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新しい味

(80)

 旅の十一日目は馬たちの休息日も兼ねて、港の街でもう一泊だった。

 馬たちの世話や自分たちの洗濯を終えて、実亜はソフィアと賑やかな街を見学していた。帝国の中では小さな規模の港らしいけど、賑わいはリスフォールと同じくらい――だけど、気候が違うからなのか、街の人たちの雰囲気は違う。

 この街は少し陽気な感じ――リスフォールはもう少し落ち着いた雰囲気だから、実亜には新鮮だ。

 それに、街を行く人たちの肌の色も違う。日焼けしている人、元から小麦色の肌をした感じの人も多い――実亜の世界で言うなら人種の違いだと思う。

 リスフォールでは珍しいという黒髪の人も多く見かけるようになったし、十日も馬で移動すると世界がガラッと変わるのだなと実亜は思っていた。

「リスフォールとはまた違った賑やかさだろう」

 街を少し歩いてからオープンカフェのような店のテラス席で休憩――ソフィアがこの街でしか飲めないという名物を頼んでくれていた。

「はい。ちょっと忙しない感じがしますけど、楽しい空気です」

「ふむ、ミアはどちらかと言うと穏やかだからな。リスフォールのほうが合うのかもしれない」

 港は朝から漁に荷揚げに忙しいからな――ソフィアは「騎士様へ」と書かれたメッセージカード付きの長い揚げ菓子を半分に割って、大きなほうを実亜に渡してくれる。騎士の職にある人へのオマケらしい。他にも、自警団や消防団などのある意味公職のような職に就く人たちにもオマケはあると言う。

 実亜が「いただきます」と、食べるとチュロスのような味がした。砂糖は控えめだけど、シナモンの風味がしっかりしている。

「いい香りで、美味しいです」

 実亜は揚げ菓子を大事に食べながら、ソフィアの優しさを思う。分けてくれるだけでなく、大きなほうを惜しみなく渡してくれるのが、ソフィアという人を表しているのだ。

「香辛料がいいだろう? 私も好きな味だ――ああ、ありがとう」

 ソフィアが店の人に礼を言って飲みものを受け取っている。持って来てくれたのは、緑色の飲みもの――香りがなんとなく懐かしいと実亜は思った。

「……抹茶?」

 実亜はグラスに入った飲みものをじっくりと見る。底のほうに細かく溶け残った粉のようなものが見えた。多分、それを混ぜるためのマドラーも付いている。

「ふむ、ミアの国ではマッチャと言うのか? これは混ぜながら飲むのが良いんだ」

 ソフィアは揚げ菓子を食べながら、緑色の飲みものを飲んでいた。そんなに甘くはないけど、甘い菓子と一緒に飲むものらしい。

 実亜も一口飲んでみた。抹茶にはあまり馴染みはないのだけど、知っている少しの渋味と甘味があって爽やかな味だ。

「……多分、いつも飲んでいるお茶と同じ葉から作られるものです」

 リスフォールや旅の途中で主に飲んでいるのは烏龍茶と紅茶の間のようなお茶だから、実亜の見当違いでなければ同じ茶葉で製法が違うもののはず――

「聞いたことがある。確か若くて柔らかい葉を摘み取って乾燥させて、石臼(いしうす)で細かく挽くんだ」

 ソフィアはそう言って、飲みものを飲んでいる。

「じゃあ、きっと抹茶です。美味しいです」

 甘いお菓子と、少し苦味と甘味が混ざったお茶――懐かしさもあるけど、新鮮さもあった。

「ふむ、面白いものだ」

 ソフィアは笑って、グラスの飲みものを飲んでいた。


「ミア、これが昨日食べた魚だ」

 カフェで少し休んでまた街を見学――ソフィアが店先に置かれている魚を実亜に説明してくれていた。

 港の近くの商店街は、海と言うより磯の香りがしていた。店先に並ぶ魚は実亜もなんとなくで見慣れていたものが多い。

「私も見たことがある感じの魚が多いです」

 でも大きさが少し違う感じ――実亜は小さな鮪っぽいものを見る。新年の初競りで落札される鮪は確か数百キロのレベルだったように思うけど、こちらの鮪は数十キロくらいだ。それでも大きな魚なのだけど。

