居場所
(55)
今日はソフィアが朝から仕事だった。
冬で魔物が出なくても事務仕事があるらしく、騎士の仕事というのも大変なのだなと実亜は思う。
訓練して魔物と戦って、その戦う部隊を編成したり、報告書とかを書いたり――緊急の時以外はゆったりと仕事は出来るらしいのだけど。
そして、実亜は実亜で今日は馬小屋の掃除をしていた。
敷藁を綺麗なものに取り替えるのはなかなかの重労働――だけど、全ての作業を終えて、リーファスのブラッシングをしている時はやり遂げた感じがする。
リーファスも嬉しそうだし、馬を撫でるのは仲良くなれる時間だとソフィアが言っていた。
実亜はソフィアに教えてもらったやり方で、リーファスの耳をブラッシングする。
リーファスはモゾモゾとくすぐったい顔をして、嬉しそう――そして、可愛い。
実亜がブラッシングを止めると「もっと」と軽く足でステップを踏んでおねだりするのも可愛いかった。
「リーファス、可愛いね。いい子いい子」
馬にもこんなに表情があって、こんなに人に懐いてくれるなんて、前の世界だったら一生知らずに過ごしてたな――実亜はリーファスをブラッシングしながら思う。
此処に来てから、知らない新しいことが沢山で、楽しくて。もしかしたら、実亜がずっと探し求めてた居場所は此処だったのかもしれない。なんて。
「はい、毛並みのお手入れ終わり。綺麗になったよ?」
リーファスのブラッシングを終えて、次は家の掃除だ。実亜は家に戻っていた。
此処に来てから、なんとなくだけど体力も付いた気がする――よく歩くし、基本的に身体を動かす家事が多いからだろうか。
実亜は箒を持って、家を軽く掃き掃除していた。
「ただいま。リューンの馬房も掃除してくれたようで助かった。ありがとう」
夕方――日が暮れる手前でソフィアが帰ってきた。今日は一日書類を処理する仕事で変に疲れたと笑っている。
「おかえりなさい。掃除するなら一気にって思って」
実亜は作り終えていた夕食を温めるために、キッチンに向かう。
「しかし、重労働だろう? 体調は変わりないか?」
ソフィアはコートを脱いで、手を洗って、実亜の傍にやって来る。
「はい、大丈夫です。私、わりと体力あるみたいで」
「そうか、まあ、無理はしないで適度に休むんだぞ?」
ソフィアは優しく笑うと実亜の頭を軽く撫でてくれる。人前では出来ないことだけど、家では別だと決めているようだった。
「……んん、なんかソフィアさんにナデナデしてもらえたら元気になれます」
煮込んだ野菜スープを温め直しながら、実亜は優しい手に甘える。
「ナデナデ……ううむ、撫でるが二つだから……沢山撫でるといいのか?」
実亜の言葉はいつも可愛いな――ソフィアはもっと頭を撫でてくれていた。
「あ……はい。今みたいに撫でるのをナデナデって言ったりします。でも、大人だとあんまりしてもらえないです」
「まあ、淑女に対して頭を撫でるのは、この国でもあまり……いや、しかしミアには何故かナデナデというものをしたくなる」
ソフィアはそう答えると、温め直しをしていたコンロの火を消す。そして、実亜の顔を覗き込んで、艶っぽく笑う。
「それに――ナデナデだけでは済まない気もするな?」
ソフィアがそっと囁くと実亜の肩を支え、膝裏に手を差し入れて、グッと実亜を抱き上げていた。
「え、ひゃあ?」
これはお姫様抱っこというもの――実亜は思わずソフィアに抱きつく。
「もっとしっかり私に抱きついてくれ――でないと落ちる」
ソフィアは実亜のこめかみにキスをすると、そのまま寝室のほうに向かっている。
「は、はい……」
実亜は言われるまま、ソフィアにもっと強く抱きついていた。
「あ……」
ベッド――寝床にそっと実亜を寝かせると、ソフィアは実亜の髪を撫でて、唇に甘いキスをしてくれる。
「ミア――もっと沢山ナデナデをしていいか?」
実亜の身体に少し覆い被さって、ソフィアが囁いていた。
もっと撫でたい――触れ合いたいと、ソフィアは実亜の首筋にもそっと唇を寄せる。
「はい――沢山、ナデナデしてください」
実亜は甘い囁きに誘われて、ソフィアの額にキスを返す。
「ミア――愛してる。可愛いミア」
それはもっと甘い囁きで――実亜の心を優しく絡め取っていた。
自分が求めていた居場所は――ソフィアの腕の中なのだと実亜は強く実感する。
だから、ずっと――実亜はソフィアの甘い唇と、撫でる手を身体に受けながら、この幸せを感じていた。




