故郷の味
(57)
「ミア様。今日はたってのお願いがございます。このばあやにオムスビをお教えください」
ソフィアが仕事に向かって、昼前にやって来たばあやが神妙な面持ちで実亜にお願いをしていた。
「え、おむすびですか? どうなさったんですか?」
そんなに畏まってお願いするものでも――でも、コメは貴重なものだし、実亜の文化を尊重してくれるソフィアやばあやならこうなるかもしれない。
実亜はばあやに丁寧に返しながら思っていた。
「このばあや、長年生きてきましたが、オムスビという食べ物を見たことがなく、そして何よりミア様の故郷の味――つきましてはクレリー家にも大事な食べ物故、知りとうございます」
ばあやがクレリー家の食事に加えたいと言う。
「あの、南のほうのチマキとかに似てますよ?」
「ええ、旧知の友人にも尋ねて二人で文献を調べていたのですが、手がかりはチマキとニギリメシというものだけでした」
あとはオハギというもの――ばあやは友人と丸二日かけて、似たような食べ物が記された本を読み解いていたというのだ。
「あ、それです。おむすびは握り飯の別の名前です」
ちょっと昔の人とかワイルドな人だと握り飯と呼ぶだろうし、実亜も聞いたことがある。こちらの世界では江戸時代辺りから来た人も居たらしいから、握り飯という呼び名が残っていても不思議ではない。
「では、コメを少なめの水で炊き上げて、手で握るということで合ってたのですか?」
ばあやが「それなら作り方は覚えて来た」と喜んでいる。
「はい、手で握るから握り飯――飯はコメを炊いたものを言う時にも使う言葉です。『おむすび』は『おにぎり』とも言うんです」
他にも食事全般を「飯」と言うこともある――実亜はばあやに説明をしていた。
「――このばあや、深く納得しています。では、ミア様のオムスビをお教えくださいませ」
コメはここに! ばあやは二キロくらいのコメを取り出している。
「はい。えっとコメの炊き方は――」
実亜はちょっと嬉しく、楽しく、おむすびのレクチャーを始めていた。
「ミア様のように綺麗に三角に出来ませんね……」
コメが炊けて、少し粗熱を取ってから実亜はおむすびを作っていた。
手を少し水に濡らして、塩を薄く手に広げて、まだ熱さの残るコメを軽く握る一連の動作をばあやに見せる。
ばあやも真似をして握り始めていたが、三角にならず、丸い、少し厚めの円盤形になっていた。その形でも間違いではないのだけど、ばあやは実亜の三角形のおむすびが良いらしく、試行錯誤で何個もおむすびを作っている。
「手で角を作って軽く握る感じで――あっ、今の感じです。それで何度か軽く……そうです!」
実亜は「手をこう」と、くの字にしてばあやに説明をしていた。ここまで来たら三角形のおむすびを覚えてほしい。幸いにもコメは沢山あるし。
「なんとか少し会得しました……これは、ミア様は弛まぬ努力を重ねてきたのですね……」
ばあやはいい感じに三角形になったおむすびを皿に置いて、満足そうだ。
「え、いえ、そんな。必要に迫られて……」
「必要に迫られて仕方なくだとしても、立派な技能でこざいます。このばあや、いい勉強になりました」
それにしても沢山出来ましたね――ばあやはおむすびの山を見て、実亜を見て笑っていた。
実亜は作ったばかりのおむすびをばあやと二人で食べながら、おむすびの中には具を入れることも多いと説明していた。
「では、オムスビの中に焼いた魚をほぐして入れることもあるのですね」
それはそれでまた作るのに技術が――ばあやはおむすびを食べながら、未知の味に感激している。
「はい。他にも塩で漬けた野菜とかも入れたりします」
おむすびは弁当――携行食にもなるので、出先でおかずがない時や、梅干しという食べ物だと保存が利くこともあるし、可能性は凄いのだと実亜は話していた。
「オムスビ一つで食事が済むように。なるほど、生活の知恵というものは素晴らしいものです」
しかも美味しい――ばあやは自分で作った不格好な形のおむすびと実亜が作った味噌汁を楽しんでいた。不格好でも美味しいし、綺麗に出来たものはソフィア用に置いておくと言う。
それにしても、そんなに褒められると、実亜としてはくすぐったい。自分には普通のことだったけど、それでも喜んでくれる人は居るのだと少し嬉しくもあった。
「しかし、ミア様――このオムスビの山、如何しましょう?」
ばあやが山盛りのおむすびを見て、美味しいので五つくらいは食べられますけれども、と言っている。実亜から見て二キロ近くのコメを炊いたものだから、相当の量――これは自分も張り切って食べないとなと実亜は思った。
ばあやもワクワク。
米は一升(十合)で約1.4kgなので、2kgだと十四合くらい=茶碗28杯くらいです。
おむすびだと二十個くらいなので、食べられない量でもないですね。(でも多いですよ)
ところで、実亜とソフィアの初めての様子を書いたものがあるんですけど、どうしましょう。
(宙に問うスタイル)