 対して、鯛のような魚は思っているより大きい。一メートル近くあるから多分かなりの大物だ。

「ふむ、ミアの国だとツクリ以外にどうやって食べるんだ?」

 あとは焼くか煮るかくらいか――ソフィアは興味深げに実亜に訊いている。

「えっと、サルサと砂糖で煮込んだりします。身を解さずに一匹丸ごととか切り身とかで」

 実亜は一般的な魚の煮付けを説明していた。

「ほう、砂糖。菓子じゃなくて食事なのに甘いのか? それに一匹丸ごととは案外豪快だな」

 港の漁師たちでも多少は切り身にするが――ソフィアは店に並ぶ魚を眺めている。

 確かに、こちらの魚は大きなものが多いみたいだから、一匹丸ごと煮込むならかなり大きな鍋が必要だろう。一メートルくらいの魚が丸々入る鍋――実亜は想像して、その大きさに少し笑う。

「はい。炊いたコメと一緒に食べるんです。少し甘いですけど塩味もあって食べやすいですよ」

「成程、面白いものだな。帝都に着いたら教えてもらわなければ」

 ソフィアは「ミアの料理は美味いからな」と、惚気てくれていた。


「あの積み上がってる切り身は高級料理とかに使うんですか?」

 魚を取り扱っている店先――魚を(さば)く専用キッチンのような場所に、鮪っぽい魚の腹の部分が積み上がっていた。実亜の見た感じだと、トロとか言われる部分のようだから、高級品――にしては扱いが雑にも見える。

「ん? あの腹身の部分か。脂を(しぼ)って、あとは畑の肥料になる」

 ソフィアが衝撃的な言葉を口にしていた。

「え? そんな、勿体ない……」

 実亜は思わず呟く。でも、そういうのもこの世界の新しい面なのかも――とか考えながら。

「何故だ――待て、ミアがそんなことを言うとは、まさか、美味しいのか?」

 ソフィアがかつてないくらい真剣な表情になっていた。魚のことに関しては手加減をしない感じも素敵だと、なんとなく実亜は思った。

「はい、私の国では高級品です。脂は多いですけど、サルサで食べると丁度いい味に」

「ふむ、少し待っていてくれ」

「え、はい」

 ソフィアが張り切って店の人に話しかけに行く。これは、多分売ってくれとの交渉だ。

 実亜はソフィアと、話を聞きながら驚いている店の人を見ていた。

「ミア、少し分けて売ってもらった――ついでにサルサもあるぞ」

 交渉が成立したようで、ソフィアは実亜を呼んで店のイートインスペースに座らせる。

 店の人はまだ不思議そうに腹身――トロの部分とサルサを持って来て、二人に食べ方を尋ねていたので、実亜はまた説明をしていた。


「うむ……美味い。何故、皆この食べ方をしないんだ?」

 トロを薄切りにして、サルサ――醤油をつけて食べると、ソフィアが静かに唸っている。

「そんなにですか?」

 とはいえ、実亜自身もそれほどトロを食べ慣れているわけではないので、美味しいという気持ちは凄くわかる。

「ああ、他のツクリより身の脂は多めだが、サルサと合わせると酒と合いそうな味になる」

 ソフィアの感想に、二人を見守っていた店の人たちが自分たちでも試食をしている。評価は上々みたいで、頷き合って次々に食べていた。

「ミア、店の名物になるかもしれないぞ?」

「……そんなにですか? よくある食べ方なんですけど」

「ミアの国では普通の食べ方でも、こちらでは珍しい――ミアのスーツという服と同じだ」

 ソフィアはそう言って、またトロを美味しそうに食べていた。

魚を食べることには妥協がないソフィアさん。

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