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旅二日目

(72)

 窓からカーテン越しの光が差し込んで、ベッドで眠っていた実亜はその柔らかな光にくすぐられて目を覚ましていた。

 実亜は身体を起こして、少しぼんやりと見慣れない部屋を見回す。

 今は帝都への旅行中――思ったよりも疲れていたのか、物凄くよく眠れたような気がする。

 一緒のベッドに寝ていたソフィアも実亜の身動(みじろ)ぎで目を覚まして、実亜を確認するように撫でてから、伸びをして起き上がっていた。

「おはようございます」

 実亜の言葉にソフィアが優しく笑う。

「おはよう――ミアもよく眠れたか?」

 ソフィアは実亜の頬に手を伸ばして、少し撫でると納得している。

「はい。ぐっすり眠れました」

「ふっ――また、新しい言葉だな」

 ソフィアは笑いながらもう一度ベッドに寝転がると、すぐに起き上がってベッドから降り、今度は身支度を整え始めていた。実亜も続いて、寝間着――パジャマを着替えて、身支度をする。

 太陽と共に生活をしている感覚は、この世界に来てから強く実感しているような――前の世界では夜も昼も関係がなかったから余計に。

「ぐっすり眠れた……熟睡していたということか?」

 着替えを終えた実亜の姿を見て、ソフィアはそう訊きながら襟元を少し整えてくれる。

「はい。合ってます」

「ミアの言葉がかなりわかってきた。嬉しいものだな」

「私も、可愛いソフィアさんが見られて嬉しいです」

 実亜もソフィアの服を少し整えて、笑いかける。

「ふむ、照れるな……朝食はオヤキという南のほうのものだが――食べたことはあるか?」

 お互いの身支度を整えて、ソフィアが実亜の頭を撫でて楽しそうに「リスフォールだとあまり見かけない食べ物だ」と言っている。

「オヤキ――えっと、粉を練った生地で野菜とかを包んで焼いた、小さな丸い?」

 この説明だと「小さな丸い」以外は昨日食べたデネルと同じだなと実亜は思った。でもそれ以外にオヤキというものを説明出来ないし、食事というものは難しい。

「それだ。携行食にもなるから、多めに頼んでおいたんだ」

 実亜の国にもあったのか――ソフィアが嬉しそうに納得していた。


「故郷ではあまり食べたことはないんですけど、懐かしい味がします」

 宿の食事は基本的に大食堂らしい――実亜は大食堂のテーブル席で焼き立てのオヤキを食べて、紅茶と烏龍茶の間のような味のお茶を飲んでいた。

「――確か野菜の塩漬けを刻んだものが入っているが、それか? 野菜の風味が少し独特なものに変わっている」

 ソフィアはもう二個目のオヤキを食べている。小さめだから、何個も食べられそうだと言いながら、美味しそうに、楽しそうに。

「それかもしれないです。お漬物って言って、私の故郷だとコメと一緒に食べたりしますから、ちょっと懐かしいのかも……」

 あんなに辛いところだったのに、ある程度の時が経ってから思い返すと懐かしいのは不思議だけど、今の実亜の素直な気持ちだとそうなる。

 その懐かしさの中には、少しの痛みだとか、苦しさも、勿論あるのだけど。

「成程、確かにいい塩味と酸味だから、コメとも合いそうだな」

 ソフィアは優しく実亜の話を聞いてくれて、柔らかく笑っている。

 目の前にいるこの人が、沢山癒やしてくれるから、大事にしてくれるから――きっと、過去のことも少し余裕を持って見られるようになったのかもと実亜は思う。

「刻んだものを、炊いたコメと混ぜておむすびにしたりもします」

 実亜はソフィアが喜びそうな料理を説明していた。他にも焼魚の身をほぐして混ぜることもある――とか、ソフィアの好きなものも例に出したりして。

 ソフィアはおむすびを気に入っているから、興味深く話を聞いてくれている。

「ふむ……それは美味しそうだ……いいな……」

 オムスビには色々と種類があるのだな――ソフィアは嬉しそうだった。


「よしよし、リューンもリーファスもぐっすりして眠ったか?」

 宿を出る時間――ソフィアが宿泊者用の馬房で休んでいたリューンたちに声をかけていた。馬たちは実亜とソフィアの姿を見るなり、軽く鼻を鳴らして首を揺らして、準備万端のようだ。

 しかし、ソフィアの言った「ぐっすり」という言葉に耳をパタパタさせていた。

 やはり、言葉がわかるのだろうか――どちらにしても可愛いのだけど。

「リーファス、今日もよろしくね」

 実亜はポロの実をリーファスに食べさせて、首を撫でる。勿論、リューンの分もちゃんと食べさせていた。鞍をセットして、荷物をくくり付けて――出発の準備が整い、宿の人も見送りに出てきてくれる。

