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旅の始まり

(70)

 ソフィアが野営から無事に帰ってきて三日後――いよいよ帝都へ向かう旅に出る日だった。ソフィアにとっては帰省だし、実亜にとってはこの世界を知るための旅だ。

 実亜は前もって準備していた鞄を愛馬のリーファスの元に持って行く。自分でも運べるくらいの重さだから、リーファスの負担にならなくて良かったと思う。それでなくても結構長い旅をするのだから、荷物は軽いほうが良い。

「ミア、洗面用具は詰めたか? あれは忘れがちになる――まあ、途中で買えば良いのだが」

 何処の宿でも売ってる――ソフィアは愛馬のリューンの鞍にしっかりと荷物をくくり付けている。

「はい。バッチリです」

 歯ブラシに歯磨き粉に(くし)に小さな石鹸に、とにかく身支度を整えるアイテムはしっかりと準備していた。旅行用のセットも売られていたから、それを基本に自分でカスタムしていた。

「バッチリ?」

 ソフィアはまた新しい言葉だなと笑っている。

「ああ、えっと……準備完了?」

「成程。バッチリしているんだな?」

 ソフィアは今度は実亜の荷物を持って、リーファスを撫でると同じく鞍にくくり付けていた。

「そんな感じです」

 実亜もリーファスの首を軽く叩いて「長旅よろしくね」と呟く。ソフィアはそんな実亜を見て、相変わらずだと実亜を撫でるのだ。

「携帯用の小剣はバッチリしているか?」

 実亜を撫でながら、ソフィアが訊いたのはナイフ――鞘も付いていて、細めの薪なら割れるらしい頑丈なものだ。実亜の居た世界だとサバイバルナイフとでも言うのだろうか。この世界では旅に出る時にお守りも兼ねて身に着けるのが一般的らしい。

「はい。此処に着けてます」

 実亜は自分の腰に着けたベルトを指していた。武器を装備する時専用のベルトは少し格好いいと思う。触れたことのない新しい世界に触れられたような気がするのだ。

「よし、それなら出発しようか」

 ソフィアは実亜の髪を指先で軽く梳いて「共に旅の幸運を」と、キスをする。

「――はい、幸運を」

 この世界を知るために、此処で生きて行くために――実亜は大事な人との旅に出ていた。


 旅の始まりは順調――実亜がソフィアの少し前を行く。

 馬で一時間ほどゆっくりと歩いて、リスフォールの街は遠く、小さくなっていた。

 石畳で舗装されている街道は何処までも遠くに続いているようで、これからの未来なのかもしれないなんて、実亜は考えていた。

 同じように旅に出た人も居たり、あとから実亜たちを追い抜く馬車も居たり――様々だ。

「ミア、疲れてないか?」

 ソフィアは実亜の隣に並ぶと、気遣ってくれる。

「はい。私は大丈夫ですけどリーファスたちを休憩させなくて大丈夫ですか?」

 馬は持久力のある動物だから大丈夫だと事前に聞いてはいたけど、人と荷物を載せて一時間歩き通しだと、慣れない実亜としては少し心配になってしまう。

「速歩もしていないし、まだ大丈夫だが――もう少し進むと水飲み場があるから休憩しようか。小屋が遠くに見えないか?」

 ソフィアが鞍上で遠くを指している。

「小屋……?」

 道の先のほう――実亜は馬に揺られながら、遠くを見ていた。道のかなり先の丘にいくつかの小屋らしきものが見える。かなり遠くて、実亜にはらしきものとしか認識出来ないけれど、この世界の人は視力が良いのだろうか――スマートフォンとかの目を酷使するものがあまりないし、良いのかもしれない。実亜はまた新しい発見をしていた。

「見えたか?」

 ソフィアは「丁度昼食の時間くらいになるな」と太陽と影の加減を見ている。春の陽射しは柔らかくて、風は爽やかで、ソフィアの綺麗な黒髪が風に少し揺れて綺麗だった。

「なんとなく……あの少し丘になった辺りですか?」

「そうだ。飼葉もあるし、リューンたちを休ませるには丁度良い」

「はい、じゃあそこまでよろしくね」

 実亜はリーファスの首を軽く叩いて、ソフィアと並んで歩いていた。


 また一時間ほど歩いて、小屋が建ち並ぶ丘に着いていた。

 ソフィアは二頭を休憩用の係留所に繋いで、実亜は水を用意して二頭に飲ませる。

 此処までの様子を見ていても、二頭とも大丈夫だと言うことで、実亜は安心していた。

「ミア、デネルがあるが、食べるか? 他には――鶏肉と野菜の牛乳煮込みか……しかし、ミアの作ってくれたあのシチューという煮込みには勝てないな」

 ソフィアが屋台を見て、実亜に訊きながらそんなことを言う。

 小屋に近付くにつれてスパイスの良い香りがしていたけれど、デネル――ケバブサンドのような食べ物――だったらしい。

「ソフィアさんのお好きなほうで。シチュー、そんなに気に入ってくれてたんですか?」

 実亜はソフィアの隣でデネルの屋台を見る。本当にケバブのように肉を焼いて、ナイフで削いで、野菜と一緒にスパイシーなソースで味付けしていた。ただ、サンドするピタパンは燕麦――オーツ麦の粉から作ったものだけど。

「ああ、あれは味が濃くて身体に染み渡るようだったな」

 ソフィアは少し迷ってから、デネルを二つ買っている。屋台には座って食べられる場所もあるから、二人で座って食べられるように、お茶もついでに買って。


「美味しい……リスフォールで食べていたのと味がまた違いますね」

 リスフォールのはもう少し辛かったような――実亜はデネルを食べて、感激していた。

「ああ、店ごとに秘伝の配合があるらしい。」

 ソフィアも楽しそうにデネルを食べて、お茶を飲んでいる。ソースが唇の端に付いているのがいつもの凜々しいソフィアっぽくなくて可愛い。

「なんだ? こちらを見つめて――」

「ソースが付いてます」

 実亜は不思議そうな顔をしているソフィアの唇を指先で拭っていた。

「あ、ありがとう……ソース? この調味料のことか?」

 ソフィアは実亜の指先に付いたソースをしばらく見ると、そっと舐め取っている。

「はい。液体の調味料は大体ソースって言います。でも、卵と油と酢を混ぜたものはマヨネーズって言ったりします」

「ふむ? マヨネー? 覚えにくいが、面白いものだな」

 二人の旅の始まりは、そんな感じで――

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