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広がる世界

(51)

 ばあやも宿に帰って行き、ソフィアと二人での夕食――今日はリスフォールの名物の芋餅をメインに、ミアの作る具だくさんの味噌汁――肉も入っているので豚汁を食べていた。

 芋餅は本当にもちもちの食感で、実亜にはちょっと懐かしい味だった。流石に醤油はないけど、バターとチーズがあるので安定の味だ。

「今日のばあやの話は興味深かったが――本当にミアは女神じゃないのか?」

 ソフィアが芋餅を食べて、面白そうに実亜にまた問いかける。

「違います……」

 やっと誤解が解けたところなので、ソフィアのそれは冗談だから、実亜は苦笑いで答えていた。

「まあ、しかし、自分から女神と名乗る女神もおそらくいないだろう。ミスフェアに現れた女神も、その功績が称えられて後に女神と語り継がれるようになったのかもしれない」

 それならミアも後に語り継がれることがあるかもしれないな――ソフィアはそう言って笑う。

「私は何も出来ないですから……そんな語り継がれることはないですよ」

「そうか? 何も出来ないことはないと思う。ミアは立派だ。作ってくれる食事も美味しくてありがたいし、何より私を支えてくれているじゃないか」

 ソフィアの言葉はいつも優しい。そして実亜を全力で肯定してくれる。

「えっと、その、そう言ってもらえるとそれだけで嬉しいです」

 自分が存在しているだけでいい――ばあやがくれた言葉を胸に、ミアは少し思い切ってソフィアに礼を言っていた。今までの自分だったら、もっとおかしな謙遜をしていただろうけど、此処で生きると決めたから、少しでも強くなりたくて。

「ふむ、そういえば、雪が溶けたら報告などで帝都に行く予定なのだが、ミアはどうしたい?」

 豚汁を飲みながら、ソフィアが本当に普通のテンションで実亜に訊く。

「え? 私……ですか?」

 雪が溶けたら――まだ雪解けまでは長くかかるけれど、ソフィアの予定は決まっているようだ。報告と言っているし、変更は出来ないだろう。

 実亜としてはソフィアと離れるのは、まだ不安がある。かと言ってついて行くのも不安が残る。

「私は出来れば家族にもミアを紹介したいし、ミアに帝都も見せたいのだが、どうだ?」

「えっ、ご家族……? 礼儀作法とかわからないですけど、大丈夫ですか?」

 ソフィアの家は由緒ある公爵家――そんな大変なところに一般人の自分が行って、場違いではないだろうか。でも、それを考えていたら、そもそも此処に居ることも実亜には場違いになってしまう。

「細かいことを気にする人たちじゃない。ミアはミアのままで一緒に来てくれたら嬉しいのだが」

「……帝都までは何日くらいかかるんですか?」

 行くなら多分馬車になる。いや、それまでに自分がリーファスに上手く乗ることが出来たら、二人と二頭での旅路だろうか。それはそれで、滅多に出来ない経験だし、楽しいかもしれない。

 此処に来てから少し何かが吹っ切れたのだろうか、未経験の楽しみに実亜の心が少し弾む。

「馬で時々速歩をして歩いて行って十五日くらいだな。馬車道も整備されているし、途中にはいくつも宿があるぞ? 温泉が名物の宿もいくつかあって、馬で歩くだけでも楽しめる」

 ソフィアは地図を持って来て、テーブルに広げる。そして指先で「ここからこうだ」と街道を教えてくれていた。山沿いの道の途中には大きな湖もあるし、寄り道をすれば海にも行ける、と。

「――少し、行きたい気分が勝ってます」

 楽しそうに話してくれるソフィアを見ていると、自分もこの人と一緒に旅をしてみたいなとか、この世界の色んな景色を一緒に見たいなとかの感情が実亜の中に沸々とする。

 本当に、この世界で自分は少しの生きる力を手に入れられたのかもしれない――実亜は思う。

「そうか、ミアの体調もあるだろうし、結論は急がない。行くのなら無理のない日程にするつもりだ――ふむ、これが新婚旅行というものか。楽しみだな」

 ソフィアは地図をたたんで、実亜に「沢山食べてもっと元気にならないとな」と芋餅をくれた。

「え、し、新婚旅行……ですか?」

 そう来るとは思わなかった実亜は思わず頬を染めて、持っていたスプーンで豚汁をグルグルとかき混ぜていた。

「何を照れているのだ?」

「照れますよ……新婚旅行ですよ?」

 でも婚前旅行なのでは――実亜は思ったけど言わなかった。言えなかった、恥ずかしくて。

「照れるものなのか……確かに二人連れの旅行は気恥ずかしくもあるが。まあ、そういうものか」

 ソフィアは笑って、豚汁を食べ終えていた。

 実亜は分けてもらった芋餅を食べて、そんなソフィアを見て改めて幸せを思うのだった。

ソフィアさん、まだ結婚式とかしてませんよ……(実亜の心の声)

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