敷が一軒か二軒とかそういうものじゃないんですか?」
実亜が絞り出せた言葉はそれだけだった。
「家の手伝いや畑を管理する者の家も必要だし、一軒や二軒では間に合わないだろう?」
ソフィアは簡単にそんなことを言って笑っている。確かに、何人かお手伝いの人が居るなら住居は必要だけれど。
「お家のお手伝いをなさる人って、どのくらいいらっしゃるんですか?」
「数えたことはないが、見知った人たちで二百人くらいか?」
もう少し居るかもしれない――ソフィアは思案顔だ。そもそもとして、よく見かける人が二百人ほどらしい。
「じゃあ、最低でも二百軒はお家が必要ですね……」
それはちょっとした街が一つ出来るはずだ――実亜は深く納得していた。
「ミア、今日はこの宿にしよう。馴染みの宿だ」
ソフィアが宿の前でリューンを止めていた。
ソフィアの実家はもうすぐだけど、ソフィアの話では塀から先の畑や牧場を通っていたら、今日はもう家に着くまでに夜がふけてしまうらしい。
家の敷地が広いと帰省も大変――というレベルを超えている気もするけれど。
「はい」
実亜はリーファスから降りて、一日歩いてくれたお礼に首元を撫でていた。
「これはソフィア様。お久しぶりです。お元気そうで」
宿から優しそうな女の人が出て来て、二人を歓迎してくれる。ソフィアの顔を見て、とても嬉しそうだ。
「女将も元気そうでよかった。宿は繁盛しているか?」
ソフィアは慣れているのか、リューンを厩舎のほうに誘導している。
しかし、この世界でも女将さんって呼ぶんだ――いや、オカミという名前なのかも――また実亜の新しい発見と疑問だった。
「おかげさまで。クレリー家で作られたブドウ酒が相変わらず評判ですよ」
「ふむ、ここ数年のものは更にいい味になっていると聞いているが――ミア、ブドウ酒を飲んだことはあるか?」
こちらは宿の女将だ――ソフィアは女将を紹介してくれる。実亜も挨拶をして、自己紹介をしていた。
「ブドウ酒は、あの、赤紫のお酒ですよね?」
家で作る。つまり、ワイナリーがあるということだろうか。ソフィアの家の規模が壮大すぎて実亜にはいまいちわからない。
「そうか、なら話は早い。今日の夕食はブドウ酒に合わせた料理だ。旅の疲れを労ってくれ」
ソフィアは「パリッとした料理もあるぞ」と、楽しげに教えてくれる。
こうして、ソフィアとの長旅が一応の終わりを迎えていた。
やっと帰省したのにまだ家に着かない二人。




