二人と二頭の休養日
(75)
「ん……よく寝た……」
旅に出てからよく眠れているけれど――実亜はベッドの中で窓から見える朝焼けをぼんやり見ていた。赤いけど夕焼けの赤さとは違う、もっとこれから青空が広がる前の一瞬の赤が綺麗だ。
前の世界だと時々会社の窓から朝焼けを見てたな――その時は綺麗だなんて思ったことはなかったけど、今は綺麗だと思う。
「ミア、起きたのか。今日はもう少し寝ていても大丈夫だぞ?」
少し寝ぼけ気味のソフィアの手が実亜の頭を軽く撫でて、ソフィアはまた眠っている。旅に出て疲れているのはソフィアだって同じはずだから、実亜もその言葉に甘えてもう一度眠っていた。
不意に身体を抱きしめられる。ソフィアの穏やかな寝息も間近に聞こえて、贅沢な二度寝だった。
二人が二度寝から目が覚めた時は、もう昼前になっていた。
今日は元々休養日だから、朝食などは全部起きてから用意してもらう予定にしていたので、二人で遅い朝食を楽しむ。
干し肉を煮込んだスープで燕麦を雑炊風にしたものは、中にとろっとした半熟の卵が入っていて、実亜にはなんとなく懐かしい味に思える。
「ミア、こういう卵の状態は、ミアの言葉ではなんて言うんだ?」
黄身が固まる前の、液体とも固体とも言えない状態――半熟卵だけど、ソフィアの質問はそっちの答えを求めてるわけじゃなくて、いつもの擬音語を求めている。
「えっと、『とろとろ』とか『とろーり』とかです」
「ふむ、蕩けるとか溶けるとも言うし――ミアの言葉の謎がわかってきたぞ」
ソフィアはスプーンで卵を掬って、そのとろとろ具合を楽しんでいた。
「もう少し固めだと、『どろどろ』とも言います」
「とろとろ」ほど柔らかくなくて、でも固形じゃない状態――実亜はソフィアにはちょっと意地悪に思われるかもしれない追加情報を伝えてみる。
「ふむ……聞き間違えそうだな……それなら、茹で卵はなんて言うんだ?」
「卵の殻はカチカチで、コンコン叩いて殻を割って、殻を剥いた表面はつるっとしてて、中の黄身はパサパサしてるとか言います」
実亜の説明に、ソフィアは朝食を食べる手を止めて、真剣な顔になって息を呑んでいる。実亜の言葉をしっかりと復唱しながら「太古の呪文か?」と小さく呟いたりもして。
「――成程。わかったつもりでいたが、ミアの言葉は奥が深い。私も勉強しなくてはならぬ」
ソフィアは世界は広いと笑って、また朝食を食べていた。
「リューンもリーファスも、ぐっすりしたか?」
ソフィアが馬房から顔を出しているリューンとリーファスの首元を両手で器用に撫でていた。
朝食が済んで、実亜とソフィアは愛馬たちの飼葉と水の世話をしに宿泊客用の厩舎に来たのだ。
馬たちが飼葉をちゃんと食べているかとか、水を飲んでいるかなどの健康チェックを、手入れをしながら短時間で見ないといけない――あとは蹄鉄や脚の具合なんかもしっかりと。
勿論、宿の人たちも馬の世話をしてくれるのだけど、飼葉や水はやはり主人が世話をしないといけないし、そのほうが馬も安心するらしい。
「リューン、疲れはどうだ?」
ソフィアはリューンに話しかけながら、馬体のチェックをしている。実亜はまだ細かいところまでのチェックが難しいから、アシスタントでリューンの毛並みをブラシで整えていた。
「そうか、元気か――いいことだ」
ソフィアはリューンの脚や腹を軽く撫でて、会話している。やはり、この世界の人たちは馬の言葉がわかるのだろうか――自分がわからないだけで。実亜は疑問を抱えながらソフィアを見ていた。
「リーファスも元気か?」
次は隣の馬房に居るリーファスの健康チェック――ソフィアはリーファスを撫でながら手早く済ませている。
実亜も隣でしっかりとその様子を見て、少しでも覚えようと思っていた。大事な可愛い愛馬だし、ソフィアに頼ってばかりもいけないし、この世界でしっかり生きて行きたいし。
「ミア、馬の脚はこの辺りに触れて、腫れていないかを確認するんだ」
「はい――リーファス、触るね」
ソフィアは実亜を呼んで、手をリーファスの脚に触れさせる。腫れていたら触られること自体を嫌がるし、熱も持つらしい。今は平気で触れているから、大丈夫ということだ。
「脚にも蹄鉄にも問題はない。声をかけて褒めてやってくれ」
ミアがご主人様だからな――ソフィアは実亜に笑いかけて、リーファスに同意を求めている。
「よしよし、大丈夫だって。よかったね」
実亜の言葉にリーファスが首をコクンと小さく振って頷いていた。
「え? 言葉がわかるの?」
馬の返事は必ずしも頷きじゃないだろうから、気のせいかもしれない。でも実亜はリーファスに思わず訊いていた。リーファスの返事は小さく鼻を鳴らすものだった。
「それはわかるだろう。馬は賢いぞ? 特にこの二頭は賢い」
かなりの自信でソフィアが凄い贔屓をしている。でも、可愛いからそう言いたい気持ちは実亜にも凄くわかる。
「ソフィアさんも、リーファスやリューンの言葉がわかるんですか?」
実亜はソフィアにも訊いていた。ここまで来たら解明しないと気になって仕方がない。
「ミアは面白いな。流石に馬の言葉はわからないが……仕草を見れば大体はわかる」
ソフィアは笑いを堪えながら、実亜の疑問に答えてくれている。
「仕草……」
実亜はリーファスを見た。今は首元を軽く撫でているから、リーファスも落ち着いている。落ち着いているのがわかると言うことは、言葉を直接交わさなくても伝わっている。
そういうことなんだ――また、実亜の新発見だった。
「私としては、ミアの言葉を勉強しなくてはならないなと思う」
愛馬たちの世話を終えて、ソフィアが部屋でお茶を飲みながらそんなことを言っていた。
「そんなにですか?」
確かに自分の言葉は擬音語が多めだ。それに、たまに英語とかカタカナ語も出る。
出来るだけ言い換えるようにはしているけど、どうしてもたまに出てしまうもので、でも、ソフィアはそれを楽しんでくれているみたいだった。
「そんなにだ。伴侶の言葉を一言でも多く聞きたいではないか」
教えてくれるか? ソフィアは隣に座る実亜の頬を撫でて、甘く囁いている。
「はい……」
なんでここでそんな素敵な感じになるのだろう――実亜はソフィアの甘い囁きに酔っていた。
第十回ネット小説大賞、二次選考通過ならずでした。
一次選考に通っただけでも私には勿体ない話なので、ありがとうございます。
弛まず書いていきたいと思います。




