お守りの効果
(67)
「ミア、ただいま――出迎えありがとう」
討伐団の野営が済んで、ソフィアたちが街に帰ってきた。実亜は詰め所の前でソフィアと愛馬のリューンを待っていて、その姿を確認する。
ソフィアの鎧や服は戦いのあとの泥や土で汚れているけど、何処にも怪我はなさそうで実亜としては一安心だ。
「おかえりなさい。ご無事で嬉しいです」
実亜はソフィアの手をギュッと握りしめる。本当は抱きしめたいけど、ソフィアが「泥だらけだから」と、そっと制止していたのだ。
「ミアのお守りのおかげだ――そういえば、不思議なことがあったんだ」
ソフィアも実亜の手を包んで、楽しそうに笑っている。
「不思議な……?」
ソフィアにそのまま案内されて、実亜は詰め所にあるソフィアの執務室について行く。
執務室には豪華な木製の大きな机や色々な本が詰まった本棚があって、いかにも仕事部屋という感じがした。そういえば、実亜がソフィアの仕事場に入るのは初めてだった。
「今回もいつものように魔物が向かってきたんだが――」
ソフィアが鎧を脱ぎながら、話し始める。魔物が向かってくるのはいつものことなのが実亜には驚きだけど、魔物のことを考えたら自分を倒そうと思っている相手だから向かって行くだろう。本当に危険と隣り合わせで、大変な仕事だと思う。
「魔物が私を避けて、他の団員に向かっていたように思う」
ソフィアは何の遠慮もなく、服まで脱ぎ始めて下着姿になっていた。流石に泥汚れが気になるから着替えるらしい。泥だらけでも素敵だと実亜としては思うけど、そういうことじゃないみたいだ。
「強いから避けたんじゃないですか?」
実亜はそんな言葉を返しながら、ソフィアの着替えを少し手伝っていた。魔物にも本能というものがあるだろうし、それなら強そうな相手を避けるのは本能の働きかもしれないとか話しながら。
「そこまでの考えが魔物側にあるのかは難しいが……今までになかったことだから不思議でな。もしかしたらミアのお守りに強い力があるのかもしれない」
ソフィアはそう言うと、胸の谷間からお守りを取り出していた。というかスポーツブラのような下着と胸の間だ。
「あの……そんな場所に?」
「うん? お守りなのだから、肌身離さず大事な場所に持っておかないと駄目だろう」
お守りを優しく握りしめて、その指先で心臓の辺りをトントンと軽く叩いて、ソフィアは得意気に笑っている。
「……ですね」
そう言われると実亜にはそれ以外の適切な場所が思い浮かばない。でも、実亜の世界のお守りだとそんな場所に入れてたら怒られそうな気もする。
お守り――やっぱり難しいものだと実亜は思った。
「いい風呂だった――ありがとう。ミアが居てくれて、私は幸せだな」
詰め所から家に帰ってきて、風呂を済ませたソフィアが部屋着姿でリラックスモードになっていた。張り詰めていた気分も和らいだようで、柔らかな笑顔だ。
「そんな、大変な任務を終えて帰ってくるんですから、これくらいは」
今日は朝から風呂を沸かして、食事を作ってソフィアの帰りを待っていたのだけど、それを一つずつ喜んでくれると実亜としても嬉しく思う。
このあとはソフィアの服を手洗いで洗濯する予定もあるけど、それも頑張れる。
「風呂の用意も食事の用意も、洗濯だって大変なことだぞ? だから礼を言うんだ」
ソフィアは長椅子に座って、実亜を抱き寄せていた。ようやくミアを抱きしめられると呟いている。
「――はい。私も、街を守ってくれてありがとうございます」
まだ街では新入りだけど、ソフィアを始めとして優しい人たちの居る街は実亜の大事な場所だ。
「礼には及ばん」
ソフィアは実亜の頬を指の背で撫でると、凄く愛おしそうに実亜を見つめている。その優しい目と手は、実亜の心を満たすように温かい。
「――私にはお礼を言ってくれるのにですか?」
「ふむ……騎士として街を守ることは当然だから、深く考えたことはなかったな」
ソフィアは「確かにミアの言う通り、礼を受け取ろう」と笑っている。
「私も、ソフィアさんが居てくれて幸せです。でも、まだ幸せに慣れてなくて……いつもふわふわしてます」
「ふわふわ……軽い? 心が浮かれるような落ち着かない感じだな?」
ソフィアは実亜の言葉を丁寧に聞いて、解いてくれていた。
「はい――ひゃあ!?」
実亜の身体が急に浮き上がる。
「それなら、もっと『ふわふわ』というものを感じてもらおう」
ソフィアは実亜を軽々と抱き上げて、ベッドに向かって行く。
「はい。あ、でもお疲れでしょうし、洗濯も……」
早く泥を落とさないと――実亜はソフィアを見つめる。でも、もっとふわふわしたい。実亜は欲張りになった自分を少し面白く思う。
「疲れてはいない。それに、泥汚れは一度乾かしてから泥を払うほうが綺麗に落とせるぞ?」
ソフィアは得意気に小技を教えてくれた。長年の一人暮らしの成果だそうだ。
「そんな生活の知恵が……」
実亜はベッドに寝かされて、身体に優しいキスを受けて、ふわふわした時間を味わっていた。




