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見えない友情

(69)

「行ってらっしゃい。お気を付けて」

 ソフィアが魔物討伐の野営に向かう日――実亜は詰め所の前でソフィアの無事を祈っていた。ソフィアだけじゃなくて、みんなが怪我をしないように、細やかな――だけど、沢山の願いを込めてソフィアの手を握る。

「ありがとう――数日の留守を頼む」

 ソフィアは実亜の手にキスをすると、しばらく実亜を見つめてから、そっと頭を撫でていた。

「はい。お待ちしてます」

 実亜はそんな言葉でソフィアを送り出していた。

「ミアさん、お熱いですね」

 詰め所の影から、アルナが顔を覗かせて、実亜のほうに楽しげに笑ってやって来る。

「アルナさん……見てました?」

「見てました。えっと、ナデナデをしてもらってましたね?」

 覚えてますよ――アルナはそう言いながら、実亜をお茶に誘ってくれていた。

「そうです。ナデナデ」

 実亜は詰め所近くのカフェへと向かいながら、また擬音語を解説していた。

「素敵だなって思いました。私もティークが帰ってきたらナデナデをしてみよう」

 アルナは面白そうに「ナデナデって絶対楽しい」と笑う。

 カフェに着いて、アルナは温かい牛乳を頼んで、実亜はお茶の牛乳割りを頼む。要はミルクティーなのだけど、此処の店の牛乳は砂糖が入ってないのに少し甘めで美味しいのだ。

「大人の頭を撫でるのはあまりよくないって、ソフィアさんから聞きましたよ?」

 二人の飲み物を受け取って、テーブル席で実亜はアルナと話し込む。

「ティーク、まだ子供だから大丈夫」

 アルナは店内の焼き菓子売り場から、二人分のクッキーを買ってきてくれていた。実亜は礼を言って、代金を渡す。

 今は実亜もちゃんと給金をもらっているし、友人付き合いは、多分こういう細かなところも大事にするものだから。

「そうなんですか? 確か、十八歳だって(おっしゃ)ってたような」

「十八歳になったばかりだから、やっと大人の仲間入り?」

 アルナの口ぶりだと、この世界でも成人年齢は十八歳になるみたいだった。でも、ティークはその前から自警団の一員として立派に自立していると言うし、個人差のようなものもあるのだろう。

