故郷というもの
(58)
「ただいま。ミア、今日は卵を持っている干し魚を――どうしたんだ?」
夕方になり、ソフィアが仕事から帰って来た。ソフィアは手に買い物袋を抱えて、ダイニングテーブルで向かい合っている実亜とばあやを見て、テーブルの上のおむすびの山を見て、不思議そうにしている。
「おかえりなさい。あの……ばあやさんとおむすびを作る練習をしてました」
実亜はソフィアの元に行って買い物袋を受け取る。そして、今日の説明をしていた。
ばあやと二人で大量にコメを炊いて、おむすびを作っていたのだと。
「成程、練習の成果というわけか。一、二――」
十個はあるな――ソフィアが嬉しそうにおむすびを数えている。
「ミア様と私で半分は食べられたのですが、なかなかの強者でして」
「ふむ、オムスビは食べやすいが意外と腹持ちがいい。しかし、私は今日、しっかりと訓練をして来たところだ。空腹の身にオムスビが眩しいな」
ソフィアは凄く素敵な笑顔でおむすびの山を見ていた。山と言っても三人で食べられるけれど、既にばあやは七個も食べているし、実亜も五個くらい食べているから、少し大変だ。
「流石ソフィア様です」
ばあやはこれで安心ですとお茶を飲んでいた。
「何か買って来たって仰ってましたけど……」
実亜は受け取った買い物袋をちょっと探る。中にはメザシのような――でもちょっとふっくらしている魚だ。
「ああ、卵を持っている小さな魚を干したものらしい。そのまま焼いて食べるんだそうだ」
金属の網もついでに買って来た――ソフィアは嬉しそうに調理器具を取り出していた。
格子状の網の下には火加減を適度に調整出来るトレイが付いていて、魚だけでなく焼きおむすびも出来そうだ。
卵を持っている魚で、干してそこそこ保存出来る――実亜の知る限りでは、ししゃもだ。袋から魚を取り出して観察すると、よく見るししゃもではないけど、ししゃもっぽい。
実亜たちが食べているししゃもは違う名前の魚だとも聞くし、こっちが本物なのかも――
「これ、多分ししゃもです。直火で焼くと美味しいんですよ。おむすびにも合います。すぐに焼きますね」
実亜は焼き網とししゃもを手に、コンロに向かう。幸いなことに使い方は良くわかる。
「頼めるか? ありがとう」
ソフィアはそう言いながらも手伝いのためにキッチンで皿やトングを用意してくれていた。
「あ、あの……わりと食べられる料理で焼きおむすびっていうものもあるんですけど……」
おむすびも冷めているし、ちょっと変わり種でどうですか? 実亜はソフィアとばあやに訊いていた。
「ほう、オムスビを焼くのか? それは興味深い」
「まだそんなお料理があったとは……ばあやは新しい知見に感激しております」
ソフィアとばあや、二人揃って楽しげに快諾してくれる。
「じゃあ、おむすびも焼いてみます」
まず、おむすびから――実亜は冷めてしっかりとしたおむすびを焼き始めていた。
「む、焼いたオムスビにサルサを塗るのか?」
ソフィアが実亜の手元を見て驚いている。
おむすびにいい感じの焦げ目が付いて、実亜は皿に取り出したサルサ――リスフォールの醤油――をおむすびに薄く塗って、また少し焼いていたのだ。
「はい。少し香ばしくなって、食べやすくなるんです」
「ふむ、美味しそうないい香りだ――成程、ミアの故郷はこんなに美味しそうなものが沢山あるのか」
醤油の焦げる香ばしい匂いがふわっと広がって、ソフィアが頷いている。
「ソフィア様から煮込みにサルサを使うとは伺っておりましたが、焼いてもいいのですね」
ばあやが「勉強になります」と焼きおむすびを見ていた。
「はい、私の故郷では結構使う調味料なんです」
今、故郷ってサラッと言えた――実亜はここに来てからの生活で変化したことを感じる。
辛いことが多かったけど躊躇いなく「故郷」と呼べる程度には、リスフォールで癒やされて、強くなれたのかもしれない。
「はい、これで出来上がりです」
熱々の焼きおむすびを皿に置いて、実亜は空いた網でししゃもを焼き始める。ししゃもは軽く炙るだけでも食べられるから、さっと焼いて皿に乗せる。
豪快な弁当みたいになっているけど、これはこれでアリかもしれない。
「美味そうだ――おっと、美味しそうだ」
行儀の悪い言葉だったな――ソフィアはばあやの顔色を伺っている。礼儀や作法を重んじる騎士だから、その辺りは厳しいのだろう。
「いいのですよソフィア様。美味しいものの前には行儀作法など無意味――美味そうです」
ばあやがキリッと言い切っていた。
「では、まだ温かいうちにいただこう――美味いな……」
ソフィアは焼きおむすびを一口食べて、焼けた表面の歯触りがいいし、味もいいと頷く。
「美味しいです。ミア様、このばあや感激をしております」
ばあやも焼きおむすびとししゃもを食べて、これはいいと太鼓判を押している。
「いえ、そんな……私もいただきます」
二人を見守っていた実亜も焼きおむすびを食べる。表面はパリッとこんがり焼けていた。元々のコメやサルサが美味しいからかもしれないけれど、実亜の予想よりも何段か美味しい。
ししゃもも、ふっくらとして魚ならではの味――なんとなく懐かしく感じる。
昼にあれだけおむすびを食べたのに、まだ入るから不思議なくらいだ。
「どうだ? ミアには懐かしい味か?」
「はい。懐かしくて、思い出すとちょっと悲しくて。でも今は凄く楽しいです」
優しい人たちに巡り逢えて、楽しく食事をして――実亜が経験したことの無い温かさで。
「そうか――私も楽しい。ミア、ありがとう」
ソフィアが嬉しそうに笑って焼きおむすびを食べながらお茶を飲んでいる。お茶とも合うのだなと新発見をしながら。
「まあまあ……お二人仲睦まじくお過ごしで、ばあやは嬉しゅうございます」
ばあやはマイペースにししゃもを食べて、焼きおむすびを食べて、納得の表情だ。
「む……まあ、仲はいいな」
ソフィアは照れながら実亜を見ている。目が合うと、照れ隠しのウインクをしている。
「……はい」
実亜はソフィアに笑顔で返して、温かい食卓を心から味わっていた。
「焼きおむすび」より「焼きおにぎり」のほうが語呂がいいですね。
不思議です。




