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帝都ルヴィック

(82)

「ミア、帝都が見えてきたぞ」

 ソフィアが街道のはるか遠くを見て、実亜に話しかけていた。

 視線の先――遠くに門が見えた。此処から見える感じでは、三階建てくらいのマンションが二つ建っているみたいに見える。

「意外と小さい門なんですね? あ、失礼しました」

 思わず出た実亜の素直な感想に、ソフィアが大笑いをしていた。

「あの門は帝都の北端の関所だ。街中に着くまで関所は二つある」

「二つも……」

 一つ目の関所の奥には宿もあって、小さな街になっている――ソフィアは解説してくれる。

 時々勘違いをした旅人が帝都だと思い込んで、不思議そうに帰って行くらしい。

「あの奥の小高い丘からが帝都の街になる」

 ソフィアが指さしているのは関所よりももっと向こう――少し高くなった土地に、長い城壁が続いている。

「え……あ、本当です。うっすら塀みたいなものがなんとなく……相当大きな街なんですね」

 遠目からでもなんとなく見えるその城壁は今までに見た街とはその規模が全く違う。リスフォールでもかなり大きな街だと思っていたのに、五倍くらいはありそうだった。

「帝都の端から端まで行くには馬で急いでも丸一日はかかる」

 ソフィアはリューンに指示を出して、北端の関所へと歩みを進める。

「じゃあ、帝都の中でも旅行が出来ますね」

 実亜も続いて、ソフィアの隣をリーファスと共に歩く。見たことのない世界を垣間見ることが出来たこの旅は、実亜にとって凄く充実したものだった。

「観光するところはないがな」

「そんな、ソフィアさんの故郷なんですから、きっと沢山素敵なところがあると思います」

 私は今から楽しみです――実亜はソフィアに笑いかける。ソフィアは実亜を見て、優しく笑い返してくれるのだ。

「言われてみれば、育った街だから馴染みがあって新鮮に感じないのかもしれない。旅を楽しむミアを見ていたら、納得できる」

 ソフィアは「伴侶と二人の旅は私も新鮮な楽しさだった」と、嬉しい言葉を言ってくれていた。

「ソフィアさんのお家に帰るまでが旅ですよ」

 実亜はよくある決まり文句を口にしてみる。

 ただ、ルヴィックで通じるジョークなのかはわからない。

「ふむ、それもそうだ。私の家は帝都の南の外れにあるから、あと二日はかかるしな」

 それまではミアと旅を楽しむか――ソフィアはリューンの首元を撫でながら笑っていた。


「帝国騎士団第五分隊の中隊長、ソフィア・ウェル・クレリー……えっと、何処の名簿かな……」

 関所の門はそのまま、小さなビルみたいな建物が二つ並んだ佇まいだった。

 その片方――帝都ルヴィックに入る人をチェックするという一室で、儚げな新人らしい担当者が慣れない手つきで名簿を何冊か捲って、ソフィアの名前を探している。

 制服のデザインがソフィアと同じなので、この人も騎士様――強そうで戦いに挑むイメージの多い騎士だけど、こういう感じの人も居るのが少し不思議で面白いと実亜は思う。

「リスフォールに駐屯している騎士団の名簿はこの棚の端だ」

 ソフィアが慣れた様子で関所の部屋の棚を指していた。

 担当者は「ありがとうございます」と礼を言うと、その名簿を手にしてソフィアの名前を探し始めている。関所だからもっと厳しい審査のようなものがあるのかと実亜は思っていたけど、わりとのんびりした感じの場所だった。

「あ、お名前がありました――そちらは?」

 よかった――担当者は名簿から、何かの書類に色々と書き写しながら、ソフィアの紋章を確認していた。これも身分の証明になる、とソフィアは実亜に説明してくれる。

「こちらは私の伴侶となるミア・ユーキ。カイシャという遠方の街からやって来た人だから、帝都の名簿には書かれてないな」

 新規の住人記録用紙はこれだ――ソフィアはテキパキと担当者に仕事を教えていた。

「わかりました。ありがとうございます。新しく記録を作成しておきます」

 長旅お疲れ様でした――担当者が自分の胸に手を当てて、挨拶をしていた。

「ありがとう、よろしく頼む。ミア、行こうか」

 ソフィアは実亜の肩を軽く抱いて、部屋の外に出る。

「え、もういいんですか?」

「ああ、手続きは済んだ」

 帝都に入るのに、そんなに簡単に済むものなんだなと、実亜はまた新鮮な驚きを感じていた。


「無理をすれば帝都に入れるが――もう日暮れだし、今日は休んで明日に備えるか?」

 関所を越えて、宿が多く並ぶ街を馬で歩きながらソフィアが訊く。リューンたちを速歩で走らせれば、完全に日が暮れるまでにはもう一つの関所――帝都を囲む城壁の前まで行けるくらいらしい。

