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旅の出会い

(73)

 旅の三日目――実亜は朝の光で目を覚まして、また新しい一日の始まりを感じていた。

 昨夜(ゆうべ)はロークワットという果物を食べたり、宿の夕食でもラズベリーソースのような、甘酸っぱいソースがかかった鴨肉のローストを食べたりで、美味しくて楽しかった。

 旅の醍醐味というか、少し移動するだけでも地方の名産品が味わえて面白い。こんなこと、前の世界に居たら、一生わからなかったな――なんて、実亜は思う。

「おはよう、ミア。ぐっすりしたか?」

 ソフィアも目を覚ますと、優しくおはようのキスをしてくれる。そして、実亜の言葉を知ろうと、積極的に使ってくれていた。

「はい。ぐっすりです」

 実亜もソフィアに抱きついて、朝の緩やかな一時を過ごす。

「今日は昼頃まで街道を進めば宿に着く予定だから、慌てなくていいぞ?」

 明日は一日休みだ――ソフィアは実亜を撫でると、ベッドを離れて地図を広げて、このあとの数日の予定を組み立てている。標高は低いけど山越えが近いから早めに宿で休んで、馬たちを休ませる予定だと言う。

 馬と一緒に旅をするためには、こういったことを計画に入れるのが当たり前らしいけど、なんとなく、動物たちや自然と共に生きている感じがして、世界の広さも知ることが出来て、素敵だと実亜は思った。


「ソフィア殿! お待ち下さい!」

 泊まっていた宿を出て、街の門に差し掛かった時――遠くからソフィアを呼ぶ、よく通る声が聞こえてきた。

 綺麗な白い馬に乗った銀髪の女性が遠くから結構なスピードで駆けてくる。

「これはロークワット(きょう)――」

 ソフィアがリューンを止めて、その人の名を呼んでいた。

 そして、実亜に「ロークワット男爵だ」と軽く紹介してくれる。

 男爵と言うから男性だと思っていたら、女性らしい。男爵なのに女性――身分を表す言葉というのも難しいものだと実亜は思う。

「宿の者から果物への礼状を受け取って、まだ間に合うかと宿をお訪ねしたのですが……もう旅立ったと聞かされて急いで追いかけてきました」

 ロークワット男爵は馬を止めて「一声かけていただければ城で盛大にお迎えしましたのに」と笑っている。

「お忙しいでしょうし、私用の旅行(ゆえ)、ご挨拶を遠慮させていただきました。非礼をお詫びいたします」

 ソフィアの口調は格式張っていて、かなりの敬意を払うもの――しかし、ロークワット男爵の口調も同じく丁寧で、どちらが上とか下とか関係ないみたいに見える。

「何を仰います。こちらこそご挨拶にお伺いすべきこと――クレリー家のばあや殿からお話は伺っております。結婚のご報告だとか。おめでとうございます」

 ロークワット男爵は乗っている馬を撫でながら、お祝いの言葉を二人にくれた。

 しかし、ばあやはここでもばあやなんだ――実亜は不思議なばあやを思う。ばあやは実亜たちより十日ほど先に帝都に向かったから、早ければそろそろ帝都に着く頃だろう。

「ありがとうございます。二人での旅を楽しみながら帝都まで向かう予定です」

 ソフィアは実亜の隣で、凄く素敵な笑顔だった。そして、実亜をロークワット男爵に紹介していた。

「はじめまして、ミア・ユーキです」

 実亜は自分の名前から名乗る、もう慣れた挨拶をする。もっとちゃんとした挨拶もあるとは思うけれど、慣れない自分には少し不安が残るから。

「初めてお目にかかります。ルーツ・ロークワットと申します。ミア殿、以後お見知りおきを」

 ロークワット男爵は白馬を上手くコントロールして実亜のほうに近付くと、手をとって軽くキスをする仕草をする。ソフィアと違って、近付けるだけで唇は触れていない。

 貴族とかの挨拶は本当にこういうものなんだ――また実亜の新発見だった。

 ソフィアもよくこんな風に手の甲にキスをしたり、ベタベタ可愛がってくれたりするけれど、ソフィアだけのことだと思っていたから。

 実際、実亜が仲良くなったアルナの挨拶は違っていたし。

「こちらこそよろしくお願いします。あ、昨日いただいた果物、凄く美味しかったです」

「そうですか! それは良かった。我が家に伝わる果物でして、毎年収穫の時に街の人に食べてもらえるのを楽しみにしているんですよ」

 ロークワット男爵は花が咲くようにふわっと笑って、凄く喜んでいた。

「ミアは昨夜『こんなに甘くて美味しいロークワットを初めて食べた』と喜んで」

 勿論、私も共に楽しんだ――ソフィアがちょっとした惚気のようなことを言っている。

「それは光栄です。お帰りの際にはまた違った果物がお二人をお待ちしていますよ」

「楽しみにしておきます」

「では、簡素ながらご挨拶まで。クレリー家の皆様にもよろしくお伝えください。旅の幸運を」

「ありがとうございます。ロークワット卿も、ご健勝を」

 ソフィアとの会話が済んだロークワット男爵は、乗馬服の長めの裾を(ひるがえ)して、街の方向に馬を向けていた。実亜が思わずお辞儀をすると、それにも応じて笑顔で会釈をしてくれる。

 そして、また馬を駆ると街の中に走って行く。優しいけれど、なかなか忙しそうな人だった。

「お忙しそうな方ですね」

 ソフィアがリューンを歩かせ始めたので、実亜もそう言いながら隣を歩く。

「ああ、果樹園の管理もご自分から進んでなさるし、この時期は相当お忙しい方だな」

 だからご挨拶を控えたのだが――ソフィアが苦笑いをしていた。城に出向くとなれば向こうもそれなりの準備が必要だし、ましてめでたいことの報告もあるとなれば、二日ほど宴会になるのだ――と。

「そんなに……でも、滅多に見られない凜々しいソフィアさんが見られて楽しかったです」

 いつも凜々しいけど、自らの立場などに合わせた儀礼の凜々しさも素敵――実亜はソフィアに笑いかけていた。同時に、貴族の付き合いというものは奥が深いなとも思う。先程の二人の様子では、ある程度砕けた感じも許される仲だとは思うけれど。

「……まあ、少しは騎士らしいところを見せられたか?」

 ソフィアは照れながらリューンの首を撫でて、街道を歩いている。照れ隠しの感じで、リューンに「ミアはこういうところが可愛いな」と話しかけていた。

「はい。素敵です」

 実亜もリーファスを撫でて、リーファスに「ソフィアさん、たまに可愛いね」と話しかける。

「ふむ……ミアも相当腕が立つな……」

 お互いの愛馬にお互いの主人を惚気合って、二人で三日目の旅路を進んでいた。

前話への脱字報告ありがとうございました。反映させております。

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