旅支度
(61)
「こんな大きな鞄にぎっしり荷物……リューンたちが重くないですか?」
実亜は旅支度をしながらソフィアに訊いていた。出発はまだ先だけど、今日は準備の準備だ。
帆布のようにしっかりした布地で作られた馬用の鞄は、特大のボストンバッグにベルトが付いていて、鞍の後方にくくり付けるもの――この他にも貴重品や数日の食料と水を入れる鞄もある。
「人がこれを持って旅路を行くには流石に重いが、馬ならこれくらいは大丈夫だ」
二人乗りが出来るくらいは力があるからな――ソフィアは荷物を詰めている。温かい地域に向けての旅だから、服も真冬に着ていたものより薄手で軽いものが多い。
「着替えは宿で洗濯をしながらだから、案外まとまるだろう?」
ソフィアはそう言いながら、手際よく服をたたんでバッグに詰めていた。
バッグの三分の二くらいが服で埋まっている。布だし、一杯に詰めてもそんなに重くはならない――長旅で馬の負担を考えると軽い方が良いだろうから、実亜は安心していた。
「そういえば、実亜の服も新しい物を買わないとな。このあとで行こうか」
春の服も服屋に並んでいるだろう――ソフィアは荷造りをしながら実亜に笑いかけている。
「え、私は今の服で……」
「乗馬服が一着だけでは困るぞ? 雨よけの外套も必要だし、何より南のほうに行くには今の服では暑い。他にも鞄だって――」
ソフィアはキリッとした表情で、実亜を説得する勢いだ。
「それなら、私が自分の給金で買いますね」
生活をしてる上での費用はほとんどソフィアが出しているし、実亜自身あまり買い物をしないからそれなりに貯金があるし、そもそも自分のものを買うための給金なのだし、使えるところでは使ってしまおうと実亜は思っていた。
「う……うむ。私にも何着か買わせてくれないか? ミアの可愛い姿を見たい」
ソフィアは自分の胸に手を当てて、笑顔で実亜を説得しようとしている。
「――じゃあ、何着かお願いします」
ここは甘えて大丈夫なところだから、実亜は約束をしていた。
「さて、こんなところかな。一応持てるくらいの重さだな」
ソフィアが旅の荷物を詰め終えて、一杯に詰まった鞄を両手で抱えている。ほとんどが服だから、そんなに重くなっていないらしく、ソフィアが「持ってみるか?」と実亜を見る。
「はい、えい! わ……!」
実亜が気合いを入れて持ち上げた鞄は思いのほか軽く、勢いを付けて持ち上げたそのまま投げそうになってしまった。
「元気がいいな」
ソフィアが実亜と鞄を受け止めて笑っている。
「思ってたより軽くて……」
「これならリューンたちにも安心だろう? 他には野営の道具もあるが、小さいものだ」
バッグごと実亜を抱きしめてしばらく、ソフィアは納得したのか腕を解いていた。
「はい……その、安心です」
もう少しギュッとしていてほしかったけど、実亜はちょっと我慢していた。いつでも一緒に居られるのだし、その辺りは匙加減なのだろう。
「よかった。それじゃあ実亜の服を買いに行こうか」
ソフィアは実亜の頭を撫でて、楽しそうに笑うのだった。
「はい。買い物デートですね」
実亜は自分の鞄を持って、ソフィアと玄関に向かう。
「買い物デート……買い物はわかるが、デートはどういう意味だ?」
ソフィアが出かける準備をして、実亜に笑いかけていた。「ミアの言葉は楽しい」と言って。
「えっと――デートは、恋人同士が二人で一緒に過ごしてお出かけすること……?」
「成程。それなら、ミアとは毎日がデートというものじゃないか」
ソフィアは自信たっぷりに「ミアの言葉をまた一つ知った」と笑っている。
「本当ですね……」
毎日一緒に居るのはなんて言うんだろう――実亜が首を傾げるとソフィアが更に笑っていた。




