旅支度の買い物
(62)
「やっぱり、春に向けての服って軽くて着心地がいいですね」
商店街の一角にある衣料品店は、飾られている服も棚にある服もすっかり春の色合いをしていた。淡いパステルレッドのワンピースは、実亜の心まで軽くなりそうなくらいふわっとしていて、着心地も良い。
「まだ薄手の外套は着なければならないが、身も心も軽いだろう? あっ、軽いことを『ふわふわ』と言うのだったか?」
ソフィアは次に着せたいらしい服を手に持って、楽しそうに実亜を見ている。
「はい、素敵な服で気分もふわふわしてます」
「そうか、よく似合っている。この色はどうだ? これもミアに似合うと思う」
今度はTシャツのような感じの服――襟元に三段くらいボタンが付いているからヘンリーネックのシャツになるのだろうか。パステルブルーのちょっとゆったりした七分袖で、手触りもいいからこれも着心地が軽そうだ。
「可愛いですね。どっちにしましょう……」
実亜はワンピースの試着を済ませて、着替えて試着室から出ていた。
試着もしたし、ワンピースのほうを買うのが礼儀だろうか――なんて考えながら。
「遠慮するな。両方とも私が買う」
ソフィアは凄く張り切って実亜に笑いかけている。自分はあまり服を買わないし、こういう買い物も楽しいのだ――と。
「でも……もう春用の乗馬服を二着も買ってもらってますし」
同じ服でも馬の鞍に乗る時にすぐに生地が擦り切れてしまわないよう、内腿に皮が張ってある乗馬用のズボンはそこそこお高い買い物になる。勿論、値段の分長持ちはするけれど。
「気にすることじゃない。ミアの可愛い姿は決して金では買えないのだから」
ソフィアはキリッと言い切っている。そんなに言い切られたら恥ずかしいけど凄く嬉しい。
「……じゃあ、どちらか一着だけお願いします」
「ああ、任せてくれ」
ソフィアは楽しそうに、店主に追加で買う服を渡していたのだった。
あれから、結局ほとんどの旅支度の買い物費用をソフィアが出していた。ソフィアはそれでかなり満足らしいのだけど、実亜としては申し訳ないような、嬉しいような落ち着かない気分だった。
何かお返しになることはないだろうか――実亜は考えながら、ソフィアと商店街を歩いていた。
ふと、菓子店の通りに差し掛かった時、氷菓子の店が目に入った。牛乳を凍らせながら攪拌したソフトクリームのような冷たい菓子は、まだ寒さの残るリスフォールでも人気だった。
「ソフィアさん、これ食べません?」
実亜はソフィアを誘う。この氷菓子は持ち帰りが出来ないので、商店街に来た時限定のおやつだ。
「ああ、いいな。二つもらおうか――」
「私が払いますね」
ソフィアが代金を出すよりも早く、実亜は二人分の代金を店員に払っていた。
「む……まあ、いいか。ご馳走になる。ありがとう」
苦笑いで答えたソフィアは、氷菓子を受け取って実亜に先に渡してくれる。そして、自分の分を受け取ると、早速一口食べて「美味しいな」と実亜に笑いかけてくれていた。
実亜も頷いて氷菓子を食べる。冷たくてほんのり甘くて美味しい。
「――私があまりにも沢山買い物をするから、気を使ってくれたんだろう?」
ソフィアは通りの邪魔にならないところで氷菓子を食べながら、実亜の唇の端に付いていたらしい氷菓子を指先で少し拭って、静かに笑う。その表情は仕方ないなという感じで、でも優しくて温かい。
「え? えっと……少しだけ。沢山買ってもらいましたし、それでなくてもソフィアさんはいつも大事にしてくださるので……」
このくらいじゃお礼にはならないけど、いつも感謝してます――実亜はソフィアに頭を下げていた。
「ふむ……伴侶を大事にするのは当然だと思うが、ミアは優しいんだな――こちらこそ、いつも傍に居てくれて感謝している」
ソフィアは実亜のお辞儀を真似て、実亜に返してくれる。リスフォールでは――というか、この世界ではお辞儀はあまりしないから、ソフィアにはちょっと不思議な仕草になるだろう。
それでも、合わせてくれて、こちらのことを知ろうと努力してくれて、そういうのも実亜には全部嬉しい。
「どうしましょう……」
「どうした?」
「嬉しいことだとか、大好きなことだとかが凄く溢れて……何故か泣きそうです」
でも、外で泣いてたら変に思われるから我慢――実亜は涙をグッと堪えていた。
「じゃあ、こうしよう」
「わ……!?」
ソフィアの腕が実亜の身体を包む。氷菓子には当たらないように、上手く包み込んでいた。
「泣きたい時は泣けばいい。私がいつでも隣に居て、ミアの涙を受け止める」
「はい……格好いいです。ありがとうございます」
「これでも騎士だからな」
ソフィアは少し得意気に笑うと、氷菓子を食べながら実亜の涙をしっかりと受け止めてくれていた。
支払いは任せろー




