帝都ルヴィックの賑わい
(83)
「此処までの通りでも、人も馬も馬車も荷物も多かったですけど、中に入るともっと多いんですね? 毎日こんな感じですか?」
翌朝――実亜はソフィアと一緒に、帝都の街中に入る関所の列に並んで辺りを見回していた。
メインの通りは忙しく関所を行き来する馬車の列や、それをチェックする人で賑やか過ぎるくらい賑やかだった。
そこに加えて、自分たちのような旅行者も結構な数居るから、お祭りのような感じ――だけど、関所はしっかりと帝都に入る人たちと出る人たちを、チェックしている。
待っている人たちも待たされているからとイライラしている人も居ないし、順番を守って列を作っている。そこに移動式の屋台を転がして飲み物や手軽な食べ物を売っている商人もやって来て、本当にお祭りだと実亜は思った。
「日によって多少は違うが、今日は帝都に入る人たちが多いみたいだな」
北と東にあるそれぞれの関所を一カ所に集めて管理している関所らしく、朝は特に混むのだとソフィアは言う。
ソフィアは「気長に待つか」と、飲み物を二つ買って実亜に渡してくれた。ガラス瓶に入っている液体は炭酸のないジンジャーエールのような味――サッパリした甘さで美味しい。
飲み物を飲んでいる間に列が少し進んで行く。実亜とソフィアも愛馬たちを少し歩かせて、また列で待っていた。
「――ソフィア様?」
列は粛々と進んで、もう次に呼ばれるくらいになった時――関所の少し前で事前のチェック業務のような仕事をしていた一人の騎士がソフィアを見て名前を呼んでいた。手に持っている書類の束を何枚か捲って再確認している。
「ああ、ウェスタ。久しぶりだな」
ソフィアは手を軽く上げて、笑顔で友人らしき人の名前を呼んでいた。
「久しぶりだなじゃないですよ。公爵家の方が列に並んでお待ちになるとは……」
ウェスタは並んでいる列とは違う、関所の奥のほうに案内しようとするのだが、それより先に順番が来る。ウェスタは馬をゆっくりと歩かせるソフィアと実亜に歩いてついて来ていた。
「関所は並ぶ場所だろう。何か不思議なことでもあるのか?」
「いえ、そう仰るとその通りなのですが……」
ソフィアは「元気そうだな」と笑っているけど、ウェスタは少し困ったような苦い顔をしている。
「ミア、古い友人のウェスタ・ディール・クロースだ。こちらは私の伴侶――ミア・ユーキ」
「は、初めまして」
いきなり紹介されて、実亜は慌てて頭を下げていた。このお辞儀をする癖はなかなか取れないから、困る。
「伴侶と一緒なら尚のこと並んでる場合じゃないでしょう……」
ウェスタは笑顔で実亜に挨拶を返してしてくれたけど、またソフィアを見て苦い顔をしていた。ウェスタは不思議な顔をしている実亜に気付くと、少し離れた場所に貴族やそれなりの立場の人たち用の関所というものがあると説明してくれる。そこなら長時間並ぶこともないと言うのだ。
「私は貴族である前に帝国騎士団の一人――皆と同じく、手続きを尊重せねばなるまい?」
「そうなんですけど、貴族抜きで中隊長の時点で、あちらを使ってもよろしいんですよ?」
「細かいことは気にするな。必要な時は使わせてもらうが、今は特に必要がないだけの話だ」
ソフィアは食い下がるウェスタを物ともせず、手続きをサクサク済ませて笑っていた。
貴族だとか、役職だとかで多少の融通が利くらしいのに、それを安易に使わないソフィアは、なんとなく素敵だと実亜は思った。
でも、ウェスタの言っていることも理解は出来る。それなりの立場の人にはその身にかかる責任も大きいわけだから、関所などを安全に通過してもらうのも大事だから。
「ミア、手続きは済んだ。帝都に入れるぞ」
手続きの様子を見ながら考え事をしていた実亜をソフィアが呼ぶ。
「あ、はい」
実亜はリーファスを連れて、関所を通る。手続きをしてくれていた人も、槍を持って警備のように立っている人も、にこやかに通してくれている。
「ウェスタはまだ仕事か――近いうちに酒でも飲もう」
