旅と風呂と
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旅は続いて、十五日目――街道を行き交う人や馬や馬車も多くなって、街道沿いの街の賑わいも大きくなっていた。ソフィアの話だと港から帝都ルヴィックに運ばれる荷物が、リスフォール方面とは桁違いに多いかららしい。
リスフォール方面へ向かうのは避暑を兼ねての観光の人が多く、その観光の時期にはまだ少し早いと言うのだ。
「ソフィアさん、このお肉美味しいです」
昼の休憩時間――実亜は街道沿いの店で買ったサンドイッチみたいなものを食べていた。
パンに挟まれている肉が、サラダチキンみたいで美味しい――香辛料とハーブが利いている辺りも食欲を増す。
この辺りまで来ると、パンはほとんどが小麦粉を使ったものになっていて、ふわっとした食べ心地だ。燕麦で作られたパンも食べ応えがあって良いのだけど、ふわふわさでは小麦粉の勝ちなのかもしれない。
「ああ、リスフォールでは珍しい鳥の肉だ。いつも食べている鳥とは大きさが倍くらい違う」
ソフィアが実亜にお茶を渡してくれる。井戸水で冷やしているから、温かいお茶とは風味が違って、これも美味しい。
「倍……かなり大きいですね?」
いつもの鶏肉はそのまま実亜の居た世界での鶏だから、その倍――思い当たる鳥がいない。見たことも聞いたこともないものがまだ沢山あるなと実亜は思う。
「見た目は少し怖いが、味はいい――特別な日には丸ごと焼くこともあるな」
石窯に入れて油をかけながら丁寧に焼くんだ――ソフィアはお茶を飲みながら、実亜に説明をしてくれる。手でなんとなくの大きさを教えてくれているけど、鶏の倍どころではなく三倍くらいはありそうだった。
「ミア、もう一つ食べるか?」
サンドイッチの残りは一つ――ソフィアはいつものように実亜を優先してくれている。
「もうお腹いっぱいなので、ソフィアさんが食べてください」
実亜は少し遠慮して、ソフィアにそう返す。いつも受け取ってばかりは申し訳ないし、伴侶として分け合いたいからだ。
「食欲がないのか? 少し疲れているのかもしれないな」
ソフィアは心配そうに実亜を見てから、熱を確かめるために額と首筋に手で軽く触れていた。
「いえ、ソフィアさんはこういう時にいつも譲ってくださるので」
大丈夫です――実亜はソフィアの手に甘えながら返す。
「ふむ……自覚はないが」
「そういうところが素敵なんですよ」
実亜は笑って「ソフィアさんの素敵なところはほかにもありますけど」と答えていた。
「な、なんだ、照れるな……とはいえ、ミアも旅の疲れが出る頃だろうから、遠慮なく食べて滋養を付けてくれ」
ソフィアは譲らない。いや、サンドイッチを譲ってくれているのだけど、譲らない。
「じゃあ、半分ずつにしましょう?」
「そうだな。それが一番いい」
ソフィアは楽しそうに笑うと、折りたたみ式のナイフで、サンドイッチを半分に切っていた。
「ミア、もうすぐ今日の宿だ」
昼食を終えて、馬に乗って歩き続けて夕方――夕日に照らされた二人の影は遠く伸びていた。
「はい、今日は少し遅めですね」
いつもは日暮れまでには宿に着いているのだけど、今日はもうすぐ夕陽が地平線に沈みそうな時間だった。急がないと完全に日が暮れるだろう――街に近い道沿いにはランタンのような照明もあるのだけど、明るさという面では夜道になると心許ない感じかもしれない。
「ここの街道は緩やかな上り坂になっているから、少し時間を取られるな」
「上り坂……気付かなかったです」
ソフィアがリューンを少し速歩にさせていた。実亜も続いて、リーファスに指示をして速歩でそのあとをついて行く。この辺りの動作を一々言わなくても通じ合えるのは、少し嬉しいと実亜は思った。
「気付かない程度の上り坂が長く続いている。気付かずに意外と時間を取られる旅人も多いんだ」
今回はいい感じに時間配分が出来たほう――ソフィアは笑ってリューンと共に街道を行く。
実亜は少し得意気なソフィアに続いて、旅路を歩んでいた。
「この部屋の風呂は広いな。もう夜も遅いし、早く寝なければならないし、一緒に入るか?」
宿に着いて、食堂で夕食を済ませて部屋に戻ると、ソフィアが風呂の用意をしながら実亜に大胆な提案をしている。
一人部屋の風呂よりも広いと、嬉しそうに風呂と寝室を言ったり来たりして、可愛い。
「ええ……そんな、その、恥ずかしいですけど、はい……」
早く寝ないと明日の出発が遅くなるし、それなら一気に風呂を済ませて早く寝るほうが効率はいい。ベッドは同じだから、別々に入るとどうしても途中で眠りを妨げてしまうだろうし。
「決まりだ。さあ、脱いで」
ソフィアは実亜のシャツの胸元にあるレースアップの紐をスルスルと解いていく。
「自分で脱げます……」
「ふむ……そうだったな。しかし、脱がせるのも楽しいものだ」
結局、実亜はされるがままでソフィアに服を脱がせてもらっていた。
「いい温泉だ――」
髪と身体を洗って、少し泳げるくらい広い湯船に二人でゆっくりと浸かって――ソフィアが目を閉じて呟く。実亜も「そうですね」と返して、ぬるめの温泉を楽しむ。
にごり湯だから、一緒に風呂に入るという実亜の恥ずかしさは緩和されているような気がした。
「ミア、旅は楽しいか?」
ソフィアが湯船をスウッと移動して、実亜の隣に来る。パシャパシャと遊ぶように湯を実亜の肩にかけて、少し話し込む感じだ。
「え? はい。見たことのない綺麗な景色とか、美味しい食べ物もあって、他にも色々と――空気とかも美味しくて、楽しいです」
実亜もソフィアに湯を少しかけて遊ぶ。
「空気が美味しいのか――ふむ、明日は私も味わってみよう。旅を楽しんでくれているようで、何よりだ」
「本当は、私を連れて来るのが不安でした?」
実亜は湯をかける手を止めて、ソフィアに訊いていた。
自分は体力もないし、リスフォールのことも何もわからない状態だったし――とか色々なことを思い出しながら。
「全く不安がなかったと言えば嘘になる。あの時、倒れていたミアは相当衰弱していたからな」
雪が降っていたら確実に命が危うかっただろう――ソフィアは実亜の身体を抱き寄せて、大事に包んでくれていた。
「ソフィアさんと、これまでに出逢えた皆さんのおかげです」
実亜は「いつも感謝してます」と、ソフィアの頬を撫でる。
きっと、こんな出逢いは普通では出来ないことだろうから――
「そう思ってくれているなら、何よりだ――ミア」
ソフィアの指先が実亜の顎を軽く持ち上げて――
「はい――」
甘いキスが来るから、実亜は目を閉じようと――
「む、いけない。このままではのぼせてしまう……」
ソフィアが寸前で止まって、真剣な表情になっている。
「え、ええ……そんな」
もしかしたら、ソフィアはかなりの天然なのかも――実亜は思っていた。
そろそろ帝都に着きます。