「アルナさんはティークさんと同い年なんですか?」

 実亜たちに「お熱い」と言っていたけど、アルナたちだって結構お熱いと思うのだけど――

「はい。一緒の孤児院で育った幼なじみなんです」

 アルナはクッキーを食べながら、実亜にはわりと衝撃的な話をしていた。

「孤児院……あの、辛いことだったらごめんなさい」

 そういえば十年ほど前にこの街は魔物の襲撃で壊滅寸前になった――そして、孤児院。つまり、アルナとティークはその時に家族を亡くしたのかもしれない。

 そして、幸か不幸か、実亜はそういう状態だった人にかけられる言葉を持っていない。迂闊に何かを言うのは、その人の持つ痛みや悲しみへの冒涜や憐れみに近い気もして。

「ううん、大丈夫。もう平気です」

 時々辛い時もあるけど、みんな優しいし――アルナは強く、だけど、とても柔らかく笑っていた。

「はい――私……上手く言えないですけど、アルナさんが居てくれて嬉しいです」

 慰めの言葉じゃないけど、実亜は素直に今の気持ちをアルナに伝える。今、此処に居ること、こうして話していること、大事だと思ったから。

「……ミアさんも、思った通りの優しい人ですね」

 アルナが凄く嬉しそうに、温かい牛乳を飲んでいた。

「え、そんな……私は、何を言っても、多分、その時のアルナさんの辛さとかを取り除けないから、今感じたことを……言っちゃいました」

 過去のことを下手に掘り返しても傷付けてしまうかもしれないし、アルナ自身が平気だと言っているのなら、焦点を当てるのは現在の状態しかない。

 勿論、実亜の考えが絶対の正解ではないことも、実亜自身わかっていた。

「私も、そんなミアさんが居てくれて嬉しいです」

 アルナは「これからもよろしくね」と可愛く笑って言ってくれる。

「――ありがとうございます。これからも、お世話をかけます」

 この世界で出逢えた友人――実亜はアルナのことを勝手にそう思っている。アルナの気持ちがあるから一方的に「友人だ」とは言えないのだけど。

「こちらこそ。そういえば、この野営が済んだらソフィアさんと帝都にご挨拶に行くって」

 アルナは楽しそうに「ソフィアさんに聞いたよ」と話してくれた。

「はい。ご挨拶……?」

「結婚の」

「え、あ、はい……その、そうなりました」

 ソフィアはそこまで話しているのか――少しの照れと恥ずかしさが実亜の心に共存する。

「お似合いですもんね。ソフィアさん、ミアさんの話を一日一度はしないと気が済まないみたいですし」

「そんなに沢山話してるんですか?」

 沢山話をしてくれることは、つまりいつでも気にかけていてくれていること――実亜としては嬉しくて恥ずかしい。

「こっちが油断したら『ミアが』から始まる惚気を沢山」

 大体ティークがその惚気を聞いてるらしいとアルナが教えてくれる。

「ご迷惑をおかけしてます……」

 大事にしてもらえて嬉しいけど、油断したら惚気るのは流石に過保護かもしれない。でも、そんなに想ってもらえたことなんてないから、心がふわふわするけど嬉しいと実亜は思った。

「楽しいから気にしなくていいんですよ。私もミアさん可愛いなって思います」

「え……可愛い?」

「なんだったかな……ソフィアさんのばあやさんと、大量にミアさんの国の料理を作って大変なことになったとか」

 失敗じゃないけど、可愛い失敗談みたいな――アルナはクッキーを食べている。

「ああ、おむすびを作りすぎた時の……」

「そう、オムスビ。大量だったけど、でも、ミアさんの機転でそれを焼いて、サルサで味付けして美味しかったって。私も作り方覚えたいから、ミアさんにお願いしようと思ったの」

 コメは自分の家が経営している商店でも扱っているけど、調理法をあんまり知らないから、どうお勧めすれば良いのか困っていたとアルナは言うのだ。

「作り方ならいつでも……あ、でも帝都に行く間、留守にするので、今日とか明日とか?」

 予定が合えばですけど――実亜はいつもお世話になっているアルナの困りごとをちょっとでも解決したくて、少し積極的に予定を訊いてみる。

「じゃあ、今日と明日で特訓してください」

 まずはコメを炊く? アルナが手順を実亜に訊いていた。


「美味しい――丸めるのは難しいけど、食べる時は食べやすいですね」

 アルナと二人でビリアン家のキッチンを借りてのおむすび作りは上手く行った。アルナは出来上がったおむすびを食べて、満足そうだった。

 コメを炊く行程の火加減とかは少し難しいのだけど、アルナはそれもしっかりと覚えてくれている。

「はい――食べやすいので、私の居た国だと手軽な食事なんです」

 実亜はおむすびを食べながらアルナに返す。また沢山作ったのだけど、今度はアルナの家族や店の人たちが居るからお裾分けするらしい。

「美味しいものが手軽に……だからかな、ソフィアさんも『ミアは料理が上手い。見習いたい』って」

 そんな惚気を――惚気と言うのだろうか、わからないけどアルナが楽しそうに教えてくれた。

「私は必要に駆られて作ってたので……」

「でも、今役に立ってるからいいんですよ。多分、人生ってそういうものです」

 私が言うのも変だけど――そう話すアルナは、しなやかな笑顔だった。

「――ですね。ありがとう、アルナさん」

 実亜はアルナに礼を言いながら、ソフィアの言葉を思い出す。

 この街の人たちは悲しみを知っている――実亜がリスフォールに来て戸惑っていた頃、ソフィアはそう言って慰めてくれていた。

 だからこそ優しい――実亜は心の中で、ソフィアの言葉に付け足す。

 少しの時間を経た不思議な共同作業のような感覚は、離れていてもソフィアと心が繋がったようで、凄く心地の良いものだった。

次から旅に出る予定です。

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