「ええ、また。ミア様、帝都を楽しんでください」
私からのご挨拶を――ウェスタは実亜の手をとって、甲に軽くキスをする仕草をしていた。
自然と様付けされているのは、ソフィアの伴侶だから――リスフォールだともう少し気軽だったなとは思う。そもそも自分は「様」と呼ばれる器でもないなと、実亜は少し反省をしていた。
「わ……凄い賑やか……」
関所だけでも相当賑やかだったのに、帝都の中は更に賑やかだった。
都会の通勤ラッシュのように整然とした人や車の多さではなく、雑多――だけど、それが何処か実亜には予測の出来ない楽しさがやって来るような感覚をもたらしてくれる。
「この辺りは荷受けをする大規模な問屋があるから、いつも忙しないな」
ソフィアが関所の近くは大きな問屋や総合商店、その奥になるとそれぞれの専門に分かれた店や帝国の施設があると教えてくれる。
二人で馬に乗って大通りを歩きながら、ソフィアは実亜に色々なものを見せてくれて、実亜は一つの答えみたいなものに辿り着いていた。
もしかしたら、ソフィアが関所に並んだのも、何も知らない実亜に帝都の仕組みを見せてくれるためだったのかも――なんて、考えすぎだろうか。でも、そうだったら嬉しいから、あとでお礼を言おうと思った。
「ミアの街も一日中開いている店があるくらいなのだから、関所の近くはこんな感じだろう?」
ソフィアは大通りをリューンに乗って歩きながら、懐かしい風景を眺めているようだ。
実亜には新鮮で、ソフィアには懐かしい。不思議だけど、そういうもの――その違いも楽しい。
「……物流センターって言って荷物を一カ所にまとめて各地に送る場所とかは、一日中凄く忙しいです。私も仕事で時々夜中に直接荷物を持ち込んだりしてました」
実亜は昼も夜もなく働いていた時を思い出して、ソフィアに話していた。辛かったけど、その最中に居た時はそれが辛さだとは気付けなかった――それくらい、自分のことにも気付けないくらい疲弊していたのだろう。
今は、その過ぎた日をしっかりと認識出来る。
それは近くで大事にしてくれる人が居たから――実亜は隣に居るソフィアを見ていた。
口調は少し素っ気なく思えるけど、その反対で凄く優しくて温かくて、実亜を一人の人間として丁重に扱ってくれる人を。
「ふむ、しかし夜中に送ると言っても馬車を動かすのは危険だし、朝でも大丈夫だろう?」
ソフィアは「帝国には少ないが、盗賊団も居るぞ」と不思議そうにしていた。
「いえ、夜中の日付が変わらないくらいまでに送ると、近くの街なら日が明けて夕方にはなんとか届くので」
「……そうなのか? 早馬でも……ああ、ミアの国には機械の馬車があったんだったな。その馬車が相当早いんだな?」
実亜の言葉にソフィアが少し驚いて、よく覚えているぞと自信たっぷりに推理をしている。
「はい。自動車は時速八十キロくらいだから……馬で二日ほどかかる距離を一時間くらいで走れます」
実亜の世界の自動車だと一般的な高速道路の制限速度が時速百キロで、こちらの世界では地図を見ていたら、馬の一日の移動距離は五十キロ程度――文字通り道草を食べたりする時間や休憩もあるから、少なめで計算するとそうなっていた。
「……? それは相当早いな? 落ちたら乗っている人間も大怪我では済まない」
大変だ――ソフィアは真剣に心配している。こちらでは全速力の馬から落ちる事故がそれなりにあるらしく、怪我で済めばまだ幸運だと言われる程らしい。
「そのために、頑丈な金属で作ってたり、ぶつかったら空気で膨らむクッション――ふわふわした風船? が出てきて身体を包みます」
エアバッグの説明は実亜が思っているより難しいのだけど、前に説明した擬音語と組み合わせてなんとかなっていた。
「ふむ……ふわふわしたものが出てくるのか……魔法というものだろうか」
ソフィアは深く頷いて、大通りを進んでいた。
その隣を馬車が数台忙しなく通り抜ける。
帝都ルヴィックは活気に溢れていて、騒がしくて、だけど凄く楽しい街だと実亜は思った。




