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吹雪の夜

(49)

 家の外を吹き荒れる風は強い。

 窓には雨戸が閉まっているけれど、それがガタガタ揺れる音――そして、空を切るようなゴウゴウという音がランダムなリズムで聞こえてくる。

 時間は夜になったばかりで、吹雪が止むという夜明けまではまだ半日もあって、実亜の心を少しだけ不安にさせていた。

「ミア、食べないのか?」

 実亜とは対照的に、ソフィアは今日買った灰干しの魚を焼いたものを少しずつ食べて、楽しそうだ。吹雪はそう珍しくはないから慣れていると落ち着いている。

「ちょっと、風が気になって……あの、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。この程度の吹雪なら何度も経験しているが、翌朝には静かになっている」

「リーファスたちは……寒がってないかなとか」

 家は頑丈で温かいけど、馬小屋は家に比べれば少し心許ない気がする。でも、かなり積もっている雪にも耐えているからしっかり作られているはず――でも、暖房はないし寒いことは確かだ。

 実亜の心配があちらこちらを行ったり来たりする。此処に来てから、大事なものがそれだけ増えたのだと、実亜はうっすらと自覚していた。

「馬は寒さに強い。それに、馬小屋とはいえ頑丈に作られているから大丈夫だ」

 ミアは優しいな――ソフィアが小さく笑う。

「優しくは……初めてのことなので」

「ふむ――ミアは初めてのことに遭遇すると、少し不安と緊張が強くなるようだ」

 ソフィアが冗談混じりで「初めての夜は不安と緊張で特に可愛かったな」と呟いていた。

 初めての夜――物凄く緊張していた。実亜はそれを思い出して、恥ずかしさで両手で顔を覆う。

「――もう、そういうのは駄目です」

 実亜の小さな抗議にソフィアが「申し訳ない」と笑って、実亜に温かいスープを差し出していた。実亜は気を取り直して「はい」と、まだ温かいスープをスプーンで掬って食べる。

 ゴロッとした根菜類にジャガイモをすりおろしてとろみを付けたスープは、塩味なのだけど不思議な美味しさがあって、実亜の身体と心に染み渡っていた。

「空腹は判断を鈍らせる。寒い夜に空腹だと自分でも知らないうちに不安になることもあるみたいだぞ?」

 食事をし始めた実亜を見て、ソフィアは安心したように笑っている。

「……そうなんですか?」

 でも、ソフィアさんの言う通りかも――実亜は温かいスープで満ちていく不思議な感覚を思っていた。


「少し、落ち着いたか?」

 実亜が食事を食べ終えると、ソフィアが熱いお茶を入れてくれた。そこに一つ、キンカンの飴を放り込んで、くるくると混ぜて溶かしている。

「冷える夜にはこれがいい」

 ソフィアは実亜にカップを渡してくれた。カップからはお茶の香りと、キンカンの――柑橘類の――香りがふわっと広がってくる。

 実亜が一口飲むと、いつもの紅茶と烏龍茶の間みたいなお茶の味に、爽やかな甘みが加わっていた。

「美味しいです。ありがとうございます」

 くるくると混ぜていたから、温度も適度に下がって飲みやすい。実亜はカップの底に溶け残っている飴を見ながら、ソフィアに礼を言う。

 ここまで大事にされた経験は実亜の中にはない。

 だから、とても嬉しくて――

 だけど、何処か申し訳なくて――

 実亜は温かいカップを手に、感じたことのないくすぐったさを噛みしめていた。

「ソフィアさんは、飴を溶かして飲まないんですか?」

 ソフィアは飴を溶かさずに、ただお茶だけを飲んでいる。

「私の好きな飴は茶に溶かすと、あまり美味しくならなくてな……」

 大体の飴はそれなりに美味しくなるのに不思議だとソフィアは笑う。

「試したんですね」

「作ったからには飲まないわけにはいかないし、あの時は流石に困ったぞ……」

 実亜はソフィアの話に笑いながらお茶を飲み終えて、残っていた飴を食べていた。


 夕食も終わって、二人での片付けも終わって――外は吹雪で夜も更けていた。あとはもう眠って吹雪が明けるのを待つしかない状態だ。

 いつもと同じベッドはふわふわで温かい。実亜はベッドに寝転んで、吹雪の音を聞いていた。

 唸るような風と、木々が揺れる音――きっと外は大荒れなのだろうけど、家の中は静かだ。

「ミア、もう寝たか?」

 ソフィアが着替えてベッドに潜り込んでくる。此処に来てからほとんど毎日、同じベッドで過ごすこの時間は、実亜の心の傷のようなものを少しずつ包んでくれていた。

「いえ、風の音を聞いてました」

「そうか。怖くないか? 眠れなさそうなら、一晩中話し相手になるぞ?」

 実亜と向かい合って、ソフィアがそっと実亜の身体を抱きしめる。そして「いつでも傍に居るから大丈夫だ」と囁いてくれていた。

「それじゃあソフィアさんが大変ですから、ちゃんと眠ります」

 でも、今夜はもう少しだけ――実亜は甘えるようにソフィアの服にしがみついて、目を閉じる。甘え方、まだわからないな、下手だなと思いながら――

「そうか、おやすみ。ミア」

 ソフィアの落ち着いた声が、実亜を眠りに誘っていた。

 大事な人を、この手にしっかりと掴んで――

前回の更新分への誤字報告ありがとうございました。

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