お守りと願い
(64)
夕方――気のせいか、この頃は日が暮れるのが遅くなっているような――実亜はソフィアの帰りを待ちながら夕食を作っていた。
ばあやはお守り作りを見守ってくれて、また宿に帰って行き、ソフィアの実家に定期報告の手紙を書くらしい。
まだ会ったことのないソフィアの家族は、どんな人たちなのだろうか。ソフィアの話から考えると、少し面白い人たちなのかもしれない。あと、確実に言えるのは優しい。
何よりソフィアが優しいし、ばあやも優しいから――実亜は作ったお守りを手に握りしめて、ソフィアを想っていた。
「ミア、ただいま」
リューンの足音がしてしばらく、ソフィアが帰って来た。
「おかえりなさい。夕飯出来てます」
実亜はソフィアの外套を受け取って、ハンガーに掛けてソフィアを迎える。ソフィアは実亜の頬を軽く撫でて、「ただいま」と囁くとそっとキスをしていた。恋人とか、伴侶とか、何か線引きがあるわけではないけれど、こういうのも恋人の特権だと思う。
「ありがとう――何か、いいことでもあったのか? 嬉しそうだ」
ソフィアは実亜をしばらく見つめて、そんなことを言う。少しの変化とかもわかるのだろうか。
「え? いいこと……あの、ソフィアさんにちょっとしたプレゼントを作ってました」
実亜はワンピースのポケットに入れているお守りをキュッと握りしめる。
「プレ……?」
聞き慣れない言葉だったのか、ソフィアはもう一度しっかりと実亜の言葉に耳を傾けてくれていた。
「あ、えっと、プレゼント――贈り物です。お守りを作ってて……」
「ふむ――お守り。それはありがたい」
ソフィアは手放しで喜んでくれている。
「でも、そんなに期待しないでください。端切れで作ったものですし」
実亜は慌ててソフィアの期待を少し下げていた。手縫いだし、スーツの端切れだし、お世辞にも華やかなものではないのだと。
「端切れだろうがなんだろうがミアが作ってくれたのだろう? 嬉しいことじゃないか」
ソフィアは優しく笑うと、手を伸ばして実亜を抱き包んでくれる。
「はい……ご飯食べたらお渡しします」
「な……勿体ぶるなんて、ミアも腕が立つようになったな……」
ソフィアが少し拗ねて、でも楽しそうに実亜をもう一度抱きしめてくれていた。
「さあ、プレゼント? というお守りを見せてくれ。催促するのは少々礼儀を失しているのだが」
夕食をいつもより気持ち早く食べ終えたソフィアが、長椅子におとなしく座って、だけど目を輝かせて実亜を待っている。
「そんなに期待されると心苦しいですけど、どうぞ」
実亜はしばらくポケットに入れていたお守りを丁寧にソフィアに差し出す。
三センチくらいのお守りにはリボンを縫い付けて、何処かに着けられるように工夫もしていた。ただ、スーツの生地なので色は華やかではない。
「ありがとう。ふむ……ミアの国のお守りはこういう形をしているのか。袋の形になっているのだな? 少し重いが、中には何が入ってるんだ?」
ソフィアはお守りを丁寧に受け取ると、興味津々で観察している。落ち着いていて良い色だと笑って褒めてもくれていた。
「今は私のスーツの釦ですけど、ソフィアさんの好きなものを入れてください」
私の国では大事にするならなんでもお守りになる――実亜は大雑把に説明をする。
実際、大切に使っているものには魂が宿るだとか言われることもあるのだし、大きく間違ってはいないから大丈夫だと思う。
「好きなものか――ミアを入れておきたいが、そういうわけにも……」
ソフィアは「冗談だが」と言っているけど、わりと真剣な顔だ。
「流石にその中には入れませんから……」
「そうだな。帝国で定番のものだと、恋人や伴侶の髪を数本もらって自分の持ち物に編み込んだりするのだが」
ミアのお守りだと中に収まるからいいな――ソフィアは実亜の髪を撫でている。
「……じゃあ、それで。ソフィアさんがいいならですけど」
実亜は自分の髪を手櫛で少し梳いて、何本か抜いて、絡んだ髪を綺麗にまとめていた。そこそこのセミロングなので、それなりに編める長さだと思う。
「いいのか? それなら、私の髪と編んでこの中に収めよう」
ソフィアは自分の長い髪を何本か抜いて、実亜の髪と素早く編み込んでいた。こういう編み方もばあやに教わったらしく、慣れた手つきだった。
「――これで、更に素敵なお守りになったな。大切にする」
ソフィアは編み終えた二人の髪をお守りの中に仕舞って、願いを込めるように握りしめている。そして、実亜に笑いかけていた。
実亜もお守りを握るソフィアの手に自分の手を重ねて、ソフィアのこれからの無事と、健康を願っていた。