「日が暮れるとリューンやリーファスも危険でしょうし、この辺りで休んだほうがいいと思います」

 馬は夜でも目が利くから走って走れないこともないらしいけれど、乗っている人のほうが夜道で馬たちを安全に誘導出来るかが不安だし、実亜としては旅の名残をしっかりと感じたくもあるから、そんな提案をしていた。

「そうだな。慌てなくても帝都は逃げない。ミアは優しいな」

 ソフィアは手近な宿に向かって、今夜の寝床を確保している。今夜の宿は帝都の名物料理を出してくれるという店だった。


 宿に着いて、馬たちのケアなどをして夕食――着いた先々の宿にある大食堂での食事も、今回を入れてあと二回になる。

 少し寂しい気分はあるけど、ソフィアの故郷に無事に着いたのは嬉しいと実亜は思っていた。

「ミアは案外健啖家(けんたんか)だから、今夜の料理も食べたことがあるかもしれないな」

 ソフィアが食前のお茶を飲みながら、笑っている。

「けんたんか……?」

「食べ物に詳しいと言うか、何でも好き嫌いなくよく食べる人だ」

 そういうミアも好きだとソフィアが惚気てくれていた。

 運ばれてきた料理は、しっかり焼かれたオムレツと、衣が薄くサクッと揚がっているカツ――そこにかかっているのは、とろみのある赤いソース――実亜にはトマトソースに見える。

 香りにも唐辛子のような辛い感じは無いし、多分トマトだ。葉物野菜もサラダのように盛り付けられて、小麦で焼いたパンが別皿で添えてある。

「似たような料理を一つずつならありますけど、こんなに豪華に盛り付けられたのは初めて見ました」

 見ているだけで美味しそうな料理は、一つ一つはシンプルだけど豪華なもの――実亜の胃がキュウゥと鳴く。

「ふむ、このトマトゥルは食べたことがあるか?」

「トマトゥル?」

 実亜が聞いたことのない料理名が出てきた。聞いたことのないものは沢山あるから、今更驚きはしないのだけど、トマトと似ている響きの言葉だった。

「この赤い――ミアの国だとソースと言うんだったか? 帝都の近くで育てられている、トマトゥルという野菜を煮込んで味付けをして、焼いたり揚げたりした料理にかけるんだ」

 名前はそのままトマトゥル――ソフィアが味見をして「この宿もいい味だ」と笑う。

「はい、ソース……ちょっといただきます」

 実亜はスプーンでソースを掬って味見をしていた。やはり、しっかりとしたトマト味――その奥に少しだけカレーのようなスパイスの風味がある気がする。

「トマトの味と、ふわっとカレー……香辛料の味です」

 実亜は興味津々で反応を見ていたソフィアに答えていた。

「ふむ、隠し味の香辛料は店ごとに違う配合だと聞くが――ミアの国ではトマトと言うのか」

 何処の国も似ていて少し違うものだ――ソフィアは食事をしながら楽しそうだ。

「はい、トマトと言う野菜があります。味も同じですし、多分同じものだと思います。これなら、もう少し香辛料を強くして、炊いたコメにかけるのも美味しいですよ」

「コメに――成程、家に着いたらそれも教えてもらわないといけないな」

 ソフィアはパンをちぎってトマトゥルに少し浸して食べている。

 一般的な食べ方らしく、実亜も真似して食べていた。

「帝都は、コメや香辛料はリスフォールよりはお買い得なんですか?」

「ああ、少し値段が違うな。気軽に買いやすい」

「じゃあ、ちょっと大胆に使ってみます」

「ミアは時々大胆だが――店ごと買わないようにだけ願っておこうか」

 買って買えないことはないのだが――ソフィアはそんな言葉で笑っていた。

誤字報告ありがとうございました。反映させております。


トマトゥルはトマトの語源トマトゥルそのままですね。

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