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二人の価値観

(53)

「煮てから干した小魚? ということはこのまま食べられるのか?」

 今日は少し遅く――日が暮れてから帰って来たソフィアが、実亜の買って来た大きめのちりめんじゃこを見て珍しがっていた。

「私はもう少し大きめのでも、おやつ代わりにそのまま食べてました」

 実亜はソフィアと一緒にちりめんじゃこを見て「私もさっき味見しましたよ」とソフィアを安心させてみる。

「成程。行儀は悪いが少し食べてみよう」

 ソフィアは手に乗せていたひとつまみのちりめんじゃこを、そのまま口に放り込んでいた。頷きながらじっくりと何度も噛んで、味を確かめている。

「どうですか?」

「少し固いが、噛めば噛むほど魚の味がする。いい味だ」

 もう一口――ソフィアはまたひとつまみ分を食べていた。ばあやが居たら怒られる食べ方らしいけど、魚には勝てないと笑っている。凄く可愛い人だ。

「で、今日はこれを煮込んで味を出して、野菜とコメを煮込んだ雑炊っていうものです」

 実亜は雑炊を仕込んでいた鍋の蓋を開ける。ふわっと湯気と醤油――リスフォールではサルサ――の香りが鍋から立ち上る。

「ふむ、美味そうだ。あ、この香りは……塩とは違うな。なんだろう?」

 中を確かめるために鍋を覗き込んで、ソフィアは首を傾げていた。

「サルサっていう調味料を少しだけ入れました」

「ああ、あの琥珀色の液体だな? こういう使い方をするのか……知らなかった」

「他にもお刺身に少しつけたり。あ、芋餅にも合いますよ?」

 実亜は雑炊を温め直して、ソフィアは器を用意してくれる。

「オサシミ……?」

 ソフィアは不思議そうに実亜を見る。そして、初めて聞く料理だなと笑う。

「えっと、魚を生で切り身にして食べるんです。食べる時にサルサを少しつけるんです」

「ああ、ツクリか。あれは海の魚でないと食べられない珍味だと聞くが……ミアの国は島だから海が多いと言っていたな……うん、羨ましい」

 ソフィアは可愛く頷いて、海――というか魚に思いを馳せている。

 リスフォールでは魚は海のものより川のものが基本だし、一般的には生食はしないらしい。実亜の居た世界でも川魚の刺身はあまり聞いたことがないから、何か安全面での問題があるのだろう。

「私の国ではコメを炊いたものの上に生魚の切り身を乗せて、サルサで食べたりしますよ?」

 実亜は海鮮丼の説明をする。コメにも酢や砂糖で少し味をつけて、魚と食べるのだ、と。

「ううむ……想像が出来ないくらい不思議だが、美味しそうな気がする」

 ソフィアは帝都までの道すがらで海にも寄ろうと実亜に約束してくれていた。


「ミア、あのサルサは結構な値段がしただろう? 生活費は足りているか?」

 風呂上がりのソフィアが、明日の服を枕元に用意しながら実亜に訊いていた。

「え、はい。大丈夫です。確かに、サルサって驚くくらい高かったですけど、なんとか……」

 実亜は笑って誤魔化しながら、答えていた。本当は自分の給料から三分の二ほど出したけど、それはソフィアには秘密にしている。だけど、少しバレているような感じだ。

「――そうか、足りなければいつでも言ってくれ。南のほうの食料はわりといい値段だから、自分で負担しようなんて思わなくていいんだぞ?」

「う……はい……」

 見事に見透かされている――実亜は嘘をついていたことに心を痛めながら返事をしていた。

 この辺りは、まだブラックな働き方の癖が抜けていないみたいだ。あの場所では自分で費用の持ち出しだとかが普通にあったから、ある意味それが馴染んでいるというか――

「……ミア、遠慮はしないでくれ。私たちは互いに誓いあった仲なのだから、少々のことは気にすることではない」

 ソフィアは困っている実亜を見てふわっと笑うと実亜の頬を撫でる。そして、優しくて甘いキスをしてくれた。風呂上がりの石鹸の香りが間近に届いて、実亜の心を柔らかくしてくれる。

「――はい、あの……怒らないんですか?」

「何を怒ることがあるんだ?」

 何が心配だ? ソフィアは苦笑いで実亜の身体を撫でて、そっと実亜を抱きしめていた。

「その……結構なお値段のものを相談なく買ったりって駄目じゃないですか?」

 二人で居れば居るほど、誓い合った仲だから、小さなことでもしっかりと伝えておかないといけないし、お金の管理だってしっかりとしないといけないと実亜としては思う。

「店のものを全部買い占めたとか、店を買ったなら流石に驚くが……ミアがリスフォールに慣れた証拠だし、気にすることでもないだろう?」

 ソフィアは真面目な顔で、母上が一度店を買って来た時は子供心に驚いたと言っている。

「……店、ですか?」

 店を買う――言ったままの意味で、店を一件丸ごと購入したのだろうか。それは誰でも驚くだろうなと実亜は思った。

「ああ、気に入ったからと少し珍しい服を取り扱う店を買って来たんだ。それに比べれば可愛いものだろう?」

 ソフィアは実亜の目を見つめて、優しく笑う。

「可愛い……まあ、それに比べれば……」

 ちょっとお高めの調味料くらい可愛い――だろうか。店を丸ごとよりは可愛いかもしれない。でも、よく考えたら店を丸ごと買うのもある意味では可愛い行動――豪快すぎるけど。

 実亜は近い将来に会うであろうソフィアの家族を思うのだった。

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