お守り
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実亜は帰宅して、買ってもらった服を旅行用の鞄に詰めていた。
ソフィアはその間に二人分のお茶を入れてから、ゆっくりと携帯用の片刃の小剣――ナイフを研いでいる。大きな街道を進むから安全だけど、一応旅路には必要な装備なのだそうだ。そういえば、買い物の時に「ミアの分だ」と、追加していたような――使いこなせるだろうか。
「ミアの荷物もいい感じに鞄に収まるな――そうだ、ミアのスーツだったかは入らないか?」
ソフィアは時々実亜の様子を見に来てくれて、服の効率的なたたみ方や、鞄への詰め方なんかを教えてくれていた。
「まだ余裕があるので入りますけど、持って行きますか?」
「珍しい服だし、母上は喜ぶと思う。ミアがいいなら母上に見せたいのだが」
「わかりました。ソフィアさんのお母様って、服がお好きなんですか? あ、そういえば前にお店ごと買って来たって……」
実亜はクローゼットからスーツを取り出して、くるくるとコンパクトにたたんで丸める。
スーツだから本当は専用のケースで皺を作らないように持ち運ぶのが良いのだろうけど、実亜の持っているスーツは元々高級なものではないから、ちょっと手荒に扱っても大丈夫だ。
「うむ。華美な服は好まないのだが、珍しい服が好きらしい。我儘を聞いてくれてありがとう」
ソフィアは実亜の頭を軽く撫でて、少し苦笑いでお礼を言ってくれていた。
「いえ、我儘なんて思ってないです。でも、喜んでもらえますか?」
実亜には見慣れたスーツ、だけどこの世界では珍しい服――少しの面白さを感じる。
「大丈夫だ。母上は確実に喜ぶ。準備はこれくらいだな。あとは魔物の討伐を一、二回済ませたら出発だ」
「え、あ……そうでした。雪解けの時期に魔物が活発になるんでしたね」
実亜は眠る前にベッドの中で何度か聞いた、リスフォールの話を思い出していた。
この世界の魔物という存在は、冬の間はおとなしく、雪解けと共に活発に動き始める。実亜の居た世界に当てはめると、たまに人里に現れるヒグマやイノシシとかと似た感じだろうか――
ヒグマもイノシシも凶暴だし、人が迂闊に立ち向かえない脅威だけど、魔物はそれよりもっと凶暴な生物みたいだった。
「そうなんだ。先遣隊の報告だと例年並みではあるらしいが、いつも通り討伐団を編成して叩くしかないな」
近いうちに、また数日家を空ける――ソフィアは実亜を安心させるようにそっと身体を擦ってくれている。
「少し心配ですけど、大丈夫だって信じてます――って、言ったら負担ですか?」
この気持ちが形に見えたらいいのに――実亜は笑ってソフィアにもたれて少し甘えていた。
「何を言う、信じてくれて嬉しいぞ? 信じてくれる人がこんなに近くに居るのは、幸せだ」
ソフィアが実亜の頭を腕で抱え込んで、額に唇を寄せる。
「……はい。私、いつでもソフィアさんを信じてますし、頼ってます」
「ああ、沢山頼ってくれ」
「はい」
実亜は目を閉じて、包まれる温度をもっとしっかりと感じていた。
翌日――ソフィアは騎士団の仕事に出かけて、実亜は旅行用の鞄に詰めていたスーツを取り出していた。確かポケットのミニ財布のほうに、補修用の端切れを入れたままだったはずだから。
「あったけど、小さいかな……」
五センチ角くらいの端切れは、スーツと同じ生地――予備のボタンも付いているから、ずっと入れておいたものだけど、実亜には考えがあった。
この端切れを使って、信頼と願いを形に出来るお守りが作れたら――なんて考えだ。
効果も御利益も何もないものだけど、この世界では貴重で珍しい生地を使えば、もしかしたら、万が一、何かが作用してソフィアを守ってくれるかもしれないから。
そもそも、自分がこの世界にどうやって来たのかだって、まだ不思議の中だし、それならいっそ、その不思議にあやかってもいいかもしれないと思ったのだ。
実亜が端切れを手に、どうやってお守りを作ろうか考えていたら、玄関がノックされる。
「はい――」
実亜が玄関に向かうと、ばあやが居た。
「ミア様、ご機嫌麗しゅう。旅支度はもうなさったのかと思いまして」
「はい、昨日ある程度の荷物をまとめて――でも、出発はもう少し後になるみたいです」
実亜はばあやを家に招き入れて、お茶の用意をする。
「ええ、魔物の討伐がまず第一――ミア様にはご心配をおかけします」
ばあやは「昼食を買ってきましたので、ご一緒に」と、テーブルに包みを出していた。
「いえ、そんな。あ、ばあやさん、リスフォールとかルヴィックには『お守り』ってありますか?」
お茶を入れて、実亜はばあやに訊いていた。
「お守り――ございますよ。ソフィア様は剣の柄に生まれ月の守護石をあしらっていますね」
この世界にもお守りというものがある――実亜は一つ安心していた。だけど――守護石と言うことは宝石とかのことだろう。
「守護石……そういう、宝石とかでないとお守りにはならないですか?」
それなら布で作ったお守りだと、渡されても少々心許ないかもしれないなと実亜は思った。
「いいえ、お守りは人それぞれ――ミア様、何かお考えがございますか?」
ばあやの目がキラッと光った気がした。そして、図星だ。流石に百五十歳だけあって、まだ二十四歳の実亜の考えなんて手に取るようにわかるのだろう。
「あの、その……私の着ていたスーツの端切れなんですけど、お守りを作れたらって思いまして」
実亜は端切れを差し出して、ばあやに手渡す。
「スーツという服はソフィア様から伺っておりますが、これは、なんとも珍しい――」
軽いのに頑丈で、手触りもいい――ばあやは端切れを丁寧に触っている。ばあやでも今までに見たことのない素材らしい。
「ミア様、この布地でソフィア様にお守りを?」
「はい……でも――」
「ミア様! それは、是非お作りください! ソフィア様は必ず大喜びで受け取ってくださいます」
ばあやがテーブルに身を乗り出して、興奮気味に実亜を説得する勢いだ。
「あ、あの……布のお守りでも大丈夫なんですか?」
実亜は勢いに押されながら、ばあやに確かめていた。
「大丈夫も何も、ミア様の心がこもったお守りに喜ばないソフィア様ではございません」
ましてご自身の大切な服の一部を元に――ばあやは一旦落ち着いて、お茶を飲んでいた。
「じゃあ、作ります」
実亜は家にある裁縫セットを持って来て、お守り作りを始める。
ばあやは興味深そうに実亜のお守り作りを見守って「勉強になります」と言っていた。