 実亜はソフィアと共に宿の人に礼を言ってから、馬に乗って、二日目の旅の始まりだった。

「あの宿はどうだった? 部屋を気に入っていたようだが、帰りも泊まるか?」

 街道に出て、二人と二頭でゆっくり歩く。ソフィアはもう帰りの日程もなんとなく計画しているみたいなことを言う。

「ソフィアさんがよろしければ」

「私は構わない。ただ、人気の宿だから、帰りに空いてるかどうかはわからないな」

 もう少しすると旅行などで人や馬や荷物の行き来が活発になる季節らしく、泊まれるかどうかはその日にならないとわからないらしい。

 いわゆる繁忙期や行楽シーズンというものだろうか。この辺りはどの世界でも似たようなものなのだなと実亜は思う。

「じゃあ、その時に決めましょう?」

 私は何処でも大丈夫――実亜はソフィアに返事をしていた。

「わかった。これも旅の楽しみだな」

 ソフィアが楽しそうに「他の宿もいいところはあるから心配しなくていい」と笑っていた。


 二人で街道を歩いていると、新緑の眩しい草原に着いていた。

 石畳で舗装されている道よりも馬の脚に負担が少ないらしく、ソフィアはリーファスとリューンを街道沿いの草原で歩かせる。

 そして、二頭に負担がかからないくらいの速歩(はやあし)をさせて、道程(みちのり)を進んでいた。

 速歩はゆっくり歩くのとは違って、軽いジョギングのような感じ――受ける風も爽やかで、少しリズミカルに実亜の身体も揺れる。

「そうだ。自分の身体を軽くするつもりで――ミアは覚えがいいから、もうリーファスを上手に乗りこなせているな」

 ソフィアは慣れた様子で実亜の少し後ろをついてきて「いいぞ」と褒めてくれていた。ソフィアは流石に乗りこなし方が素敵で、手綱で上手くリューンを誘導している。

「なんとなくですけど、リーファスが私に合わせてくれてる気がします」

 リーファスは実亜に懐いてくれているみたいだし、話しかけてもちゃんと話を聞いてくれるような安心感というか――これは、自分のほうがリーファスに懐いているのかもしれないと実亜は思う。

「ふむ、ミアがそう思えるのは、リーファスと通じ合えている証拠だ。騎士にもなれるな」

 人馬一体と言って、騎士になるには必須の技能だとソフィアが笑う。

「私が騎士様になったら大変なことに……剣とか扱えませんし」

「しかしミアは料理が上手い。小剣の扱いなら会得出来ると思うが」

 料理の時の刃物(さば)きは熟練の技だぞ――ソフィアはあれは不思議だと首を傾げながら、実亜の隣に並んでリューンを軽く走らせてた。

「お料理に使う刃物と戦う時に使う刃物は、多分別です……」

 実亜もソフィアと話しながら、遅れないようにリーファスに指示を出す。

「そうか? 似たようなものだろう?」

 そして、冗談を言い合いながら、二人で並んで街道沿いの草原を緩やかに走っていた。


「昨日の街より少し規模が大きいですね」

 草原を少し走ったり、昼の休憩でオヤキを食べたりしながら実亜たちが辿り着いた旅二日目の街は、少しの賑わいと活気があった。一日目は宿が多い街だったけれど、この街は商店も多い。

「この辺りはロークワット男爵の城があるから、城下町で栄えているんだ」

 ソフィアの話では、新鮮な果物が採れる最北端でもあるらしい。

「お城……? あ、あの建物ですか?」

 実亜は街を一望出来る宿の窓から城らしき建物を指していた。城というか、失礼な感想かもしれないけれど、豪華な結婚式場のようにも見える。

 でも、本当にお城があるんだ――実亜のこの世界での新発見だった。

「そうだ、気さくで優しい方だぞ?」

 ソフィアは実亜と一緒に窓の外を見ている。

「お知り合いなんですか?」

「数年に一度ほど、帝都でお目にかかることがある」

 そういえば、ソフィアは騎士だし、そもそも公爵家の人だからそういう付き合いもある――実亜は納得していた。公爵と男爵、どちらが偉いとかは実亜にはわからないのだけれど。

 そんなことを考えていたら、部屋のドアがノックされる。

「食事にはまだ早いが――」

 ソフィアがそんなことを言いながらドアを開けると、果物の入った小さなカゴを手にして戻って来た。

「ロークワット男爵からだそうだ」

 差し出されたカゴの中には、ビワのような果物が入っていた。甘い香りがほのかに部屋に漂う。

「……泊まってることがわかるんですか?」

「いや、今年の初収穫だから、街の皆で収穫を喜んでほしい――とのことだ」

 ソフィアはカゴに入っていたメッセージカードを読んで「男爵らしいな」と、笑っている。

「街の皆さんで――凄いですねえ……」

 小さな街とは言っても、街として成り立つくらいの人数が居るのに、かなりの大盤振る舞いだった。男爵とか、そういう立場の人は自然にこういう振る舞いが出来て、凄いと思う。

「優しい方だろう? ありがたくいただこうか」

「はい。いただきます」

 実亜はカゴを受け取って、ソフィアに食べ方を訊いていた。


「甘い……こんなビワ初めて食べました……」

 果物の食べ方は実亜のよく知るビワと同じ、種が大きいのも同じだけど、甘さが全然違っていて、みずみずしくてしっかりした果肉の甘みが疲れた身体に染み渡るようだった。

 馬に乗っているだけなのに、程々に疲れるのは不思議だけど、競馬の騎手はアスリートでもあるし、馬術競技だってあるから、乗馬はスポーツなのかもしれない。これも新発見だ。

「ほう、ミアの国ではビワと言うのか」 

 ソフィアも美味しそうに果物を食べながら、実亜を見て笑っていた。

「こちらではなんと?」

「ロークワット男爵家に伝わる果物だから、その名をいただいてロークワットだ。敬称が付かない時は果物のことを指す」

 ロークワットの他にも広大な果樹園を持っている――ソフィアは説明をしてくれる。

「お名前が果物の名前に……あっ、私の国にも男爵芋って言うものがあります」

 実亜はそんなことを思い出していた。多分、男爵と付いているから昔の男爵が名前の由来のはずだ――と。

「ふむ、ミアの国でも似たようなことがあるのか。面白いな」

 ソフィアはロークワットを食べながら、楽しく実亜と話し込んでくれていた。

一般的には男爵より公爵のほうが爵位は上ですね。

(公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵の順番です)


ロークワットはビワ(Loquat/ロウクワット)の英訳でした。

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