不思議な勘違い
(5)
夕食――今日は昨日のシチューにスパイスを入れて、スパイシーなシチューだった。
実亜の世界に近い料理だと、スープカレーと言っても良いかもしれない。
ソフィアに訊いたらスパイス――香辛料が入ると「ターリ」と言う名前に変わるそうなので、その辺は実亜の世界の言葉と似ているのかもしれない。
確か、インド料理でもターリーという名前の料理があるし、少し違って少し似ている。
「ああ、そういえばミアの服だが――専門家に任せて洗ってもらった」
ソフィアはそう言って席を立つと、実亜のスーツを持って来た。
スーツだけど綺麗に折りたたまれているので、実亜には見慣れなくて面白い。
「ありがとうございます」
そういえば、目が覚めてからこっち、実亜の服はリラックス出来る裏パイル素材のスウェットみたいな服だ。着心地が良いので、なんとなく実亜は気に入っている。
「この上着は特殊な布地なのだそうだ。しかし、襟は、こう開いていて寒くはないのか?」
特殊な素材――ポリエステル生地――化学繊維だし、そうなるのだろう。
ソフィアの家を見る限りでは布地は絹とか綿とか麻とかの天然の繊維ばかりだから。
膝掛けはカシミヤっぽいし、この世界に多分化学繊維はないのだろう。
「……寒い? ですか?」
良くある一般的なスカートスーツだけど、ソフィアはテーラー襟に興味があるみたいで、襟元を少し不思議そうに見ている。
「こんなに開いた襟では雪が胸元に吹き込んでしまう。内側の肌着も薄い布地のものだし」
内側の肌着――ワイシャツだろうか。確かに薄いと実亜は思った。
「ああ、えっと私の居たところはそんなに雪が降らないので、これで大丈夫です」
しかし、この答えは何か少しズレているかもしれないと実亜は思った。
「成程。しかし、万が一の時に襟を立てるためにこういった形なのか……?」
「そうなのかな……?」
確かに、テーラー襟の部分を立てて閉じてしまえば詰め襟みたいにはなるし、スーツは元々そういった形だったとぼんやり聞いた覚えもある。
コートの種類によっては襟を立てて着るものもあるし、それならスーツの襟だって立てて――着てる人を見たことはないけど。
「国が違えば服も違う。新たな知見を得られて嬉しい」
ソフィアはまた席に座って、楽しそうに笑うと食事をしていた。
「この国の騎士様というのはご自分で食事を作ったり後片付けをしたりするんですか」
夕食を終えて、今日は実亜も片付けの手伝いをする。
食器をキッチンに持って行って、ソフィアが洗った食器を受け取って布で拭く。
「ん? ああ、ほかの騎士は皆手伝いの者が居たりするが、私は変わり者らしくてな」
身の回りのことはほとんど自分でやってる――ソフィアはそう言って、食器を洗っていた。
「ミアの国でも騎士が自分でこういうことをするのは珍しいのか?」
最後の食器を洗い上げて、ソフィアは優しく実亜に渡してくる。
「えっと、私の国には騎士という職業は物語の中にしかなくて……」
丁寧に拭きながら、実亜は答えていた。
実亜の居た世界では騎士は存在しない。一部の国では名誉の称号として残っているけれど――実際にソフィアのように剣を腰に下げて、街を守る任務ではないだろう。
「物語……そういうものなのか。世界は広いのだな。手伝いありがとう、助かった」
ソフィアはタオルを持って、実亜に渡す。
これもタオルじゃなくて、なんて言うのかわからない。
だけどあまり質問攻めにしても、ソフィアが困るだろうし――実亜はそんな遠慮をしていた。
「いえ、これくらい。助けてもらってるわけですし」
「騎士の務めだ。気にするな」
ソフィアは実亜の頭を軽く撫でてから「リューンに水をやる」と出て行った。
頭を撫でられたことが妙にうれしくて、実亜は少し赤面していた。
見ず知らずの人間なのに、どうしてここまで優しくしてくれるのだろう――
実亜には少し不思議で、とても嬉しかった。
夜も更けて、眠る前――実亜はまたソフィアと一緒にベッドに入っていた。
その前にまた長椅子で寝るだとかの押し問答がちょっとあっての結果がこれだ。
「ところで、ミアは何歳になるんだ?」
眠りに落ちる前に、ソフィアがブランケットを実亜の身体にかけ直してくれて、訊く。
「二十四歳です」
実亜はすぐに答える。此処での年の数え方はわからないけど、時計がほぼ同じなのだから年月も同じような進み方のはずだろうから。
「な……本当か? どう見ても十八歳くらいだと思っていたが……」
ソフィアが驚いてベッドから起き上がり、まじまじと実亜の顔を見ている。
「そんなに子供っぽいですか?」
実亜は自分の顔を触って確かめる。確かめるも何も、今までと同じ感じ――
この世界は西洋風の世界だし、その基準なら東洋人は若く見られることもあると聞いたことがあるから、そういう類いの勘違いだろうか。
「いや、ティーク……私の弟子のような子が居て、同じくらいだと……」
その子はこの冬が来たら十八歳だとソフィアは言う。
「子供だと思ってたから優しくしてくれてたんですか?」
「そういうわけではないが……扱いは大人の女性に対するものではなかったかもしれない」
とんだ失礼を――ソフィアはそう言って、ベッドを出ようとする。
「待って――失礼なことなんてしてないです」
実亜はソフィアの服を掴んで引き留めていた。
「ミア……」
「……傍に、居てください。誰も知らないところで、頼れるのはソフィアさんだけです」
実亜はそう言って、ソフィアを見た。何か、人に対する儀礼で、騎士の決まりのようなものがあるのなら、申し訳ないとは思ったけれど、今の実亜にはソフィアしか居ない。
「貴女が、そう言うなら……」
ソフィアは困った顔をしてから、小さく息をついてベッドに戻る。
「……ソフィアさんは何歳なんです?」
まだ少し困ったような表情のソフィアと向かい合って、実亜が訊いていた。
「二十八歳になる」
「あんまり違わないですね……」
それなら驚くのも仕方ない――実亜はそう言って笑う。
「そうだな――」
ソフィアは苦笑いで答えていた。
少し不思議な勘違いが解消された夜は、少し距離が縮まった気がした。
(余談)
ソフィアが実亜の年齢に驚いたのは、大人に対しては独立したレディ的な存在として扱うという騎士の規律的なものがあるからです。




