結婚式の準備
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「ところで、ソフィア様とミア様の結婚式はどうなさいます?」
翌日の昼――ばあやがお菓子の手土産と共にやって来ていた。そして、二人にそんなことを訊く。準備は早いほうが良いから、まずは式を挙げるのか挙げないのか、そこからの質問だと言う。
「え?」
急に言われても、実亜の中には結婚式というもののイメージがあまりない。この前行った舞踏会をもっと派手にしたものだろうか――わからない。
そういえば、修学旅行で行った神社で結婚式をしていたのを見たことがある。間近で見たのはそれくらいだ。見学した記憶も、もうそこそこに朧気だけど。
「私は家族にミアを紹介してから、リスフォールで正式に挙げたいと思っているのだが」
此処は私の第二の故郷のようなもの――ソフィアはばあやに話している。ばあやもよくわかりますと頷いて、手土産のお菓子を食べていた。小さなシリアルバーのような感じのお菓子だった。
「ミア様はそれでよろしゅうございますか?」
ばあやは実亜の出したお茶を飲んで、優しく実亜に訊く。
「え? あ、あの、リスフォールの結婚式ってどういったことをするんですか?」
実亜は結婚式のイメージを必死で思い出すために、ソフィアとばあやの二人に訊いていた。実亜にはあまり馴染みのなかったことだから、教えてもらうしかない。
「互いを支えると神の元で誓い合って、家族や友人に婚姻の契を交わしたことを宣言するんだ」
ソフィアが優しく笑うと実亜の手をとって「騎士の誓いはしているが、それよりも格式張っている」と、手の甲にキスをする。
「はい……あの、本当に私で良いんですか?」
「ミア以外に誰が私の伴侶になるというのだ。ミア、私と共に生きてくれないか?」
ソフィアは実亜の手を優しく、強く握りしめて、輝くような笑顔でまたプロポーズをしている。何度も――実亜にその強い想いをしっかりと教えてくれるように。
「わ、私だってそのつもりです。でも、結婚式とか――私には勿体なくて」
言いながら実亜は思った。あまり想像が出来ないのは、自分には勿体ないからだ。そんなに華やかな場所は、楽しいけど自分には勿体ないと思うのだ。
「ミアは控えめなのだな……そうだな、私の家の見栄もあるから、形式だけでも式を挙げたいと言えば受けてくれるか?」
ソフィアは少し考えてから、実亜に負担のかからない言い訳――優しい言い訳を口にしている。
「――はい、お受けします」
実亜はソフィアを見つめて答えていた。
「まあ、お二人仲睦まじくていらっしゃる。ばあやは感激いたしております」
ばあやが物凄くいい笑顔で二人を見守ってそんなことを言うので、実亜はソフィアとまた顔をしばらく見つめ合って、少し照れながら二人で笑う。
「――ミアの国ではどういった結婚式なんだ? 出来れば取り入れたい。辛いことも沢山あっただろうが、ミアの故郷でもあるから大事にしたいのだが」
二人で気を取り直して、ソフィアが「ミアの意見も聞かなくてはな」と話を進めていた。
「え、えっと、私の国だと……大体同じですけど……あ、二人で同じ器のお酒を交互に飲んで契約みたいなことをしたりとか」
実亜はイメージの中の結婚式を思い出していた。こちらでも実亜の居た世界と同じで、あまり大きな違いもないみたいだし、何か違いがあるならその儀式だ。
実亜は昔見た神社での結婚式の様子を思い出しながら答えていた。洋風の結婚式より、多分和風のものを求められているだろうから、そっちを積極的に思い出すことにしたのだ。
「ほう、酒を酌み交わすのか?」
「はい。私の居た国はお酒が神聖なものだったりもするので、神社っていう神様を祀る……神殿? みたいな場所に供えたりもします」
普段何気なくあったものだけど、神社の説明もなかなか難しい。実亜はこちらにありそうな施設に変換してみたけど、そもそもリスフォールに神殿があるのかもまだ不明だ。
でも、女神様とかは居るみたいだから、あまり変わらない感じで受け止めてもらえるだろう。
「ふむ、神殿には酒は欠かせないものだな。成程」
ソフィアは実亜の説明で理解してくれたらしく、深く納得している。
「そういえば、百五十年ほど前に現れた女神様も酒を大事にしていたと」
一部では魔物を払うという言い伝えも――ばあやがそっと教えてくれていた。
「成程、じゃあ酒を酌み交わそう。酒はやはり南のほうの酒だろうな……美味そうだ」
ソフィアは南のほうの酒を思い浮かべているようだった。
「それでは、結婚式の準備などは、このばあやにお任せください。ミア様のご希望通り、あまり華美にならず、慎ましやかに――」
まるでミア様のお人柄のよう――ばあやはそう言って嬉しそうにスキップで宿に戻って行った。
「ばあやさん、張り切ってくださってますね?」
雪道をスキップするのはなかなか凄い。それだけソフィアの晴れ姿が嬉しいのだろうし、実亜を歓迎してくれているから、実亜としても嬉しいのだけど。
「ああ、ばあやはああ見えて賑やかなことが好きだからな。嬉しいのだろう」
実亜と一緒にばあやを見送っていたソフィアが「困ったものだ」と嬉しそうに笑っている。
「ソフィアさんも、嬉しそうです」
「嬉しいに決まっている。これからの人生をミアと共に生きられるのだから」
ソフィアは実亜の身体を背中側から抱きしめて、首筋に軽いキスを寄越す。
「ん……私も、嬉しいです」
実亜はソフィアにもたれて、少しだけ甘える。それでもまだ何処か遠慮はするのだけど、でも、少しずつ甘えられるようになっていた。




