再び会うための約束
(68)
「では、ソフィア様、ミア様。一足先に帝都でお待ちしております」
今日はばあやが帝都に帰る日――ばあやはこれまでリスフォールの友人を訪ねたり、実亜の作る料理を覚えたりの充実した日々だったと笑う。
特に実亜との料理は帝都でも珍しいものや、文献でしか見たことのないものを実際に作れて嬉しかったらしく、ばあやは作る度にメモを取って、ノートにまとめていて研究者のようだった。
「ああ、道中気を付けて。荷物はこれで全部か?」
ソフィアはお土産で一杯になったというばあやの鞄を、帝都まで向かう大きな旅客用の馬車に積んでいる。この辺り、雇い主と使用人という一方的な上下関係ではなくて、しっかりとした信頼が見えて素敵だと実亜は思う。
「ばあやは万全の準備でお二人をお待ちしておりますので、どうぞお二人もよき旅をなさってください」
「はい。よろしくお願いします」
実亜はばあやとしばしの別れを惜しんでいた。実亜を支えてくれる大事な言葉をくれた人――そして、存在を認めてくれた人は、固い握手で「大丈夫ですよ」と優しく笑っていた。
「ソフィア様、ミア様にはご無理をさせず、ミア様の言うことをよくお聞きになって、駄々をこねてはいけませんよ」
ばあやはソフィアにしっかりと言い聞かせるように、そんなことを言い出す。
「わかっている。任せてくれ。む? 私が駄々をこねるのか?」
どういうことだ――ソフィアは力強く了承したものの、不思議そうな顔をして実亜とばあやを見て困っている。
「それでは、帝都で」
もう出発の時刻――ばあやは馬車に乗り込んで、帝都への帰路に着いていた。
「……少し、寂しいです」
ばあやの乗った馬車が護衛の馬車と共にリスフォールから遠ざかって行く。
実亜は隣に居るソフィアに、今の素直な気持ちを話していた。ソフィアが傍に居てくれるけど、その安心感とばあやの居る安心感はまた少し違っていて、また会えるのに寂しい――自分は欲張りになったのだろうかと実亜は少し反省する。
「そうだな。ばあやは話題も豊富だから、実亜も楽しかっただろう」
ソフィアがそっと実亜の肩に手を回して、身体を抱き寄せてくれていた。
「はい。大事なお守りの言葉もいただきましたし、帝都で流行している料理も沢山教えてもらいました」
実亜はソフィアに身体を預けて、少しだけ甘える。リスフォールに来てから少しは強くなれたけど、同時に自分の弱さも知った感じがしていた。
それだけ、人間らしい感情を取り戻せたのかもしれない――なんて、実亜は思う。
「向こうでまた色々と教えてもらえばいい。ばあやのことだからミアのために新しい料理や、新しい話を用意してくれるだろう」
「はい。楽しみにしておきます」
実亜は深呼吸して、笑顔でソフィアに返す。ソフィアも笑って実亜の頭を撫でてくれていた。
「さて、明後日にまた討伐隊の野営に向かうのだが――」
馬車の乗り場からの帰り道――ついでの買い物がてらで商店街を歩きながら、ソフィアが今後の予定を口にしている。
「えっ、今回はそんなに早く教えてもらえるんですか?」
じゃあ、今度の野営はちょっといつもより大変なのかもしれない――実亜は栄養のある献立を瞬時に考えていた。大根おろしソースのステーキなんてどうだろうとか。
「ティークとアルナ殿に『何日か前から言わないとミアさんにも色々と予定がある』と怒られたんだ……今まで申し訳なかった」
ソフィアは決まりが悪そうに謝って、反省している。普段の自信ありげな言動と打って変わって物凄く可愛いし、愛弟子の言うことを素直に聞くところも可愛いと実亜は思った。
「いえ、私はそんな予定と言っても特別に何か用事があるわけでもないので……」
「しかし、食事の仕度だとか、食材の計画などはあるだろう?」
「まあ、でも保存食とか日持ちのする料理にも出来ますし」
冷蔵庫や冷凍庫のような便利な機械はないけど、気温もそんなに高くならない土地だし、一部の調味料を除けば保存食に使えるものも多いし、そこはそんなに困ってはいない。
「……ミアは優しいな、ありがとう」
しかし、反省はしているぞ――ソフィアは買い物をしながら、またちょっと反省していた。
このたび、今作がネット小説大賞の一次選考に通過していました。
ありがとうございます。
弛まず書き続けて行きたいと思います。




